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第3話

「こちらでございます。詳しい話は明日以降に改めて説明いたします」


「......わかりました」


 圭介は城のメイドと思われる女性に連れられ、用意された部屋に案内された。


「それでは、ごゆっくりお休みください」


 メイドが静かに扉を閉めると、圭介は周囲をじっくり見渡した。


「なんだ、これ......」


 部屋の中を見渡して、思わず声が漏れた。


「豪華すぎる」


 視界のすべてが、まるで映画やゲームの世界をそのまま切り取ったような光景だった。

 壁際には繊細な彫刻が施された家具が並び、部屋の中央には天蓋付きの巨大なベッドが鎮座している。その天蓋カーテンすら、高級そうなシルクで出来ているように見えた。

 以前、家族旅行で少しいいホテルに泊まったことがあるが、これと比較するのは失礼と言っても過言ではないだろう。

 窓には、部屋に負けないほどの豪華な装飾が施されている。そこに夕日が差し込み、金や宝石のように輝いている。


「外か......これほど立派な建物だし、外の景色を見れば何かわかるかも」


 テレビでヨーロッパの古城を特集している番組を見たことがある。

 城の窓から見下ろした光景を放送していて、当時は「すごいな」としか思っていなかった。

 だが、この部屋の窓の眺めが自分がどこにいるかを特定する手掛かりになるかもしれない。

 圭介は足早に窓際に近づき、外を見下ろす。


 そこに広がっていたのは、城下町。

 レンガ造りの建物が延々と連なり、所々に大きな建物がそびえている。形から考えて、教会のような施設だろうか。

 道路は石畳が整然と敷かれ、何台もの馬車が絶え間なく行き来している。


 現代的な要素は、微塵も見当たらない。

 見覚えのある風景や、分かりやすいランドマークさえ存在していない。

 圭介が知っているいかなる景色とも一致しないこの城下町は、まさに中世ファンタジーの世界そのものにしか見えなかった。


 (どうやって帰ればいいんだ?)


 胸の奥で不安が膨れ上がっていくのを感じながら、圭介はひとまず視線を窓の外から外した。


 ここ数時間だけでも、降りかかってくる出来事は理解負の名ものばかりだった。

 とにかく情報量が多すぎる。考えたいことは山積みだが、疲労も相当だ。


「大人しく休も......」


 そう呟いた圭介は、背負っていたリュックを近くの帽子掛けに掛けた。

 続けて椅子を引くと、そのまま力が抜けるように座り込む。

 ふと、左手に持っている物に意識が向いた。今日発売した最新ゲームソフト。


「本当なら、今頃ゲーム三昧だったんだけどな......どうしてこうなったんだろ」


 ゲームソフトを、そっと机の上に置く。

 その瞬間、無意識にズボンのポケットへと手が伸びた。取り出したのは、普段使い慣れたスマートフォン。


「......電波が、入ってねぇ」


 画面右上の電波マークが、必死に受信を試みるように震えているが、何も繋がらない。

 海外に来てしまったとしても、国際ローミングとかで微弱なりとも電波が入る可能性はあるはず。

 だが、今までの一連の流れを考えると、そんな常識はもはや通用しないだろう。


「はぁ......」


 諦め混じりにのため息をつくと、スマホも机の上に投げるように放り出した。

 

「しかしまあ、この部屋は本当にすごいな。この壺だって、絶対腕利きの職人とかが作ってるよな」


 圭介は、机の隣に置かれた大きな壺をじっと見つめた。

 滑らかな曲線に沿って精密な模様が描かれており、その美しさは言葉を失わせるほどだ。

 見惚れてしまい、しばし無言になる。

 

 その時、不意に視界をノイズが横切ったような気がして、圭介は顔を上げた。


「ん......?」


 一度は気のせいかと軽く首を傾げ、もう一度壺へ視線を戻す。

 すると、まるでディスプレイのようなものが壺の左下に現れ、何か説明文のような文字が浮かび上がっていた。


「え、え?」


 驚きのあまり、圭介は思わず目をこする。

 疲れがピークに達して、ついに幻覚でも見始めたのか。もう一度壺に目をやるが、さっき見えた画面のようなものは跡形もなく消えている。


「マジで寝ないとダメか......」


 自嘲気味に呟いてから、再び壺へと意識を向ける。また、さっきと同じように空中に画面のようなものが出現した。


(幻覚じゃ......ない? 俺が意識を向けると、出てくるのか?)


 圭介は半信半疑のまま恐る恐る手を伸ばしてみたが、触れることが出来なかった。

 その画面らしきものに触れようとしても、指先からは何も感じられず、空気を掻くだけだった。


「何なんだよ、もう......」


 再度顔を近づけ、今度は慎重に文字を読もうとする。


『王家の壺:王家直属の壺職人によって作られた最高級の壺。 

 効果:どの店で売却しても、正当かつ高値で売却することが出来る』


 文章が断面的ではあるが、はっきりと読める。

 壺の由来と、まるでゲームのアイテム説明のような『効果』が並んでいた。

 

 圭介は勢いよく椅子から立ち上がると、部屋の隅々まで視線を巡らせた。

 その中でも特に存在感を放つのが、天蓋付きベッドだ。


「あの壺みたいに、ベッドにも何か表示されるのか?」


 ベッドに意識を向けると、先ほどの壺と同様に空中に説明画面が浮かび上がった。


『王城のベッド・客間:客間に設置されている最高級のベッド。素材を厳選して作られており寝心地は抜群。

 効果:このベッドで睡眠を取るとHPとMPが全回復し、状態異常が解消される』


(まただ......)

 

画面は、見覚えのあるゲームのアイテム紹介さながらの情報を、淡々と表示している。


(HPとかMPとか、完全にゲームじゃないか。もう現実じゃないだろ......)


 心拍数が高まるのを感じながら、圭介は目を逸らすように部屋全体に視線を戻した。

 しかし今や、どこに視線を向けようとも、何かしら説明画面が浮かんでくるのではないかという予感がしてならない。


「......本格的に寝不足だな」


 圭介はベッドに思い切り身を投げ出した。

 頭の中は謎だらけの状況でいっぱいだ。もうこれ以上、何も考えたくない。


「でも、このベッド......すげぇ、気持ち、いい......」


 口に出してしまうほど、その寝心地は圧倒的だった。柔らかいマットレスが圭介の身体を優しく包み込み、上質なシーツが肌をすべるように馴染む。

 一瞬だけでもすべてを忘れさせるような、その極上の感触に、彼のまぶたは少しずつ重くなっていく。


 圭介の意識はふっと闇の底へと沈んでいった。

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