【大人してる大人】
「あ~もう食べれない!」
ようちゃんは「ん~」と伸びをしながら言う。
「冷蔵庫に入りきるかな?」
「ちっちゃいタッパーあるから移せるのは移そうか」
立ち上がった彼女からは少し桜のにおいが香ってきた。オーバーサイズのTシャツにショートパンツというラフな格好だ。
「そういえば、ようちゃんって南高だったんだね」
「あ~、そう。遠いから通うの大変だったよ~」
「実家からだとどこの高校行くにも遠そうだよね」
「ド田舎だからね~」
キッチンで総菜をタッパーに移しながら言う。自分も何かした方がいいなと思い、テーブルにある空のプラスチック容器を片付けた。
「やっぱ美術部だったの?」
「そうだよ~。まあ、ほとんど帰宅部みたいな感じだけどね」
「でも、美大合格してるから凄いよ」
「最初は結構反対されたけどね。絵なんか描いて将来何になるんだって」
「そっかそっか」
「一応、山形では進学校の部類だったし、周りは国公立志望の人が多い中で美大目指して絵ばっか描いてるしね。学校の先生にも色々言われたよ」
「大人は自分の知らない道筋に子供がいくことを良しとしないからね」
「今となってはちょっと言ってること分かるけど。でも、やっぱり私は美大行って良かったって思えるよ。デザインと絵はまた別だから今の仕事に役に立ってるかはちょっと分かんないけど、それでも楽しかったから」
「ようちゃんは小っちゃい頃からやりたいことが明確で凄いよ。俺なんて30なのにまだ自分が何したいかなんて分かんないし」
「ホタちゃんは私なんかより、ちゃんと社会人してて大人だよ」
「頑張って大人してるだけだよ」
「そんなもんだよ。私も精神年齢なんて中学生の頃から変わってないと思うもん」
「分かる気がする」
冷蔵庫をバフッと閉める音がしてふとキッチンの方に目が行く。大人になったようちゃんが立ってる。その姿だけを見たら昔の面影なんてない。当たり前なんだけど。どうしても昔と同じようちゃんを探してしまう自分がいる。
「そういえば、ようちゃんの描いた絵とかある?美大行ってた時のとか」
「あるよ。本棚の一番下の段のファイルは全部私の絵だよ」
「見てもいい?」
「別にいいけど楽しいもんじゃないよ」
眉をひそめて少し困った顔を見せた。自分の過去の作品を見られるのが少し恥ずかしいのかもしれない。
ファイルの中には水彩絵の具で描かれた絵が多く入っていた。その多くが妖怪?化け物?みたいなおどろおどろしい絵が多かった。
「ね?別に楽しくないでしょ?」
ようちゃんが隣に座る。
「妖怪とかが好きなの?」
「うん。高校の時に水木しげるにハマってね。それからホラー系の絵をよく描くようになったかな。あっ、でもこれみたいに風景画もあるよ」
「綺麗だね。夕方とか夜の絵が多いね」
「うん。お化けって夕方からしか出てこないでしょ?」
「そこに繋がるんだね」
「課題では色んなもの描いてたけど、自分の好きなもの描くってなると偏りが出ちゃうよね」
「俺はこの絵好きだよ」
「化け物ばっかでも?」
「うん」
てっきりキラキラな女の子が描いてるもんだと思ってた。
「魔法少女とか描いてるのかと思ってた。おジャ魔女好きだったし」
「いつの話してるの。それは小学校の時でしょ」
少し笑いながら懐かしそうに絵を眺める彼女は27歳の矢護陽香だった。