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餅が焼ける前に、決着をつけよう

作者: 白金クロ


 この世界では、遥か昔に戦争がなくなった。

 代わりに、各国は毎回ランダムで変わるゲーム――主にテレビゲームである――によって様々な法や条約、領土や国境を定めた。代表者はそれぞれの国内で決められ、年に一度交代する。しかし、例えばシューティングゲームで世界レベルの者が格闘ゲームでも強いかと言われればそうではなく、どんなジャンルのゲームでも一定以上の実力を持つ強い者となると限られていて、どこの国でも十年ほどは同じ人物になることが多かった。

 勿論、この国際規定によるいざこざは山のようにあったが、何百年かすると落ち着いて、現在では四年に一度の大会ぐらいでしか各国代表のゲームの腕は見られなくなったほど、世界は平和になっていた。そんな時代に一石を投じたのが、当代の魔王である。


 魔王は、国の領土拡大のため世界に宣戦布告をした。他の国々は頭を抱えた。何故なら魔王は、国内では一番のゲーム上手だったが、世界的に見ると上の下程度。魔族の国は確かに小さく豊かではないけれど情勢的に安定していて、他の国はその平和を脅かしたくもなかったのである。

 魔王に勝つこと自体は難しくない。だがそうすると法律上、勝者側の国が魔族の国へ関税を引き上げるなどの有利な条約を結ばなければならないし、国内での生活が苦しくなった魔族たちが周辺の国へ多数流れてくる方が国際機関としては困る。しかし、宣戦布告されたのに放置しては、国際ゲーム法で不戦勝が成立し、魔王の要求が通ってしまう。現在の国境線が変わってはたまらないと、各国の為政者たちは緊急会議を開いた。魔王を負かし魔族の国そのものをどこかの属国にする意見も出たが、ただの人間たちが魔族の国を管理しきれるとも思えず、別の問題と争いを生むだろうという話で落ち着いた。それぞれの利権や思惑が絡む中、国際機関は最終的に特例の法を作った。


 一人の者を勇者と定め、魔王と戦ってもらう。勇者は国ではなく、世界の代表であるため、魔王に勝ったとしても利益は発生しない。その代わり、勇者はいつでも魔王の挑戦を受けられるよう、あらゆるものが融通される。魔王は、負ける度に人命救助や遺跡の発掘、犯罪捜査への協力など、国際機関から要請された仕事を引き受ける。対価なしに魔王から力を借りられるというとんでもない内容であったが、労働環境はしっかりと配慮され、また魔王本人もこの条件を受け入れたため成立した。

 『勇者法』の誕生であった。



 時は流れて、法の成立から一年と少し。年が明け、初日の出も上りきった正午手前。勇者である青年は、自宅でのんびりと餅を焼く準備をしていた。

 勇者は、とある東国の代表だった。幼い頃から神童と称えられ、二十歳で世界大会二連覇を遂げた彼は、まさに勇者に相応しいと世界中から思われた。本人がゲーム以外にあまり関心がなかったことも、各国の為政者が彼を推した一因である。そうして彼は何度も魔王を退け、世界の均衡を保ってきた。

 ガチャリ、と玄関の開く音がする。この家の鍵を持っているのは勇者と、彼への挑戦権を持つ者だけ。廊下を進む足音の後、勢いよく部屋の扉が開いた。そこに立っているのは、ピンクの髪を揺らす見慣れた美少女。


「勇者よ! 今日こそ貴様を倒し、我が国の領土を拡げさせてもらう!」


 彼女こそは当代の魔王、世界に宣戦布告をした張本人である。頭の両サイドから上向きにウェーブした角が生えていることを除けば、青年よりいくつか年下に見える女の子。しかし、実際は青年より百歳程度年上であるし、魔族の王としての責任感は人一倍強かった。


「あけおめー」

「……あけまして、おめでとう……」


 声高に宣言したにも関わらず、あまりにゆるい挨拶が返ってきて魔王は苦虫を噛み潰したような顔をする。それでも小声で新年の挨拶を返すあたり、彼女は本当に真面目な性格だなと青年は思った。


「ちょうど良かった。こっちの材料はこのボウル、あっちのはそこのボウルの中でそれぞれかき混ぜてくんね?」

「我は貴様と戦いに来たのだが!?」

「だから俺はゲーム機の準備するんだっつーの。餅用のタレ作ってる途中に来たんだから、こっちはお前が手伝ってくれ」

「そういうことなら、まぁ……」


 魔王が両手の人差し指を立て、指揮するように動かすと、材料がそれぞれのボウルへ入っていく。あとはお得意の風魔法で同時にかき混ぜるだけ。彼女に任せれば、自分でやるよりも効率的に滑らかで美味しいタレが出来ることを、青年は今までの経験から知っていた。調理場を離れ、一通りのゲーム機をリビングですぐ使えるように準備する。まるで友達が遊びに来たような光景だが、実際はこの部屋のいたるところにカメラがあり、常に映像が国際機関に送られている。二人がゲームをするなら、それがどこだって世界の命運をかけた戦場になるのだ。

 調理場に勇者が戻ると、二つのボウルにラップがかけてある。一年前は料理のことなど何も知らなかった魔王が、今ではすっかり庶民的になった。二人の間の空気が戦場と思えぬほどゆるいのは、主に勇者の人柄と神経の図太さのおかげである。オーブントースターに餅を入れ、温度と時間を決めるつまみを回し、二人でリビングへ向かう。


「お前も新年くらい家でのんびりすりゃいいのに」

「……勇者は、我が来なければどうせ一人なのだろう?」

「そりゃ一人暮らしだからな。俺、家族も友達もいねえし」

「…………ふん」

「? まぁいいや。さっさとやろうぜ」

「よかろう。例のパズルゲームを特訓して来たからな! 今日は負ける気がせぬ!」

「負ける気で挑んできたことなんてないだろお前。ま、せいぜい頑張れ」

「その上から目線をやめろ!」

「実際俺のほうが上だし。一勝負終わったら一緒に餅食おうぜ」


 もし魔王が勝てば、そんな暇などないのに。自分が勝つ前提で話す青年を、少女は何とも言えぬ顔で睨むしかなかった。


勇者・・・朴念仁。全体的に幸が薄い人生を送っているがあまり気にしていない。

魔王・・・自分の国が最優先事項だけど勇者の身の上もほっとけなくなっちゃった系。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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