【二股の悪女】
いつも通りだ。いつも通り。何も変わらない。松澤君もいつもと変わらない。いつもならほぼ無言の昼休みに、隣に座ってきて二人で会話をしながら昼食をするようにはなったけど、それ以外は怖いくらいにいつも通りだ。もう誰かに告白されたくらいでは動揺して仕事が手につかないなんて事はなくなるくらいには大人になったんだ。少女漫画である、告白された後に動揺して相手の顔が見れなくなって避けるっていうのはやっぱりフィクションの世界だけなんだ。私も松澤君も、あとホタちゃんも、もういい大人だからただ一つの感情に生活すべてが支配されるなんていう愚かなことにはならないんだ。
あんなに悩ませていた科学館のキャラクターも担当者に案を見せたら「これいいじゃん」とあっさり決まってしまった。世の中そんなもんだ。馬鹿みたいに悩んでも他人から見たらどうってことないものばっかりだ。私の頭の片隅にあるこの少しのモヤモヤはすぐになくなるはず。
「今日なんかリテイク案件あった?」
ぼーっとカラーコードを眺めているとフロアに響くひと際大きい声を背中に浴びた。八幡課長だ。
「今週絶好調過ぎてリテイク一件もないです。待ち二件ありますけど」
「お~、そんな風に暇そうにカラーコードを見てる矢護にいい仕事持ってきたぜ~」
「えっ、また面倒くさいやつじゃないすか~」
「お菓子のパッケージやりたくない?」
「えっ!お菓子!やったことないです!」
「まあ、冬の期間限定のVtuber?とかいうアニメのキャラクターのコラボのパッケージなんだけど」
「Vtuberはアニメじゃないっすよ」
乾いた呆れた声で松澤君が私たちの会話に入ってきた。
「え~それくらいなら自社でできそうですけどね。キャラ切り取って貼り付けるだけですよね」
今までやったことがない楽しそうな仕事にテンションが上がっていたが、一瞬にして地まで落ちてしまうような内容だった。
「いや~、推しカラーっていうの?パッケージのカラーから全部そのVtuber仕様にするんだと」
「あ~、まあそれなら納得ですね~」
「ちなみにこれがそのキャラね」
課長は持っていたタブレットでそのVtuberの立ち絵を表示して私に見せた。なぜか松澤君も椅子のタイヤをシャーと動かし、その画面を覗いてきた。
「頭に葉っぱ乗ってますね」
「タヌキっていう設定で色んなものに化けるらしい」
「ほ~」
よくある萌え絵といった感じのキャラクターデザインだ。
「タヌキなのに甘ロリの服なんですね」
タヌキ設定ならもっと田舎っぽい服にするとか、せめてもっと目の周りを黒くするとか色々やりようがあるのに頭に乗せた葉っぱ一枚にタヌキの設定は少し甘い気がする。
「服とかはよく知らん。この服が可愛いから着てるんじゃないのか?」
「タヌキ名乗るならもうちょっと鼻丸くして目は分かりやすくタレ目にした方がいいと思うんですけど」
「今はこのキャラのデザインの批評じゃないから」
課長にたしなめられる。それはそうだと少し反省した。
「二人ともこれ知らないっすか?今多分登録者数200万超えてるくらいには有名っすよ」
松澤君は横から口を挟む。
「「知らない」」
珍しく課長と回答がハモる。
「まあ、今見ての通りわりと暇なんでやりますよ。内容送っておいてください。今の時点で三つくらいは案作れそうです。カラーだけじゃなくてフォントデザインとかも変更していいんだったら楽しそうだし」
「フォントとかの指定はされてないな~。あっちもそこまで考えてないと思うから、とりあえず無難なデザインと矢護の好き勝手に作ったやつどっちも作ってみて。一応素材はめちゃくちゃ送られてきてるから」
「は~い」
私に仕事だけを振っていつものように八幡課長はフロアから去って行った。
「陽香さん、イラストレーターでキャラデザとかもできそうですよね」
大体私と向かい合わせで仕事していた松澤君だったが、今日は隣で仕事をしている。
「私はああいう萌え絵みたいなのは苦手だからな~」
「陽香さんは化け物専門すか?」
「一応オールマイティっていう触れ込みで仕事はしてるんだけどね。てか、仕事で化け物描いたことないよ~」
「あっ、てかこないだゲームの幽霊のデザイン送ってくれたじゃないすか?」
そう、つい数日前に以前松澤君に頼まれていたホラーゲームの幽霊のデザインをいくつか送った。
「どうだった?いいのあった?」
「いや、あれすご過ぎですよ。サラッとしたラフで来るのかと思ったら全部カラーで正面だけじゃなくて横と後ろ姿も細かく描かれてて。それ11体もあげてくるとは思わなかったっす」
「別に一から考えたやつじゃないのもあるからね。学生時代に描いてたやつを新しく描き直したりもしてるから」
「俺はいわゆる貞子みたいなのでしか考えてなかったからめちゃくちゃ助かりました。ただ、3Dに起こしにくい凝ったやつは俺には能力的に無理っすね。好きなんすけどね」
「無理しない程度にしないと続かないからね」
「デザイン料振り込むんであとで口座教えてくださいね」
「え~いいよ。半分は学生の時に描いてたやつだし」
「こういうのはちゃんとしとかないとっすよ」
「本当にいいよ、久しぶりにああいうの描いて楽しかったし。じゃあ、今度おごってよ。それでいいよ」
「陽香さんのそういうとこっすよ」
どういうとこだよ、と思ったが何も言わずに会話中に送られてきたさっきのお菓子のパッケージの案件の内容を確認していた。
「じゃあ、今日はどうっすか?」
「あ~、今日は無理だな~」
先週の告白疑惑以来初めてホタちゃんと会う日だ。下北沢でスープカレーを食べに行くといういつもとあまり変わらない予定だ。食べた後はどうするんだろう。どっちかの家に行って泊まったりするんだろうか。距離的にはうちのほうが近いけど。昨日背景だけ青く塗って乾かしてる絵が床に転がってることを思い出してうちは無理だと思ったが、もうそんなのを気にする仲でもないかとその考えはすぐに消えた。でも、私の気持ち的に少しだけ抵抗がある。少しだけ、何か気まずいというか、引っかかるというか。
「今日は藤原さんの日か~」
「ちょっと私が二股してる悪女みたいな雰囲気出さないでもらえる?」
こうは言ったが、松澤君からしたら男二人を天秤にかける悪女そのものかと少し納得してしまった。彼は隣で「ははは~」と軽く笑っていた。
「じゃあさ、土曜予定ある?大学の友達が個展やってて、それ見に行くんだけど、一緒にどう?」
「それ俺も行っていいやつっすか?」
「別に誰でも入れる個展だから大丈夫だよ」
「え~じゃあ行く~!」
少しだけ嬉しそうな声色で私も少しだけ嬉しくなった。
「正真正銘のデートっすね」
彼は長い前髪から細く切れ長の目をとろんと垂らし、八重歯を覗かせた。




