【現金なやつ】
「お疲れ様です」
「矢護さんもう復活っすか?」
「松澤君、メールありがとうね」
「えっ、あ?はい」
「午前休まで取っちゃったってごめんね」
「こっちは大丈夫っすけど。なんなら全休取れば良かったじゃないすか」
「そうもいかないんだよね~。名古屋の案件、明日八幡さん出張で持ってくからそれまでに見せられる程度にはしないと」
「その案件は関わってないから分かんないっすけど、矢護さんはちょっと完璧主義すぎると思いますよ」
「そうかな……」
「WEBデザイナーなんてバグとの勝負なんで最初から完璧にしようとは思わないすよ。トライアンドエラーだと思いますけどね」
年下とは思えないほど考え方がちゃんとしてる。こういうのは年齢とか関係なく、人生の生きてきた密度なんだと思う。私はまだ自分の今できる総量が分かんないから、無理して詰め込んでる気がする。
「あっ、これ昨日のお礼」
私はホタちゃんが大量に買ってきたゼリー飲料の一つを松澤君にあげた。
「あざす。そんな気遣わなくていいっすよ」
「昨日いっぱい買ってきたみたいで家に大量にあるんだよ~」
「彼氏さんすか?」
「違うよ~」
会社に行く前に家のポストを確認すると合鍵は入ってなかった。次に会う時に返してくれるのかな。昼前に『大丈夫?』とメッセージが入ってた。もう治って午後から会社に行くことを伝えると『無理しないでね』とだけ返信がきた。サラッとしているとこが楽だ。
今日中にやるべきことは終わらせて、メールボックスを見る。数日前に出した案件の返信はなかった。熱は下がったけど、まだ少し頭痛が残る。他に今日やっておいた方がいいことを考えるが、頭があまり回らなかった。溜まった洗濯物を今日こそは洗おう。気になってた化粧下地の発売日いつだっけ。帰り本屋寄りたいな。仕事以外のことなら無限に出てくるのに。
「よう、矢護!大丈夫か?」
気付くと私のデスクの隣に八幡課長が座ってる。
「あっ、大丈夫です。午前休までいただきました。」
「それはいいけど」
「さっき名古屋のメール送っておきました。共有にも入れてあります」
「見たよ。それで矢護が会社来てんだって知ったんだもん。全休取れよ~」
「昨日パソコン持って帰ればリモートで家で仕事できたんですけどね。忘れちゃって」
「そうじゃなくて、明らかにオーバーワークだろ。今矢護の有休見たらすげー余ってたぞ。案件溜まってるから今すぐは無理でも、ちょこちょこ休み取ってった方がいいぞ。失効するともったいねー」
「そうですよね~」
ちょっと鬱陶しく感じてテキトーに返事する。
「旅行とかでパーッと使っちゃえよ~。なんなら俺と行くか?」
「それもいいですね~」
早く会話を終わらせたくてそう言う。
「いや、ダメでしょ!何矢護さんもノッてるんすか!」
向かえの席で会話を聞いていた松澤君が会話に入ってくる。
「えっ?ダメなの?別に独身同士だから良くね?」
「矢護さんも課長も異性関係、何もなさ過ぎて気狂ったんじゃないすか」
いつにもましてひどい言われようだ。
「えっ?矢護はいい感じの男いるよな~?」
「へっ?」
驚いて八幡課長の方を見る。
「どうせ『俺!』とか言うんすよね。矢護さん、いい加減セクハラで訴えた方がいいっすよ」
「ちげーよ。電倫堂の藤原さんっていうイケメン」
「えっ?マジすか?」
なんで八幡課長は知ってるんだ。打ち合わせでは私もホタちゃんもそんな雰囲気出してなかったのに。意外と感が鋭くて侮れない。松澤君も松澤君でコイツ男いんの?みたいに驚愕してる。ひどい。
「いや、昔の知り合いなだけですよ」
「そうか~。藤原さんは明らかにお前にホの字だろ」
表現が古臭い。
「そういうんじゃないですよ~。地元が一緒なだけで。仲はいいですけど」
「えっ、だから昨日俺がメール代わりにしたって知ってたんすね。え~、見てみたいっす。今度打ち合わせあったら俺も行こ~」
初回から来いよと思ったがあえては言わなかった。こういう時だけ面白がって来るのが実に松澤君らしい。
「当分は打ち合わせないよ。もうデザイン変更も多分ないし」
「え~!イケメン見てみたかったのに~」
そっちかよ。