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第31話

「......うぅん......あれ?」


 重い瞼をこじ開けるようにして目を開けると、目に映ったのは見覚えのない天井だった。

 見渡せば自分はベッドの上にいて、周囲には包帯や医療器具が整然と並べられている。

 まるで、病室のような場所。


「......なんで俺......ここに?」


 ぼんやりと頭を働かせる。ヴォルプータスを館長室に吹き飛ばしてから、足音が聞こえてきた。

 だが、ぽっかりと穴が開いたように、そこから先が何も思い出せない。

 まさかあの時、別の何かに襲われてしまったのだろうか。

 不安が頭をよぎったと同時に、病室の扉が静かに開いた。入って来たのはセクオールだった。


「目を覚まされましたか。前もそうでしたか、私が来るといつも起きていますね」


 淡々とした口調に、どこか冗談めいた色がにじんでいる。

 言われてみると、最初にゴブリンと戦って失った時も、目を覚まして最初に見たのはセクオールだった。


「えっと......なんで俺、寝てたんだ?」


「大量出血です」


「......出血?」


「脇腹を切り裂かれてたじゃないですか。あの傷から血が止まらず、そのまま意識を失われたんです」


 ヒールで応急処置をしていたが、皮膚が完全に繋がっていたわけではなかった。

 そんな状態で戦っていたからみるみる血が流れ出たのだろう。途中から気にしてなかったが、気を失うほど流れ出ていたのか。


「包帯を交換しようと思うのですが......」


 セクオールは包帯を手にしながら言ったものの、その口ぶりはどこか歯切れが悪かった。

 圭介は察する。


「言いたいことは分かるよ、なんとなく」


 ベッドから上半身を起こし服をめくる。腹には包帯がグルグルと巻かれており、あちこちが赤く染まっていた。

 にもかかわらず痛みはない。むしろ体調はすこぶる良好で、少なくとも重症者の自覚はない。

 現れた肌は傷跡すらなく、最初から怪我などしていなかったかのようにきれいである。


「まあ、そうだよな」


 圭介がベッドに意識を向けると、説明文がふわりと浮かびだした。


『王都診療所のベッド:患者のために最適化されたベッド。

 効果:このベッドで睡眠を取るとHPとMPが全回復し、状態異常が解消される』


 効果は王城で寝たあの豪華なベッドと同じ。

 どうやら『勇者の祝福』にとっては、寝る場所の格式より『寝た事実』の方が重要らしい。なんともまあ、ゲームの仕様を思わせる。

 

