【突然の訃報】
※ 8月13日16時40分 ※
1時間くらい前までは、ひどい暑さに見舞われていたというのに、一転の大雨。ゲリラ豪雨。
琥珀の判断で、三井那可子の浮気相手に関する張り込みを中断することになった。
浮気相手が務める会社までは特定できたので、そこからインターネット上に情報がないかも調べていくという話に。
それにしても、バケツをひっくり返したような雨だ。折りたたみ傘は持っていたものの、ここまで強い雨だと、あまり意味をなさない。
琥珀が、ファミレスでの雨宿りを提案した。確かに、大雨の中、無理に動くより、近場にあった店で雨宿りする方が良さそうだ。
あかねは琥珀の提案を受け、共にファミレスへと入った。
雨雲レーダーを調べると、間もなく雨足は弱まるようだ。あかねと琥珀は、ファミレスでお茶を飲みながら、空の様子を見ることにした。
ファミレスに入ってしばらく。雨足が弱まり始めた頃。テーブルの上に置かれた琥珀のスマートフォンが揺れた。琥珀は、不思議そうな顔で、スマートフォンを操作し、耳に当てる。
会話から察するに、悠里からの連絡だったようだ。
しかし、なんだか様子がおかしい。琥珀には珍しく、驚いたような表情だ。一体、どうしたのだろうかと、あかねは小首を傾げた。
「どしたの?」
会話を終わらせた琥珀に問う。
琥珀は重々しく口を開いた。
「……三井那可子さんが亡くなったそうです……」
「………は?」
彼の口から出た言葉の意味が、あかねにはすぐ飲み込めなかった。
突然の訃報だ。昨日まで、彼女は生きていたというのに。
「なんで? どうして?」
あまりの急展開に、あかねの口からはそんな言葉しか出てこない。
「詳しくはわかりませんが、昨夜に神社の石段から転落して亡くなられたと……」
琥珀も、困惑している様子だ。ともかく、探偵事務所へ戻って詳しい話を聞かねばならない。
あかねは琥珀と共に、探偵事務所へと戻ることにする。
幸い、雨足は持っていた折りたたみ傘で凌げるくらいまで収まっていた。
そして、ファミレスから戻ること30分。
あかねと琥珀は、探偵事務所のリビングダイニングへと飛び込んだ。
「悠里さん! どういう事なんですか?!」
その先に居る悠里も神妙な顔だ。
「佐藤氏のマンションから程近い場所にある、神社の石段で転落して亡くなったそうだ。秘書の三井みずゞさんから連絡が入った。何故、そんな所で転落死したのかは、今 警察が調べているらしい」
事件なのか、事故なのか、悠里にもわからないようだ。無理もない話だが。
「那可子さんの身に、何が起こったんだろう……」
何もわからない状態な事に、あかねは心地の悪い気分になる。あかねの頭を、何故?どうして?が支配している。
「けど、那可子って人が何で死んだのかは警察が解明するべき事で、悠里たちが話すのは別のことじゃね?」
不意に、横から口を挟んだのは、翡翠だった。
その言葉にはっとなり、視線を向けると、ソファーにだらしなく座る翡翠の姿が見えた。
その隣には瑠璃もいた。幼い瑠璃には、理解出来る話ではないのか、きょとんとした顔であかねを見ている。
翡翠の言に、悠里がふっと口を緩めた。
「それはご最もだな。浮気調査は一旦中止だ」
悠里のそれは、当然の判断だと、あかねにもわかる。
浮気調査に関わったからといっても、結局は第三者。ことの成行を見守るしかないのだと、言う悠里。
疑問だらけの現状だが、確かに、翡翠の言う事も、悠里の言う事も正しい。あかねは、あれこれ考える事をやめた。
「依頼者の身辺が落ち着くまで待って、調査結果をどう扱うか聞く方が良さそうですね。依頼の着手金は返金で良いですか?」
「ああ、そうしよう」
琥珀の言葉に頷く悠里。
と、不意に雷光が走る。しばらくの間の後、轟く雷鳴。
瑠璃が小さな悲鳴をあげ、そばに居た翡翠に抱きついた。そんな瑠璃の頭をなでて宥める翡翠。
あかねが窓の外を見ると、事務所に帰ってくる頃は、弱まっていた雨足が、再び強くなっていた。