71.おぞましかった
「ほあっちょー!」
ナジャちゃんが地面を蹴り、くるんと回転しつつ『暴君』の首筋に爪先の一撃を入れる。
「きゅいーん!」
リュントはそれよりも高く飛んで、上空から剣を振り下ろす。脳天に食らわせた一撃に、一瞬だけくらりと揺れた。ああ、それで頭部に攻撃集中してるんだ。なるほど。
「……リュントちゃんの鳴き声ってのは分かるんだけど、ちょっと気が抜けるわねえ」
俺の周囲の結界を張り直してくれながら、グレッグくんがくすりと笑う。まあ、ここ笑うところじゃないんだけどさ。
「昔から、ああいう声でしたから」
「みゅーん」
モモの声も気が抜けるけど、ドラゴンの鳴き声ってこういうものだと俺の中には刷り込まれてる。三年前から、リュントの声を聞き慣れてるからね。
苦笑しつつ、収納スキルの中のポーションを確認する。マジックポーションだいぶあるから、グレッグくんとアナンダさんに渡す準備はしとこう。あと、攻撃組の二人のためにポーションも。
と、モモが顔を上げて吠えた。多分、モモ自身としては吠えたんだと思う。
「みゃしゃああっ!」
「あらやだ」
モモのピンクの光、そこにグレッグくんの金の光が重なって大きな盾のようになる。その上からがきん、ばちりとひどく固い音がして、漆黒の長い尾が跳ね返されるのが見えた。ああ、あそこまでデカくなると軽く体を捻っただけで、しっぽで攻撃できるわけだ。
『キサマ、キさマ!』
「貫け」
くわり、と大きく広げられた真っ黒な口の中に、アナンダさんが放り投げるようにして撃ち込んだ氷の杭が突き刺さる。だから詠唱してないっての……ほんと、ドラゴンって規格外なんだからなあ。人間の基準で測れない存在だとは分かるけど、さ。
『が、ボォッ』
あ、火を吐いて溶かしやがった。開いた穴も、ごぼごぼと泡立ちながら修復されていく。……けど、リュントやナジャちゃんの攻撃による負傷は治ってないんだよなあ。
「……ドラゴンの直接攻撃じゃないと、駄目ってことかな」
「ふむ。そういうことか」
思わず呟いた言葉に、アナンダさんが納得してくれたらしい。ていうか、そういうことだよね?
アナンダさんの魔術は治せて、リュントの剣……つまり爪とかナジャちゃんのパンチやキックのダメージは治せないんなら。
『おのレ、名モナき村の民メえ!』
二人が攻撃の手を緩めない中、『暴君』の怒りはなぜか俺に向けられる。ああそうか、俺がいるせいでこちらのドラゴンたちが強いから、か。
『貴様のせイデ、勝てヌトいうならア!』
ぶうんと、風の音がする。激しい風が、俺とモモを中心にくるくると渦を巻いてってこれ、竜巻かよ?
幸い、アナンダさんとグレッグくんとモモのおかげで俺は、透明な筒の中から周りを取り巻く暴風を見ているような感じになってるだけだけど。
……上から、視線を感じた。見上げ、ちゃいけない気がする。思わず目を閉じた。
『かくなる上ハ、我が傀儡にしテクれるわあっ!』
「っ!?」
視線に、重さが加わった。ずしりと俺の上にのしかかってくるそれは、質量というか……ああ、あれだ。『魔術契約書』の縛り。
あれよりは、厳しくないけれど、ちょっとしんどいかも。モモを抱きしめる腕に力を込めて、耐える。
だって、俺があいつに取られたら、リュントもナジャちゃんもアナンダさんもグレッグくんも、小さなモモまでえらいことになる。
「ざけんじゃないわよ!」
瞬間、閉じたまぶたの上から金の光を感じた。その光が上に伸びていって、ばきいとなにかにクリーンヒットした音が降ってくる。
「ふざけないでください!」
白い光。ずばん、と皮を切り裂く音がした。リュント、爪なんだからあまり無理やり振り回すんじゃないよ。
「ふざけるな」
青い光。がぶり、ぐちゃりと……肉を喰む音がした。って、アナンダさんだよねこれ?
「馬鹿が馬鹿言っちゃだめでーす。というか、そーゆーのは予め仕込んでおいたりその手の能力とかアイテムとか準備しとかないとだめですよね?」
これは分かりやすく、光でもなんでもなくてまんまナジャちゃんが突っ込んでの連続攻撃。ばきばきべきべきぼきり、って何折った? 大丈夫か? いやまだ目を開けてないけど。
「アイテムは、先程愚かなコルト・フィルミットが無効化したアレくらいだろう」
青い光、アナンダさんの声が少し感情的になっている。具体的に言うと、めっちゃ怒ってる。このひとでも、怒るのか……俺のために、怒ってくれてる?
「能力は……まあ、この状況で発動できると思ったのですか。ナジャさんの言葉ではありませんが、馬鹿ですね。ええ」
『ふ、ふざけ、る、なあああああ!』
リュントにまで馬鹿と言われて、怒るなよ。そこで転がってるコルトと大して変わらないぞ、『暴君』。
ただ、モモ込み五人のドラゴンを相手にまだまだ大丈夫そうなのは、やはり強敵ってやつなんだよな。って、俺がパワーアップとパワーダウンさせててこれだとすると、普通に勝負したら勝てないってことか? え?
「みゅあいいいいいん!」
そんなことないよ、とでも言うようにモモが再び吠えた。ピンク色の光は、あくまでも俺を包むようにここにとどまっている。




