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ホタルのようちゅう  作者: つかさ文研
3.陽香さん
10/33

【梅雨風邪】

「ごちそう様でした」

「いいよ、俺が誘ったんだし」

お店を出ると冷たい風が頬を撫でる。お酒で火照ったせいもあるだろう。

昼間の暑さとは裏腹に夜は少し肌寒い。もう夏じゃんと思っていた5月は、まだまだ春真っ盛りだ。

先に駅へと歩き出すホタちゃんの背中は大きくて大人の男の人の背中だ。

「私、中央線だから東京駅まで歩くね」

少しだけ夜風に当たりたい気分だった。少し喋りすぎたかもしれない。ホタちゃんは昔と同じようによく私の話を聞いてくれた。

大学を卒業して5年も経つと学生時代の友達とはあまり遊ばなくなる。小さなデザイン会社にいることもあって同期は男性一人、事務職で仕事上の関わりもほとんどない。あまり対等に話せる人が少なくなってきた。だからこそ今日こんなに話してしまったのかもしれない。

でも、ホタちゃんの話はあまり聞けなかったな。今度はホタちゃんの学生時代の話、どんな仕事をしてるのか、色々聞いてみよう。

次はあるのかな。

「じゃあ、俺も大手町から半蔵門線にする。一緒に歩こっか」

自然と並んで歩く。

「今日は私ばっかり話してたね、ごめんね」

「いいよ、ようちゃんの話聞くの好きだから」

「ははは、ありがと」

むず痒いことを自然と言えるのは営業職だからかな。

「来週の水曜の午前中にもう一回打ち合わせ入れたいんだけど、どう?リモートでもいいし」

「私は大丈夫だけど、八幡課長に確認しておく」

「もう一人いるよね?その人にも確認しておいて」

「松澤君か~。あの子は来ないかな~」

あの子は外打ち合わせには極力来たくなくて、メッセージで済ませてください派なんだよな~。まあ、その気持ちも分かるんだけどね。

「ははは、ようちゃんも苦労してるんだね~」

「気難しい子だからね」

「まあ、仕事さえちゃんとしてくれれば俺的には大丈夫だけどね」

「そう言ってもらえるとありがたいよ~」

仕事で被ることもあるといつか気が抜けて『ホタちゃん』って呼んじゃいそうだから気を付けないと。


「あっ、来週末は横浜に行かない?今光と音楽のアート展やってるの知ってる?」

「そうなの?」

「うん、空間デザインはあんまり興味ないかな?」

「そんなことないよ。どんなものでも刺激にはなるからね」

「そっかそっか。俺の先輩がやってる仕事だからチケットもらうよ」

「やったー!ついでに中華街で食べ歩きしようよ!なかなか横浜に行く機会もないし」

「いいね!ようちゃんはほんとセンスがいいね」

そう言うと腕で私の肩をトンッと小突いた。

「デザイナーの端くれだからね」

私も肘でホタちゃんの腕を少し押した。


―――


あの日以降、ホタちゃんとはなんだかんだ毎週末に会う仲になった。

大体私の趣味に付き合ってくれているようなもので、美術館やカフェ巡りを一緒に行ってくれる。ホタちゃんは「仕事ばっかりで趣味という趣味がないから凄く楽しいよ」と言ってくれている。

インスタで話題のマズいドーナツ屋さんに食べに行って「油ギトギトでイマイチだね」と二人で笑いあったりもした。わざわざそんな悪趣味なことに付き合ってくれる人はいないから貴重な存在だ。

街に溢れる広告を見て「この芸能人はめちゃくちゃ態度悪いよ」「この人はすごいいい人だった」とCM撮影などで会った有名人の裏事情を教えてくれたりもした。

ホタちゃんは気を遣わないで接することができる数少ない人になっていった。大人はこういう流れで恋人になったりするのかな、とも思ったけど色っぽいことは何もなく、手さえ繋いでいない。幼馴染の印象しかなくて今更恋愛対象にはならないのかなと思った。実際に恋人同士になりたいのかと言われたらよく分からないし、恥ずかしさが勝つ。


―――


「矢護さん、熱ありますよね?顔赤いっすよ」

「へ?」

向かえのデスクに座っている松澤君が一瞥もなく言い放つ。

「ファンデで隠せないくらいには赤いっすよ、帰った方がいいんじゃないんすか」

確かに今日は頭がフラフラする。低気圧の影響で少し頭痛がするだけだと思っていた。

「なんか仕事残ってるんすか?」

「カラー案5種類出したかったんだけど、まだ4つしか作ってない」

「そんなの3種類あればいいと思いますけどね。共有に入ってます?俺代わりにメールしときますよ。帰った方いいっすよ。八幡課長に言っておくんで」

随分今日は饒舌に喋るなと思うと同時に、熱があるんじゃないかと思ったら一気に具合悪さが襲ってきた。

「夏風邪でも引いたかな」

冗談交じりで言いながらパソコンで電源を落とした。今日の松澤君はなんだか頼りになる。

「6月は梅雨っすよ。夏じゃないっす」

そういうことにいちいち突っかかってくるところはいつも通りだ。


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