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ホタルのようちゅう  作者: つかさ文研
4.藤原さん
20/33

【信用のない大丈夫】

ようちゃんと再会してから数週間、毎週末に二人で出かけるほどの仲になった。予め、彼女が好きそうな美術館の展示や催事をチェックし、世の中で話題になっているものを把握するようになった。それは会社での仕事や人間関係を円滑にする会話としても役に立っている気がする。現在流行っているもの、次はこれが話題になりそうだ、女性にこれが人気だというエビデンスをもとに作った企画書が以前よりも具体性が増して、会議を通りやすくなった気がする。そして、社内のおじさんは単純なもので「世の中の女の人はこういうモノが好きだ」という偏見まみれの企画が好きだ。それに説得力を足すことができてきた。実際のところ、自分の企画が女性に人気が出るかどうかは分からないが、偏見まみれのおじさん達には好評だ。女性向けを謳っておじさんに向けた企画書を量産している自覚はある。でも、その中で少しだけ「こういうのようちゃん好きかもな」というのを入れる。自分を出すのはそこだけでいい。


「藤原~!最近企画会議無双じゃねぇか~」

デスクでパソコンに張り付いているとブラックの缶コーヒーと共に遥先輩は登場した。俺はいまだにブラックコーヒーが苦手だと言えずに数年、我慢して飲んでいる。

「ありがとうございます」

「静岡の温泉の企画、藤原に任せようかって課長が言ってたぞ~」

「マジすか~。めっちゃ仕事溜まってるんですけど」

「最近、休日出勤しなくなったよな!幼馴染ちゃんだろ~?」

いつも聞き方がガサツなんだよな。

「いや、普通に休んでるんですよ。平日は終電逃すくらいには残業してますし」

「そういや、こないだの合コンでいい感じになった子が、清澄白河行きたいって言ってるんだけど、どっかオススメある?」

「いや~、俺住んでるだけで店とか詳しくないんですよね。帰って寝るだけだし」

「なんだよ~。もったいね~!日本のブルックリンとか言われてんだろ?めっちゃお洒落なとこ住んでんじゃん」

「なんなら引っ越したいですよ」

「マジで?どの辺?」

「えっ、阿佐ヶ谷とか」

何気なくようちゃんの住んでいる最寄り駅を口にした。口にしてから気付いた。あぁ、引っ越せば週末待たなくてもようちゃんに会えるんだな、と。

「阿佐ヶ谷?遠くね?」

「遠いっすよね」

現実的に考えて通勤時間と仕事量を考えてナシだな、と一瞬の妄想は消えた。


定時など無視した会議は平然と18時過ぎに終わる。ペーパーレス化なんて名ばかりで会議では大量の紙の資料を配られる。自分に関係のなさそうな資料の捨て時が分からず、デスクの引き出しに数か月は放置される運命になる。椅子に座り、会議中に来たメールをチェックする。『松澤』の文字が目に入る。あの会議に出ないようちゃんの会社の社員からだとすぐに分かった。メールのタイトルからデザインに関してのことは分かるが、ようちゃんから聞く限り彼はWEBデザイナーではなかったかと疑問に思いながらメールを開く。

『担当の矢護が体調不良のため、代わりに私からカラー案を4点提出致します。担当者不在のため、本日中の返答が出来かねますが、ご確認の程宜しくお願いいたします。』

想像より丁寧な文章と共にようちゃんが体調悪いことを知る。残っている仕事は無限に湧いてくるけど、今日中に片付けなければいけない仕事はないと頭の中で瞬時に判断した。すぐにパソコンの電源を切って、退社の準備をする。週の中日に残業をせずに帰ること自体珍しく、周りは少し驚いた表情をしているのが見えた。

「すいません、お先失礼します。お疲れ様です」

鞄を持って足早にオフィスを後にする。「お疲れ様です」という挨拶と共に去り際に「珍しいね」という女性社員の声が聞こえたが、振り返りもせずに重い扉を引いた。


駅に着いてから気付く。ようちゃんが阿佐ヶ谷に住んでいることは知っているけど、住所までは知らないことに。駅のホームでスマホを取り出して、ようちゃんに電話をする。もしかして寝ていて気付かないかもだけど。

2回目のコールでようちゃんは電話に出てくれた。布団が擦れる音と少しだるそうに「はい」という声が聞こえた。

「ようちゃん?松澤さんから体調不良だからってメール来てたから心配で」

少し畳みかけるように言ってしまって失敗したと思った。

『大丈夫だよ、寝たらちょっとよくなった気がする』

寝起きのかすれた声で答える。

「熱計った?」

『家に体温計ないから分かんないや。昼間よりはだいぶ楽だから大丈夫だよ』

体温計がないという自分の体調に無頓着なところも彼女らしくて少し苛立った。

「そっかそっか、俺今吉祥寺で仕事してその帰りだから一回阿佐ヶ谷で降りるよ」

こうしているうちに電車を一本見逃してしまった。

『そんな、大丈夫だよ』

これほどに信用のない大丈夫だよもない。すべての会話に入る大丈夫がほっといてくれと同意語のような気がして寂しさを感じた。

「通り道だから気にしないで。住所だけメッセージで送っておいて」

これ以上否定されたらメンタルにきそうな気がしたので早々に切り上げて無理やりにでも彼女の家に行こうと思った。ウザがられたらそれはその時で、ドアに買ったものをぶら下げて帰ってくるだけでもいいやと思った。


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