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ホタルのようちゅう  作者: つかさ文研
1.矢護陽香
3/33

【胡散臭い笑顔】

「今日はよろしくお願いします。広報の黒田です」

きっちりとしたスーツに社員証のネームプレートを胸ポケットに入れている。都職員でも社員証っていうかは分かんないけど。この黒田さんという人はザ公務員といった感じで、清潔感のある黒髪短髪に左手の薬指には結婚指輪をしている手堅い見た目だ。多分30代半ばといったところだ。


「電倫堂の藤原(けい)です」

こちらの男もさすがは広告代理店といった、セパレートスーツにセンターパートの黒髪、胡散臭い張り付いた笑顔という絵に描いたような営業顔だ。偏見はある。他の製造業や金融系などの営業の人とは仕事をしたことがないので分からないが、広告代理店の営業というのは大体こういう胡散臭い人が多い。そして体育会系なのか体力が底抜けにあり、休日は仲間とバスケやフットサル、接待のゴルフ、平日でも夜中の3時にメールが入っていたりするので、いつ寝ているのか分からない存在だ。この人は見たところ私のあまり年齢の変わらない20代後半といったところだが、広告代理店の営業はその過酷さに耐えられず30歳を過ぎるとどんどんと脱落していって、40代ともなるとメンタル、フィジカル共にツワモノどもしか残っていない印象だ。この藤原さんももしかしたら数年後には転職しているかもしれない。


一通り挨拶を終える。

「僕が矢護さんのデザインに惚れ込んでオファーしたんですよ~」

藤原さんがこちらを見つめながら言う。広告代理店の営業に多い人たらしタイプだ。こうして勘違いした女は数知れずといったところか。

「僕も拝見いたしました。賞を取ったものだけですが。素人目線で申し訳ないのですが、パッと目を引くものがありますよね」

黒田さんは誠実でこういったことをサラッと言えるいい男ということが分かった。学生時代から付き合っていた彼女と25歳で結婚してそうな誠実さだ。

「矢護はうちのエースですからね~」

八幡部長も調子に乗ってそんなことを言う。エースなんて言われたことないのに。

「ラフ出す前にハードル上げないでくださいよ~」

多分引きつった顔をしていたと思う。


「じゃあ、あとは基本メールでのやり取りでいいですかね」

八幡部長がタブレット端末の電源を切りながら言う。

「そうですね。一応僕は顔合わせだけの予定だったので、あとは基本的に藤原さんとやりとりをしてもらって宜しいですか?もう任せてるので」

黒田さんはこのイベントで他にも色々とやることがあるようで、ポスターやHPの内容は全て広告代理店に任せているようだった。

「今日のいただいた意見をもとにカラー案とか色々調整してみますね。WEBデザインの方も担当と話し合って進めていきます」

私も資料やパソコンを畳んでバッグに入れる。

「矢護さんちょっといいですか?」

椅子から腰を上げた瞬間に藤原さんに呼び止められる。

「あっ、大丈夫ですけど。何か問題ありましたか?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……」

少し歯切れの悪い回答だった。

「すみませんが、僕はここで……」

黒田さんは何度か小さくお辞儀をして部屋を出て行った。今日も無理して時間をあけて来てくれたのだと思う。やはり都職員も忙しいんだろう。

「俺もいた方がいい?ラーメン食いに行きたいんだけど」

八幡部長は外に打ち合わせに行くたびにそこの最寄り駅の有名なラーメン屋に行くのが趣味らしく、今日も例に漏れずその予定だったようだ。時刻は11時半。12時になってランチタイムに突入する前にお店に入りたいのだろう。

「私一人でも大丈夫ですか?」

椅子に座りなおして藤原さんに確認をとる。

「大丈夫ですよ」

相変わらずの張り付いた笑顔でこちらを見る。

「じゃあ、あとよろしくお願いいたします」

そう言って足早に八幡部長は部屋に出て行った。


「呼び止めてしまってすいません」

「いえ……」

「電倫堂に来るのは初めてですか?」

「そうですね。何度かお仕事はさせていただいているんですが、なかなかこちらに来る機会がなかったもので」

この人は私を呼び止めて何を言いたかったのだろう。早く本題に入ってほしいと思っていた。


「ようちゃん」


「へ……」


すごい腑抜けた声が出てしまったと思う。

藤原さんの顔を見る。さっきまでの張り付いた胡散臭い笑顔とは別人のような柔らかい笑顔でこちらを見ている。

私のことをようちゃんと呼ぶのは家族とあと一人しかいない。


「覚えてない?ようちゃんは俺のことホタちゃんって言ってたんだけど」


「ホタちゃん?」


「久しぶり、ようちゃん」


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