第7話
地図に、日本がないどころの話ではなかった。
アメリカ大陸も、ユーラシア大陸も。自分が学校で習い、テレビやネットで何度も目にしてきた世界地図に描かれた大陸、ひとつも存在していなかった。
代わりに描かれていたのは、六つの未知の大陸。
五つの大陸が星形に配置され、その中心にもうひとつ、大きな大陸が鎮座している。
こんな地図は見たことがなかった。
「ニホンがないのは、この地図に地名が書かれていないだけなのでは?」
セクオールが、少し不安げに訪ねてきた。
「いや、そうじゃないんです。この地図そのものが......俺が知っている地図とは違うんです」
圭介はそう言いながらスマホを手に取り、地図アプリを起動した。
通信圏外ではあるが、最大まで縮小すれば世界地図は表示される。
画面に表示されたのは、自身がよく知る世界地図。
「俺が知っている世界地図はこれです」
スマホの画面をセクオールに見せたが、セクオールは眉間にしわを寄せた。
「......見たことがありませんね」
なんとなく分かっていたし、覚悟もしていた。
それでも、こうして決定的な違いを突きつけられると、現実味が増して圧しかかってくる。
正直、ヨーロッパとかどこかだといいなと淡い希望を抱いていた。
だが、日本という土地が存在しない以上、どうやって帰ればいいのだろうか。
「本当に、この地図に見覚えがなければ......帰る方法は見つかりませんね」
セクオールの言葉に、圭介は無意識に拳を握りしめる。
だが、ふと思い出した。
「──そうだ。俺が召喚されたとき、魔法陣がありましたよね? あれを使えば......帰れるとか?」
自分がこの世界に来た始まり、家の玄関を開けた先に広がっていた異様な部屋。
そこには確か、青白く輝く魔法陣があった。
「あの魔法陣は勇者を召喚する時にのみ発動し、それ以外では一切反応しない陣なのです」
ことごとく希望が打ち砕かれていく。
召喚されたのに帰れない。そんな展開は、ファンタジーではよくある話だが、まさか自分が同じような立場になるなんて。
(帰る方法どこか、帰る場所が存在しないのかもしれない......)
「過去にも勇者がいたって話でしたけど、その人たちの故郷ってこの地図に載っているんですか?」
「細かい出身地までは分からない方もいますが、おおよその出自は記録に残っています」
セクオールは広げた地図の中央を指さす。
「ここがイニティウム王国。私たちがいる国です。過去の勇者殿の多くはこの国、もしくは周辺の五大陸のどこかの出身者でした」
「じゃあ、俺みたいなやつって......」
「おそらく、初めてかと」
今までの勇者はこの世界の出身者。
では、なぜ自分が勇者として召喚されたのか。この世界との関係は一切なはずだ。
それでも、召喚された理由はあの王から明確に語られている。
この世界に魔王が誕生したから、その討伐のために、勇者が必要だった。
「今までの勇者って、ちゃんと魔王を倒してきたんですよね?」
圭介の問いに、セクオールは真っすぐ頷いた。
「ええ。例外なく、魔王を討ち果たしてこられました。ただ......残念ながら、命を落とされた方もおります」
「そ、そういうの......やめてくださいよ。怖いんで......」
わざと軽く流すように返したつもりだったが、声は少し震えていた。
召喚されたということは、いずれ自分も魔王と戦う運命にある。
そう思うだけで、胃がぎょっと痛んだ。
無意識にお腹の辺りをさすっていると、セクオールがふと窓の外に視線を向けた。
「......ん? 何かあるんですか?」
「いえ、ちょうど時間が来たなと思いまして」
「時間?」
セクオールは何の前触れもなく、近くに掛け掛けてあった圭介のジャケットを手に取った。
「この服、あなたの国では正装なのでしょうか?」
「そんな感じですね。何かあるときは、これを着ていきますけど」
「そうですか。では、着てください。これから、謁見の間で勇者の儀を執り行います。ご参加を」
「ゆ、勇者の儀?」
またしても聞き慣れない単語がと出してきた。
儀というだけで、何やら神妙で、現代日本ではあまり耳にしない響きだ。強いて言えば、ちょっと怪しげな団体がやってる印象すらある。
「儀って......そう、なにかこう、儀式的なことをやるんですか?」
「儀と言っても、式典のようなものです」
「それに、俺が参加すると、と」
「はい。もちろんです」
当然かのように言われて、圭介は思わず肩をすくめた。
拒否権など、あるはずもない。
「もし、俺の怪我が治っていなかったら?」
「そのまま参加していただく予定でした。王族をはじめ、貴族や他国の要人もお見えになりますので」
圭介の知らないところで、異世界の段取りは容赦なく進行していた。