「何度か容体を確認しましたが、安らかな寝顔をされてましたからね、ケイスケ殿」


「俺の寝顔は見世物じゃないっての」


 冗談めかした軽口を返しながら、窓の外に目をやる。空は明るく、どうやら昼を過ぎているようだった。


「一日と数時間ですね」


「結構経ってるのね」


「むしろ、まだそれしか経ってません。あなたの出血量をみれば、あと数日は意識が戻らなくても可笑しくなかったんですよ」


「そう言うなって。治ったものはしょうがないんだし」


 内心、『勇者の祝福』が付与する効果の異常さにゾッとする。


「時間が経ってるなら、あれから何か進展があったんじゃないか?」


 そう訊いた声には、どこか警戒がにじんでいた。


「まずはヴォルプータスですね。奴は王都の騎士団によって拘束されました。現在、取り調べを行われている最中ですが、色々と判明しつつあります」


「......良からぬ事だろ、絶対」 


 セクオールは小さく頷いた。

 その『色々』が良い知らせではないことは、言うまでもない。


「あいつ、魔王に会うのは通過点とか抜かしてたけど、その先ってのも何か分かってきたのか?」


「一言で表すなら......醜悪そのものです」


 セクオールは目を逸らし、ひきつった苦笑を浮かべて答えた。


「ええ......奴の事だから、どうせまともじゃないとは思ってたけど。そんなに醜悪なのか?」


「想像できてたら正直心の底から軽蔑して、この旅路から降りてましたね」


「そんなにかよ」


「魔王の子供を孕んで産んだ上で奴隷化し、その力で世界を支配しようとしていた──それが奴の計画だったようです」


 圭介の思考が一瞬止まった。


「前半のインパクトが強烈過ぎて、後半の世界支配うんぬんが霞んでたぞ」


 聞いたこともない醜悪さに、思わず肩を落とすしかなかった。

 『変身』と『隷属』を持っていなければ到達できない思考だ。あのまま放置していればおぞましさの限界を突破していたに違いない。


「それと、奴が『変身の祝福』で取り込んだ方々についてですが──王都で行方不明になっていた住民の半数以上が、ヴォルプータスに取り込まれていたことが確認されました」


「は、半数って......マジか」


 王都の人口までは知らないが、半数以上と言われるだけで嫌な想像が頭をよぎる。


「一番古いケースで十数年前。最も新しいのが、本物のザビエンさんだったそうです」


「想像したくないな。取り込まれた人たちの中にどれだけの人生があったのかって考えると、なぁ......」


「全くです」


 人間を取り込んで他者になりすまし、そのまま社会に溶け込む。

 それが十年以上も続いていたという現実は悪夢に他ならない。


「リペラの家族もその中に入ってたんだろ? 大丈夫かな......」


 呟くように言った直後だった。


「呼びました~?」


「うおっ!?」


 ひょこっと病室の扉から顔を出したのは、まさにその張本人リペラだった。

 あれほどのことを経験して、打ちひしがれているだろうと思っていたが意外だった。

 彼女の表情に暗さや陰りは見られない。いや、正確には重さが取れている。

 初めて会った時の明るさよりも、どこか軽やかで、しがらみや呪縛から解放されたような、そんな雰囲気を纏っていた。


「私のことを心配してくれて嬉しいけど……ケイスケさんの体のほうが、よっぽど危なかったような?」


 くすっと笑うその声に、いつもの調子が戻っているのを感じて、圭介も自然と肩の力が抜けた。


「俺はもう大丈夫だよ。それよりも......そっちの方こそ、色々あったからさ......」


 少しの沈黙が流れる。

 リペラは目を伏せ、ほんのわずかに口元を引き結ぶ。


「ヴォルプータスのことは……許せないです。今でもむかっ腹が立ちますし……」


 その言葉には、消えない怒りと悔しさがにじんでいた。

 けれど、すぐにリペラは顔を上げ、少しだけ微笑んでみせる。


「でも、奴は騎士団に捕まった。今まで明るみに出なかった人たちの無念も、少しは晴らせたかなって」

 

 その表情に、怒りとはまた違う静かな強さを圭介は感じた。


「ケイスケさんとセクオールさんが、路地裏であの獣たちと戦ってくれて……そこから、ずっと前に出て戦ってくれて……勇気をもらいました。最後に『魔術の祝福』が宿ったのも、そのおかげかなって。だから、本当に……ありがとうございました」


 リペラはそう言って、頭を下げた。真っ直ぐな感謝のこもった、丁寧な礼。

 圭介は、どう返せばいいか迷った。

 ヴォルプータスを倒すことが出来たのはリペラのおかげであり、助けられたのだ。


「リペラが立ち向かってくれたから、ヴォルプータスを止められた。あの最後の光、マジでかっこよかったぞ」


「えへへ……褒められるの、ちょっと慣れてないかもです」


 リペラは恥ずかしそうに笑った。


「最後にお願いがあるのですが……これからもご一緒してもいいですか? 少しでも力になれればと思って……」

 

 リペラがそう言って、ほんの少しだけ不安そうにこちらを見上げる。その目は、強さと優しさが同居していた。

 圭介とセクオールは顔を見合わせる。


「──もちろん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人は同時に、まるで前から決まっていたように言葉を返す。

 リペラの顔がぱっと明るくなる。まるで陽だまりみたいな笑顔だった。

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