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第6話

 目を覚ますと、見覚えのある場所にいた。豪華な天蓋付きのベッド、王が用意してくれたあの客間だ。


「俺......そっか、気を失ってたんだ......」


 誰が運んでくれたのか分からないが、あの戦闘をなんとか切り抜けられたらしい。

 圭介は服をまくり上げ、ゴブリンに強打された腹部をおそるおそる覗き込んだ。

 本来なら目を背けたくなるようなひどい状態になっているはずだが、そこには傷ひとつ残っていない。

 最初から何事も起きていなかったかのようだ。


「これも、このベッドの効果ってやつか」


 ふと視線を机の上に向けると、あの名刺が置いてあった。

 圭介は名刺を手に取り、そこに書かれている内容を確認する。


──

天野 圭介 勇者 Lv.2

HP:200 MP:50


【祝福】

勇者の祝福:

この祝福は、勇者として召喚された瞬間に授けられる。

自身が思い描く『勇者の姿』を具現化し、その力を行使することが可能となる。

この祝福を宿したものは『聖剣レクス・ダムナティオ』を使用する資格を得る。


【スキル】

ファイア:炎を自在に扱えるようになる。MPの消費量に応じて、炎の威力や規模が変動する。

──


 名刺に書かれた内容が変化していた。

 レベルが上がったことで、HPとMPの数値が上昇し、新たに『ファイア』の詳細な説明が追加されていた。


「あの時、俺が放ったファイア」


 ゴブリンを倒すために、がむしゃらに放った炎の一撃。あの威力はただの火の玉ではなかった。


「もしかして、あの時の火球......MPを全部消費してぶっ放したのか?」


 そう考えると辻妻があう。MPの消費量によって威力が変動するという説明とも一致している。無意識とはいえ、あの一撃にどれほどのMPを込めていたのか。


「MPで変動するっていうのなら」


 圭介は右手の人差し指を立てた。

 ゴブリンを倒した火球ではなく、ごく小さな炎。例えば、たばこに火を灯す程度の火をイメージする。


「ファイア!」


 そう唱えると、指先に小さな火がふっと現れた。

 熱は感じない。しかし、火を出していない左手をそっと近づけると、確かに温かみを感じる。どうやら火を出している部位だけは熱の影響を受けないらしい。


「なるほど......そういう感じね」


 名刺を見てみると、MPの数値が49に減少していた。

 スキルの説明通り、炎の威力や規模によってMPの消費量が変動するのは間違いなさそうだ。

 圭介は小さく息を吐き、指先の炎を消した。


「なんとなく、分かってきたぞ──」


 その時、部屋の扉がいきなり開かれた。

 ノックもなしに誰かが入ってきたかと思えば、現れたのはセクオールだった。


「──っ!? な、なぜ起きているんですか!? 寝ていなければいけません!」


 すさまじい形相で詰め寄ってくるセクオールに、圭介は思わず後ずさった。


「寝てろって言われても......どこも痛くないというか、怪我してないというか......」


「そんなはずありません! あなた、ゴブリンに腹を殴られて吹き飛ばされたんですよ! お忘れでは?」


「いや、忘れようにも......痛いほど覚えてます」


「ならば腹部の状態を確認させてください。確かに酷く腫れていたはずです!」

 

 言うが早いか、セクオールは容赦なく圭介の服に手を伸ばしめくろうとしてきた。


「わっ、ちょっ......ちょっと待って!」


 慌ててその手を両手で掴み、必死に食い止める。


「なぜ止めるのですか? 早く治療を──!」


「いやいやいやいや、止めるに決まってますって!」


 思わず叫ぶと、セクオールは少しだけ目を丸くした。

 それでもセクオールは手を緩めることはなく、じわじわと圭介の抵抗を押し切っていく。


「無駄な抵抗はやめてください。すぐに済みますから」


「ま、待って......! つ、強い!」


 圭介の手はついに振り払われ、服が勢いよくめくられた。


「治ってる? 傷ひとつない......この短時間で回復したのですか? 何か特別な処置でも?」


「特には......。多分、あのベッドで寝てたからじゃないかと」


「ベッド? ......ただのベッドですが」


「ただの、ですか? あそこに効果が書いてあるじゃないですか」


 圭介はベッドに意識を向け、ベッドの説明画面を出現させて指を指した。


「効果? どこにあるのですか?」

「いやいや、ほら、ここですよ」


 圭介はもう一度、説明画面を指さした。しかし、セクオールは首を傾げたまま、相変わらず反応がない。


(これは......見えていないな)


