第4話
翌朝、朝日が差し込み、圭介はゆっくりと目を覚ました。
ベッドから立ち上がると、軽く体をほぐすためにストレッチを始めた。
すると、ストレッチを始めてすぐに自分の体が異様に気づいた。
「何か......体が軽いな」
たった一晩の眠りで、ここ数週間続いていた寝不足と疲労が、まるで魔法のように一掃されたようだった。
持病などは持ってはいないが仕事が連日忙しくて睡眠不足に悩んでいたのに、これは驚くべき回復力だ。
圭介は再びベッドに視線を戻すと、昨日と同様に説明画面が浮かび上がってきた。
『このベッドで睡眠を取るとHPとMPが全回復し、状態異常が解消される』
まるでゲームのキャラクターが宿屋に泊まって全快するかのように、実際に自分の体が全回復してしまった。
「ここまで来ると、もう夢とかじゃないよな。本当に異世界に来ちゃったよな、これ」
圭介は小さくため息をついた。
(この世界の住民たちは、皆このベッドみたいな不思議な効果を日常的に受けているのだろうか?)
そんな疑問が頭によぎった時、視界の端で自分が椅子に掛けていたジャケットの胸ポケットが淡く光っていることに気づいた。
「スマホ? いや、昨日放り投げてからそのままだしな」
机に置いてあるスマホに視線をちらりと向け、改めてジャケットの胸元を見る。ポケットからは依然光が帯びたままだ。
圭介はジャケットに歩み寄ると、人差し指と中指をポケットの中に滑り込ませた。
中にあるものを二本の指で挟みこみ、取り出す。
「......名刺入れ?」
取り出したのは、ごく普通の革製の名刺入れだった。
会社員として常に胸ポケットに忍ばせているだけの、何の変哲もない代物だ。名刺入れの隙間から、光が漏れ出していることを除けば。
「何だこれ」
圭介は混乱を深めつつも、震える手で名刺入れを開いた。
「あれ、名刺って光るんだっけ?」
光の原因は名刺だった。名刺から淡い光が放たれていたのだ。
自分の会社の名刺は光る仕様だったか、記憶を探るまでもない。そんなことはあり得ない。
(これもこの世界に召喚してしまった影響ってやつか?)
圭介は戸惑いつつも、その光る名刺を指でつまみ、名刺入れから引き抜いた。
淡い光はまるで粒子のように空中に舞い上がり、ゆっくりと消えていった。
手元には一枚の名刺。そこには確かに日本語が書かれていたが、圭介が務めている会社の情報は一切書かれておらず、見覚えのない内容が書かれていた。
圭介はジッと見つめ、その文章を慎重に読み始めた。
──
天野 圭介 勇者 Lv.1
HP:150 MP:30
【祝福】
勇者の祝福:
この祝福は、勇者として召喚された瞬間に授けられる。
自身が思い描く『勇者の姿』を具現化し、その力を行使することが可能となる。
この祝福を宿したものは『聖剣レクス・ダムナティオ』を使用する資格を得る。
【スキル】:なし
──
目の前に広がるのは、まるでゲームのステータス画面のような情報だった。
自分の名前とレベル、HPとMPが記され、他の細かいステータスは一切記載されていない。ここに書かれている数字が他人と比べて高いのか低いのか、判断材料が全くない。
だが、最も重要なことは、『勇者の祝福』に関する記述だった。
「確か『勇者の祝福』って、宿した人によって効果が違うんだっけ。だとしたらあの王様が確認させてほしいってなるのは、わかるけど......」
効果の内容があまりにも抽象的すぎる。
自身が思い描く勇者の姿と言われても、パッと思いつくようなものではない。
そして自分の『祝福』がどのような効果なのかが分からないし、確かめようがない。
「ケイスケ様。ケイスケ・アマノ様はいらっしゃいますか?」
扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
「あ、はい。いますけど」
扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
銀色に輝く女性用の軽甲冑を身に纏っている。銀髪の髪が腰まで伸び、背筋はまっすぐで、整った顔立ちと気品に満ちた雰囲気が印象的だ。
透き通るような青い瞳と視線が合い、圭介は思わず息を呑んだ。
「私はレクオール・テムポーレ。我らが王の勅命を受け、あなたをお迎えに参りました」
凛とした声で自己紹介を終えると、彼女は丁寧に軽く頭を下げる。
「勅命ですか?」
「ええ。あなたの『勇者の祝福』を確認させるため、演習場へご案内いたします」
「えっ、演習場?」
戸惑う圭介に、セクオールは冷静に頷いた。
「はい。そこで実際にあなたの『祝福』を発動させていただきます」
セクオールの言葉に迷いがない。まるでそれが当然の事かのように告げられる。
──祝福を確認って、なにをするんだ?
朝からまたしても不安と混乱が押し寄せる。だが、状況が許してくれない以上、従うほかないようだった。