【浮気調査報告】
※ 8月12日16時40分 ※
探偵事務所の玄関を、くぐれば酷暑から一転。涼やかな空気に包まれる。
あかねと琥珀は、浮気調査を終え、リビングダイニングに向かう。
「戻りましたー!」
リビングダイニングのドアを開け、帰宅の挨拶を元気よくするあかね。次いで琥珀も「ただいま戻りました」と、控えめに挨拶をする。
「おかえり、張り込みご苦労さま」
悠里は、ダイニングテーブルに置いたノートパソコンで、何やら仕事中だったようで。作業の手を止め、帰宅した2人を出迎えてくれた。
そこから少し離れた場所にあるソファーでは、翡翠が、ふてぶてしく寝そべって携帯ゲームをしている。瑠璃はフロアに積み木を広げて遊んでいた。
今日の2人は、リビングダイニングで遊んで居るようだ。
「おかえりーー!!」
積み木を組み立て、積み上げていた瑠璃だったが、あかねたちの帰宅に気づくと、元気いっぱいに返事をした。
その愛らしさには、調査疲れも吹き飛ぶ程の癒し効果があると、あかねは信じている。
「……おかー」
翡翠は、姿勢も視線もそのままで、そっけなく呟くような返事だ。帰りの挨拶くらい、まともにしてくれないかと、思うあかねだったが、相手は子供。
大人の自分が譲ればよいと、翡翠の態度に関しては何も言わなかった。
「悠里、今日の調査報告をしたいのですが……」
琥珀が切り出すと、悠里は先程まで作業に使っていたノートパソコンを閉じる。
「……応接室で聞こう。2人は先に行っていてくれ。私もすぐに行く」
その指示を受け、あかねは琥珀と共に、応接室室へと移動した。2つの向かい合わせで据え付けられている2人がけソファーの一方に、2人は並んで座る。
据え付けられた程なくして、悠里もやってきた。その片手には、冷たいお茶の入ったピッチャーと、氷の入った2つのグラスの置かれたトレイ。
重量がそれなりにありそうだが、重さを感じている様子は、感じられない。
あかねと琥珀の目の前に、冷たいお茶を準備し終えると、2人と相対したソファーに腰を下ろした。
「送ったデータは見てくれましたか?」
琥珀は、お茶を1口だけ飲むと、早速本題に入る。その様子を見ながら、あかねもお茶に口をつけた。
冷たい液体が喉を通り抜け、乾いた体が潤いを取り戻す。調査中、こまめに水分補給はしていたが、それでも足りてはいなかったらしい。
「ああ、先程、全て把握した」
頷く悠里。
彼女が、ダイニングテーブルでノートパソコンに触れていたのは、送られた調査データを確認していたからのようだ。
「写真の通り、三井那可子さんは黒でした。もう少し調査を続ければ、情報が色々集まると思います」
琥珀の言葉に、悠里は無言で頷いた。
「何で白昼堂々とホテル行けるんですかね……」
昼間の那可子の様子を思い出し、あかねはぽつりと呟く。婚約者でもない男と、真昼間からホテルでお楽しみ。あかねには、到底理解できない心理だ。
「おおよその心理は察するが、それはそれとして、理解はできんな」
悠里は肩を竦めた。
「僕らの仕事に必要なのは、事実だけです。彼女らの心境に、興味をもつ必要性は、全くありませんよ」
琥珀という、琥珀の言葉は正論だ。しかし、言い負かされたような気がして、すこし癪に触る。
「それはそうなんだけど……」
ムッとして、口を尖らせるあかねに、苦笑する琥珀。悠里はあかねと琥珀のやりとりを微笑ましげに眺めているだけだ。
「ともかく、三井那可子さんの浮気現場の写真の確保はしましたし、浮気相手の住まいの特定までは出来ました」
琥珀が話題を浮気調査に戻す。今日の尾行だけでも、それなりに情報は得られた。特に、婚約者でもない男と、白昼堂々とその手のホテルへ入り、一定時間以上居た事実が判明したことは決定的だ。
調査期間は1ヶ月ほどという話だった。しかし、この調子なら、もっと早くに仕事は終わるだろうと、この仕事に関わり始めて間もないあかねにもわかる。
「ならば次は、相手の名前や職業などの特定作業に入るか……。三井那可子の相手が、その男だけであるとは限らんが、今日判明した情報から順に潰していこう」
悠里の判断なら、きっと間違いないのだろう。あかねはうんうんと頷く。
「明日は、浮気相手の周辺を張り込みましょうか?」
琥珀が、明日の予定を提案した。即座にそういった提案が出来る琥珀に対し、少しの嫉妬心を覚えるあかね。
「ああ、頼む。あかねは明日、行けそうか?」
と、悠里に声をかけられた。
「もちろんです!」
あかねの返事と共に、飲みかけのお茶が入ったグラスの、氷が溶けてカラリとなる音がした。