 その様子から察するに、どうやらセクオールにはこの説明画面自体見えていないらしい。

 思い返してみれば、『効果』を口にした時も、まるで話が通じていないような反応だった。


「ケイスケ殿にしか見えていない、ということでしょうか?」

「あなたが見えていないなら、たぶん......そういうことですね」


 セクオールは真剣な顔でうなずいた。


「そういえば『勇者の祝福』について、まだ詳しいお話を聞いていませんでしたね」


 言われてみればそうだった。

 そもそも、どの現象が『勇者の祝福』によるものなのか、自分自身でもはっきりとは分かっていない。


「正直、どれが『祝福』の効果なのか分かりません。でも、分かっていることは全部話します」


 圭介はそう言って、覚えている限りのことを整理し始めた。


「一番最初に気づいたのは、物に意識を向けると説明画面のようなものが浮かび上がることです」


「先ほど、あなたが言っていた効果というのは、それのことですね?」


「はい。たとえば、このベッドに意識を向けると、こう表示されます。『このベッドで睡眠を取ると、HPとMPが全回復し、状態異常が解消される』って」


 この効果は、実際に自分が二度も体験している。嘘でも勘違いでもないと、自信持って言える。

 他の物品にも同様に効果が設定されていて、特定の条件を満たせば発動するだろう。


「......HP? それは一体?」


「HPは......体力を示す数値みたいなもので、減ると疲れたり、怪我をしたりします」


「では、あなたはこのベッドで眠ったことで、その怪我が治ったと?」


「はい。それともう一つ」


 圭介はポケットから名刺を取り出し、セクオールに見せた。


「これ、自分の能力とか、使える技みたいなものが可視化されてるんですけど、このHPってやつも出ていて、今は200になってます」


「200? 申し訳ありませんが、見たこともない文字ばかりで......」


 セクオールは名刺を覗き込むが、またまた首を傾げた。

 

(

(数字が分からない?)

 

 一瞬、圭介の頭に疑問符が浮かぶ。日本語が読めないのは理解できるが、数字が読めないのは予想外だった。

 数字が異なる言語文化は聞いたことがない。

 それに、日本語で会話出来ているのに、平仮名や漢字が分からないなんてあり得るのだろうか。

 色々と気になるところだが、まずはこちらのことを説明しきらなければ。


「最後に、レベルっていうのもありますね」


「レベル……ですか?」


「はい。ゴブリンと戦ったとき、1から2に上がったんですよ。そのタイミングで、炎――ファイアを使えるようになって」


「なるほど。だから、あのとき初めて放ったような反応をしていたのですね」


 こうして、今の時点で分かっていることをすべてセクオールに説明し終えた。

 振り返ってみると、ますでゲームの世界に迷い込んだ感覚だ。

 そういえば、最新作のゲームを買っていた。プレイするつもりで帰ってきて、気がついたらこの世界にいた。

 

(待てよ。『勇者の祝福』って、思い描いた勇者の姿を具現化する、とかだったよな。)


 圭介は改めて名刺に書かれてある『勇者の祝福』に説明文を読み返す。

 自身が思い描く『勇者の姿』を具現化し、その力を行使することが可能となる。

 召喚された瞬間、自分は何を考えていただろうか。

 思い返せば、あのとき頭にあったのは買ったばかりのゲームのことだった。ゲーム内で勇者の育成方針をどうするか、脳内であれこれ思い描いていた。

 だからレベルやスキルが存在し、物に効果があるのかもしれない。

 すべては、自分がイメージした勇者の使用が、の世界での現実として具現化されているのではないのか。


「あなたの『祝福』についてですが、おおよそのことは理解できました。お話を聞く限り、これ以上の詳細は、もう少し時間をかけないと分からなさそうですね」


 スキルやステータスがレベルによって変化する以上、今の自分にできることは限られている。

 それに、こちらからも、どうしても聞きたいことがある。


「ひとつ、質問していいですか?」


「なんでしょう?」


「......家に、帰れる方法ってあるんですか?」


 圭介はそう切り出した。

 自分の家に戻れるのか。その答えが、何よりも気がかりだった。


「家ですか? あなたの故郷はニホンでしたね。具体的な場所を教えていただけますか?」


 そうそう言ってセクオールは、懐から大きな紙を取り出して広げた。どうやら世界地図らしい。


「日本は、世界地図で見ると……ええと、極東のほうにあるはずなんですけど……」


 圭介は地図に視線を走らせた。そして、すぐに気づいた。

 そこには、見覚えのある形がどこにもなかった。


「......日本が、ない......」


 呆然とつぶやく圭介。

 地図に描かれていたのは、自分が知る世界とはまったく異なる別の世界だった。

 ――ここは、本当に異世界なのだ。

 

 その事実が、静かに、しかし確実に圭介の胸に重くのしかかってきた。

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