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第2話

「勇者よ、己が召喚された理由が分かるか?」


「理由ですか......?」


 そう問い返しながらも、頭の中は依然混乱したままだ。

 理由と言われても、思い当たることなど何もない。

 確かに、ここに呼ばれたということは、この人たちにとって何かしらの事情があるのかもしれない。

 それが自分でなければいけない理由なんて、どこにもない。


 何より、この王は『召喚』という言葉を平然と口にした。

 ファンタジー作品でよく聞く言葉だが、現実でそんなものが存在するはずがない。

 実際目の前で言われると、途端に現実味がなくなる。


「どうやら分からないようだな。では話すとしよう」


 王は落ち着いた口調で言い、ゆっくりと背もたれに体を預けた。

 話してくれるだけ、まだ親切なのかもしれない。

 この異常な状況に理由があるのなら、それを知ることで少しは混乱した頭の中を整理できるかもしれない。


「この世界に新たな魔王が誕生した」


(魔王? 今、魔王って言った?)


 圭介の思考がさらに停止する。

 これまたファンタジー作品で聞き慣れた単語だ。しかし、王の口から現実として語られたことに、脳が追いついていない。


「過去の魔王同様、世界を破滅させるために行動するだろう。魔王討伐のため、この世界に新たな勇者が召喚された。それがおぬしだ」


 言葉の意味は分かる。

 分かるが、到底納得できるものではない。


「召喚された理由の述べたので、次はおぬしのことについて教えてもらいたい。名前、年齢、出身地を述べよ」


 今度はこちらが答える番。

 何一つ理解できていないこの状況で、見知らぬ相手に個人情報を晒すというのは、どう考えても得策ではない。

 だが、ここで黙り込んだところで、どうにもならないのも確か。

 状況が状況だ。馬鹿正直に答えて、相手の反応を探るしかない。


「名前は天野圭介です。年齢は23で、出身は日本です」


 そう言いながら、自身の出身地について考える。

 日本は、世界的見ても知名度は高い国のはずだ。例えば、アニメとかゲーム。食べ物といえば寿司とかラーメンとか色々ある。技術面だって世界の先端を行っているのも多い。

 それがこの場の者たちに通じるかどうか、それが問題だが。

 

「アマノ・ケイスケ......。ケイスケという家名は聞いたことがないが」


「えっと、家名は圭介じゃなくて、天野の方です」


「家名を先に名乗る、か......おぬしの国ではそうなのような習慣なのだな」


 王はそう呟き、手を口元に当てて思案するように視線を外へ向けた。

 何か考え込んでいるようだが、何を考えているかは圭介にはまったく分からない。

 圭介としては、この王が『日本』という国を知っていることを願うばかりだ。

 だが、苗字を先に名乗ることすら知らない様子では、期待はあまりできないかもしれない。最悪、日本そのものを知らない可能性がある。


「『ニホン』と言う国も聞いたことがない。国ではなく、どこか特定の地域の名か?」


「いえ......国の名前です」


 最悪の展開になった。

 王の反応からして、『日本』という国名は一切通じてない。それどころか、そもそも存在すらしていない可能性がある。


「そうか。我らにも知らないことは多々ある。『ニホン』とやらについては、別の機会に改めて聞くとしよう。それよりも、さらに重要のことを聞かなくてはならぬ」


(さらに重要なこと?)


 勇者として召喚された人物の出身地より重要な話題とは、一体何だというのか。

 魔王と戦うための戦闘技術や、何か特別な能力でも確認したいのだろうか。だとすれば、問題は深刻だ。

 戦闘技術なんて皆無だ。日本という平和な国に住んでいた以上、戦闘技術を持っている人の方が珍しい。

 それに、この場の雰囲気から推測する限り、この世界は中世的な文明水準にあるようだ。

 中世と現代の戦闘技術など根本的から違いすぎる。武器、戦術、戦闘に対する考え方からまで、数え上げればキリがないほど違うはずだ。

 そんな圭介の内心など知らず、王は静かな口調で続けた。


「勇者として召喚されたおぬしには、『勇者の祝福』が宿っているはずじゃ。それを見せてもらいたい」


「......祝福、ですか?」


「そうだ。『勇者の祝福』は、かつて召喚された勇者たちにも宿していた祝福でな。しかし、宿主によってその能力は様々であった。故に、まずはおぬしの祝福を確認したのだ」


 祝福とは、一体なんの事だろうか。能力とは、具体的に何を指すのだろうか。

 次々を投げかけられる理解不能な言葉の数々に、圭介はますます混乱するばかりだった。

 王は圭介が考え込む姿を見て、こう問いかけた。


「『祝福』についてどの程度の知識があるのだ?」


 王の問いかけに、圭介は困惑を隠せない。


「えっと......何かいいことがあった時に喜んで祝ったり、相手の幸福を祈る、ですかね......」


 言葉にしながら、これは絶対に求められている答えではないと直感する。だが、実際にそれ以外の『祝福』など、全く思い浮かばない。


「おぬしにとっての『祝福』とは、そのような意味なのだな。『ニホン』という国では皆、そのような認識なのだろうか」


「まあ......そうですね」


 当然だ。むしろ『祝福』という言葉に能力や力と言った意味があるほうが不自然だ。

 現代の日本において、何らかの特殊能力を『祝福』として宿すなどという話なんて聞いたことないし、能力が宿るという考えに至ったことすらない。

 


「『祝福』とは、この世界に生きるすべての者に宿り得る能力だ。目に見えるものから、そうでないものまで実に多種多様でな。そうだな......百聞は一見に如かず。ひとつ実際に見てもらおう」


 そう言って王が目配せすると、先ほど圭介を連れてきた渦中の騎士が前へと出た。


「では、失礼いたします」


 騎士は圭介に向かって軽く頭を下げると、右手を高く掲げた。


「──フムラ」


 一言呟いた瞬間、騎士の手のひらから赤々とした炎が勢いよく噴き出した。

 まるで火炎放射のような勢いに、圭介は思わず両腕で顔を覆い、身を引く。


「うわっ!?」


 熱が頬を掠めた。

 圭介が恐る恐る目を開く、騎士の手からはすでに炎が消えていた。


「今のは『火炎の祝福』と呼ばれるものだ」


 ──なんだいまの!? マジックか?


 そう考えたが、目の前で確かに炎が噴き出した。手品や特撮のようなものではなく、本物の火炎だと直感的に理解してしまった。


「先ほども言ったが、おぬしには『勇者の祝福』が宿っているはず。それを確認させてもらいたい」


「......その『祝福』ってやつを確認するには、どうすればいいのですか?」


 正直まだ半信半疑だが『祝福』を宿している者が特殊な能力を使えるのは、さっき目の前で実演された炎で理解できた。

 自分の体にも『祝福』が宿っているのも、現段階ではそういうことにする。

 それを出すにはそうすればいいのか。念じれば出てくるものなのか、別の方法があるのか。それが分からない。

 

「確認方法はいくつがあるが......。今のおぬしを見るに、試させるのは酷な話だろう。急に召喚されて混乱し、疲れているのだろう。今日はゆっくり休むがよい。部屋はこちらで用意しておる」


 王は穏やかな口調で言った。

 部屋まで用意してくれているとは思わなかった。意外と親切だ。

 しかし、親切だからと言って安心はできない。まだ状況も何も理解できてないし、この場所が自分にとって安全な保証もどこにもない。

 だからと言って、何かできることなどない。


「......ありがとうございます」


 圭介は戸惑いながらも、ひとまず礼を言った。ますは、頭を整理するために少し落ち着く必要があった。


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