【調査依頼時の回想】
※ 8月11日13時ごろ ※
神崎探偵事務所の応接室で、琥珀は、悠里と共に、依頼者と相対していた。
依頼者は男性。名は佐藤真吾という。歳は25歳。
複数の会社を運営する企業の御曹司で、父親から与えられた会社で社長を務めているらしい。
その隣には、彼の秘書、三井みすゞという女性が座っている。年齢は、佐藤とあまり変わらないように見えた。
「浮気調査をお願いしたいんです!」
スマートフォンで、1人の女性が写った画像を見せながら、声高に依頼を口にしたのは、秘書のみすゞだ。
対して、佐藤は依頼に乗り気ではなさげ。
琥珀は、差し出された画面を、覗き込んだ。
隣に座っていた悠里も、画面へと意識を向けている様子。
綺麗にセットされた、緩やかに巻いたライトブラウンの髪の毛、爪先は美しく整えられ、綺麗な色で飾られている。
厚すぎず、薄すぎないメイクで、完璧に整えられた、少し、幼くも見える顔。
豊満な胸元を惜しげも無く強調する服装も特徴的だ。
「この女性との関係をお聞きしても?」
琥珀が質問するとは思っていなかったのか、みすゞは、一瞬、驚いたような表情になった。が、すぐに気を取り直す。
「彼女の名前は、三井那可子といいます。私の従姉妹です。……そして」
「……僕の婚約者……でもあるんです」
みすゞの言葉に続いて、佐藤がおずおずと口をひらいた。
「那可子は、素敵な婚約者がありながら、別の男と逢い引きしてたんです。 私、見たんです!」
みすゞの様子を見るに、彼女は佐藤に対して上司以上の感情を抱いているようだ。
言葉の端々から、佐藤への好意と、那可子への嫌悪感が滲んでいる。
「……そう、らしいんです……」
対して、佐藤は変わらず煮え切らない態度だ。この時点でも、琥珀は違和感を感じずにはいられない。
「佐藤さんは、浮気調査に乗り気ではなさそうに見えますが………」
悠里も、やはり違和感だったようだ。佐藤に対して問いかける。
「え、いえ、いえ。そんな事は無いのですが……その……」
やはり、佐藤はハッキリとしない態度だ。
「浮気調査さえしてもらえれば、私の言葉が嘘ではないって証明出来ます!」
みすゞは、自身の言葉を佐藤が信じていないと思っているようだ。力強い言葉で言い切った。
「あ……うん、そうだね。神崎さん、お願い出来ますか?」
半ば押し切られる形のようにも見えるが、佐藤は浮気調査を依頼するようで。
「はい。こちらは問題ありません。そのご依頼、お受けしましょう」
疑問点はあるものの、悠里は依頼を断らないようだ。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします……」
嬉しそうなみすゞに対して、佐藤は相変わらず煮え切らない態度だ。
疑問ばかりの依頼者だが、受けた以上はきっちり仕事をしなければならない。
その後、契約書を交わし、前金を受け取った後、依頼者たちは探偵事務所を後にした。
「なんだか、違和感ですね……」
玄関先で、2人を見送った後、琥珀は思ったことを口にした。
「浮気調査に随分と消極的だったな。婚約者を信じている……という様子にも見えなかった」
不思議そうに、子首を傾げる悠里。
「実は、佐藤さんも浮気をしていた……とか?」
琥珀は、ありえそうな予測を口にしてみる。
しかし、悠里にはしっくりこないようだ。
「佐藤氏が、何か隠し事をしている様子なのは間違いないが、真実はわからんな」
「今できるのは憶測だけですしね」
彼の様子は気になるが、今可能なのは、想像することだけ。
あまり意味の無いことだ。
それは、悠里も同じ考えのようで。
「今は、浮気調査に集中してくれ」
という、彼女の言葉に、琥珀は「了解しました」と返事を返し、佐藤の様子について考えることは、一旦、置いておくことにした。