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ホタルのようちゅう  作者: つかさ文研
1.矢護陽香
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【昔の面影】

「タイ料理大丈夫だった?パクチーとか」

藤原ちゃんはおしぼりで手を拭きながら言う。小さな使い捨てのおしぼりでは拭ききれるのかと疑問に思うほどの手のひらだ。

意外なお店のチョイスだった。広告代理店の人はお洒落なスパークリングワインが飲めるお店を選ぶと思っていたからだ。勝手な偏見だけど。

「パクチー大好きです。でもタイ料理はあまり本格的なものは食べたことがなくて」

「そっかそっか」とメニューを眺めている。

私はどこに目を向けていいのか分からず、壁に飾られている象の装飾品を見ていた。

「ビール飲める?」

「はい」

藤原さんはカタコトの店員さんにサラッとビールとよく分からない料理を何品か頼んだ。

―――

「あっ、じゃあ乾杯」

私も両手をジョッキに添えて乾杯をした。これが丁寧な乾杯のやり方かどうかは知らないが、とりあえず両手を添えていれば敬っている感じが出る気がする。

「ようちゃん山形には帰ってるの?」

「いや、3年くらい帰ってなくて。母がたまに宝塚見に東京に来るので、その時に食事したりはしますかね」

「おばさん、宝塚好きなんだ」

「私が高校の時くらいからハマっちゃって」

「そっかそっか」

「藤原さんは山形には帰られるのですか?」

「やめてよ~!その藤原さんってやつ。こういう時はホタちゃんでいいよ」

「えっ、いや……。私の知ってるホタちゃんとかけ離れててどうもリンクしなくて」

「あと敬語じゃなくていいよ。仕事じゃないし」

「はぁ……」

「俺、中学は仙台だけど、中三の時に父さんが転勤で千葉に引っ越して、ついでみたいな形で高校は千葉の高校に行ったんだよね」

「わ~都会っ子っすね~」

「図らずもね。社会人になった時に一回山形に帰ったら、ようちゃんも東京の美大に行ってるって聞いてビックリしたよ~」

「山形でもデザイン学べるところはあったんだけど、一回は東京に暮らしてみたかったん…だよね」

一瞬クセで敬語で返答してしまいそうになった。

「そっかそっか、その憧れはあるよね。ようちゃん俺が仙台の中学行くって言った時なんて言ったか覚えてる?」

「えっ、覚えてない」

何か失礼なことを言ってしまっていたのだと思って、ごまかすようにビールを多めに一口飲んだ。

「『プリ撮り放題じゃん!』って目キラッキラさせながら言ってたよ~」

目を細め、昔を懐かしむかのような優しい笑顔でそう言った。少し暑い店内とお酒のせいもあって少し頬が赤くなったその顔が小学校の頃のホタちゃんの面影があった。

「そんなこと言ってたかな?あんまり覚えてなくて」

「そうだよね。15年以上も前のことだもんね。ようちゃんと一緒にいた時より、一緒にいない時間の方が長いしね」

そう言いながらホタちゃんは右手に握っているビールジョッキに目線を落とした。

「小学生の時の記憶ってだんだんなくなってくるよね」

「ようちゃんも子供の時から絵上手だったのは覚えてるけど、まさか仕事にしてるとは思わなかったな」

「なんとかしがみついてるだけだけどね」

「実績が出てるんだから凄いよ」

「ハハハ」と愛想笑いを返すと少しだけ沈黙が流れた。聞いたこともないタイ語の曲と嗅いだことのない異国の香り、目の前には知っているはずなのにあまり知らない男性。ちょっとだけ気まずかった。

「「あの」」

何か話題を振らなきゃと話しかけた言葉がかぶってしまった。多分ホタちゃんも同じく少し気まずい時間だったのだと思う。

「ごめん、ようちゃんと今日の夜何話そうって聞きたいことは山ほどあって、色々考えてたはずなのに、いざ顔合わせると忘れちゃうな」

照れくさそうにビールを飲みほした。まだ一杯しか飲んでいないのに、耳まで赤くなっていた。広告代理店の営業とは思えないほどのお酒の弱さだなと思った。でも、それはそれでホタちゃんっぽいなって。

「ホタちゃんは今彼女とかいるの?」

きっちりと分けられたセンターパートの髪型に、夜になってもテカリのない肌、多分髭脱毛してるから夕方になっても綺麗な顎回り、どこのブランドかは知らないけど高そうなセパレートスーツ、左手につけている腕時計も絶対高い。知らないけど。大手広告代理店の営業だし、どこかは分かんないけど多分頭いい大学行ってそう。私の目に入る今のホタちゃんはモテの要素しかない。

「えっ!いないいない!結婚もしてない!ほんとクリーンだからね!不倫もしてないし、女社長と寝て仕事取ったりとかもしてないからね!クリーン!」

ここまで否定されると逆に疑ってしまう。何せ、昼間の彼は胡散臭い笑顔がへばりついてる人だから。

「ふ~ん」

まあ、本人がいないと言うならいないのだろう。彼女や奥さんがいた場合、いくら昔の幼馴染だろうと一緒に食事していたら相手の方はいい気分はしない。

「えっ、ようちゃんは?」

ドリンクメニューを手に持ち、横目でこちらを伺うように見てきた。

「いないよ」

「そっかそっか。ようちゃんは次何飲む?メニュー見る?」

お互い返しも適当で、多分幼馴染の色恋沙汰を直接聞いたりするのが恥ずかしいのだろう。

「ホタちゃん、顔赤いからもうお酒やめた方がいいよ」

そう言いながらドリンクメニューを受け取る。

「そっかそっか。じゃあ、ジンジャーエールにしようかな」

少し頬が緩みながらそう言う。大人のホタちゃんは『そっかそっか』が口癖なんだ。

「私もウーロン茶にしよ」

「別に俺に合わせなくていいよ」

「ううん、あんまり外では飲まないようにしてるんだ。家に帰れなくなったら嫌だしね」

目の前にあるよく分からないすっぱ辛い野菜炒めみたいなのを食べるのには、ウーロン茶が一番だからっていうのもある。

「えっ、帰れなくなったことあるの?」

ホタちゃんは驚いた様子で身を乗り出した。

「いや、ないよ。でも、家で飲みながら寝落ちするのが好きだからいつか外でもやっちゃいそうで」

ホタちゃんの勢いに若干引きながら答えた。

「気を付けてよ、女の子なんだから」

食べ物を運んできた店員さんに軽くお辞儀をしながらそう言った。

「今の時代男の人だって危ないんだから、ホタちゃんも気を付けてね」

「ほんと容赦ないな~。そこは昔と変わってないね」

困ったように眉毛を下げて笑う彼は、昔のホタちゃんそのものだった。


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