第一章・第3話 ——名を持つもの、眠れる竜——
朝の牧場は、静かで穏やかだった。
「……なんか、もう普通に生活始まってるな」
小屋の前で伸びをしながら、ミノルは苦笑する。
隣では、白銀の髪を揺らすシロが、朝の光を浴びて気持ちよさそうに目を細めていた。
「はい。とても良い場所です。霊気も安定しています」
「それは何よりだな」
そして――もう一匹。
ぷるん、と小さく跳ねる半透明の体。
「……で、お前だな」
ミノルはしゃがみ込み、スライムを見つめる。
昨日仲間になった“ルミナススライム”。
だが、まだ名前はない。
スライムは、まるで期待しているかのようにぴょこぴょこと跳ねた。
「コン(たぶん、待っていますね)」
シロがくすりと笑う。
「だよなぁ……」
ミノルは腕を組み、少しだけ考え込む。
(名付けは“力”になるんだよな)
適当にはつけられない。
だが、あまり気負いすぎても仕方ない。
しばらくして――
「よし。決めた」
ミノルは手を差し出す。
スライムは嬉しそうに、その手のひらに乗った。
「お前の名前は――“ルミィ”だ」
その瞬間。
淡い光が、スライムの体からふわりと広がった。
――《個体:ルミナススライムに名称を付与》
――《名称:ルミィ》
――《契約レベルが上昇しました》
「おお……」
光が収まると、ルミィは一回りほど輝きを増したように見えた。
体内の光粒子が、よりはっきりと瞬いている。
「ぷるんっ!」
勢いよく跳ね、ミノルの肩に乗る。
「うわっ、元気だな」
「力が安定したようですね」
シロが頷く。
「ルミィは“光属性”の幻獣。恐らく――」
そのときだった。
ルミルミィが、ぴたりと動きを止めた。
「……?」
次の瞬間、スライムの体が淡く発光する。
そして――
小さな光の粒が、ふわりと宙へ浮かび上がった。
「これは……」
光は空中に漂いながら、やがて一点を指し示すように動く。
「方向を……示してる?」
ミノルが呟く。
ルミィは何度もその方向へ跳ね、戻ってくる。
まるで「こっちだ」と言っているかのように。
「何か、感じ取っているのでしょうか」
シロの表情が、わずかに引き締まる。
「……ただ事ではなさそうですね」
ミノルはしばらく迷った。
未知の場所。未知の存在。
だが――
「行ってみるか」
「はい。お供します」
二人は頷き合い、ルミィの示す方向へ歩き出した。
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やがて、景色は大きく変わっていく。
なだらかな草原から、岩肌の目立つ荒野へ。
そして――
「……山、か」
目の前には、そびえ立つ巨大な山。
その奥深くへと、ルミィは迷いなく進んでいく。
「気配が……強くなっています」
シロが小さく呟く。
「これは……かなり上位の存在です」
空気が重い。
息が詰まるような圧。
それでも、足は止まらない。
そして――
辿り着いた。
岩に囲まれた、静かな窪地。
「……っ!」
思わず息を呑む。
そこにいたのは――
巨大な存在。
赤黒い鱗に覆われた、圧倒的な体躯。
折りたたまれた翼。
鋭い牙。
地面を抉るほどの爪。
「……ドラゴン、かよ」
ミノルの声が震える。
だが、そのドラゴンは――
動かなかった。
よく見ると、体のあちこちに深い傷がある。
鱗は剥がれ、血が乾いて黒く固まっていた。
呼吸はしている。
だが、とても弱々しい。
「……傷ついてる」
ミノルは一歩、近づく。
「危険です!」
シロが制止する。
「このクラスの存在が目を覚ませば――」
「分かってる」
それでも、ミノルは止まらなかった。
「あのときと同じだろ」
そう言って、振り返る。
「放っておけない」
シロは一瞬、目を見開き――
そして、ふっと微笑んだ。
「……はい。あなたは、そういう方でしたね」
ルミィも、小さく光を灯す。
三人は、ゆっくりとドラゴンへ近づいていく。
巨大な命。
その息遣いが、かすかに響く。
この出会いが――
新たな運命を呼び寄せることになるとは、
まだ誰も知らない。
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遠く離れた山奥で、眠る一匹のドラゴン。
それは、やがて牧場に訪れる“嵐”の前触れ。
そして――
新たな仲間か、それとも試練か。
物語は、さらに大きく動き始める。
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