70.始まった
「グレッグ、いるのだろう」
「もちろんよ」
「おうっ」
アナンダさんの呼びかけに応じるように、グレッグくんが姿を現した。人型のままだけど、何しろ存在からしてきんきらきんだからなあ……何というか、目立つ。俺の目の前に出現したから、余計に。
「エールくんのお守りは任せといて。モモちゃんもいるから、大丈夫よん」
「みゅい!」
くるりと振り返ったグレッグくんの腕の中で、モモが元気に鳴いている。いや、俺の知ってるドラゴン総動員じゃないかここ。
「はい、エールくんはモモちゃん抱っこしといてね。モモちゃんは防御に徹すること、アタシたちの攻撃を見て、覚えるのよ」
「みゅいい」
そんな事を考えてるうちに、モモの居場所は俺の腕の中に移った。ああはい、抱っこして動くなよってことですよねー。
俺、ただの荷運び屋だからね。モモ抱っこするくらいならなんともないし。
よいしょ、とモモの持ち方を直したところでグレッグくんが、俺の鼻の頭をちょいっと指の先でつついた。
「あんたが、アタシたちの肝なんだからね。大人しく守られること、あとポーションよろしくねん」
「ははは……分かりました」
ポーション、及びマジックポーション。コルトたちを何とかする、となった時点で収納スキルに入るだけ詰め込んである。
リュントがいるから分かるけど、ポーション系はドラゴンにも効果があるんだよね。なので、もし彼らに必要になったのであればいくらでも投げるつもりだよ。何なら、モモに投げてもらうとか。
まあいずれにしろ、俺は戦闘要員としては役に立たないのでそのまま、後退する。
「グレッグくん、皆、よろしくお願いします」
「お任せなさいな」
俺の声に答えてくれた瞬間、グレッグくんの長い金髪がばさりと広がった。きらきらと広がる髪から、金色の光が俺とモモの周りに撒き散らかされて……薄っすらとした壁になった。なるほど、防御結界だ、これ。
『ケケケ……力の限界を外さぬキサマラが、いくら束になったとてこのオレに敵うわけがナかろう』
俺たちの様子をのんびりと眺めていた『暴君』は、そのときになって言葉を紡いだ。ああ、これ割とコルトに近い思考だと思う。
……暴走して、仲間や魔物を食ってパワーアップして、だからコルトと同じように自分の力を過信しているのだろう。
「暴走程度で、限界突破などと抜かすか」
それに対して、アナンダさんが代表して鼻で笑った。力じゃ及ばない俺にはできない芸当だよな、と思う。
ひゅ、と爪が伸びたままの手を一閃させて。
「よかろう。舞台は整えてやろうぞ……護りの水壁」
『ガアアッ!』
詠唱もなしに、俺の村を取り囲むように美しい、水色の壁を出現させた。真っ黒なドラゴンが即座に吐き出したブレスが激突したけれど、まったく揺らぐことのない丈夫な防壁を。
「名もなき村に、手は出させん」
こっちから顔は見えないんだけど多分、アナンダさんはドヤ顔してると俺は思う。イケメンだし、迫力あるドヤ顔だろうなあ……いや見えなくて良かったか? 多分迫力負けするからな、俺。
「参ります」
「いっくよーん」
メインの攻撃担当は、リュントとナジャちゃんの二人ということだろう。同時に地面を蹴り、リュントは爪たる剣を、ナジャちゃんは拳を振り上げて同時に、下顎に一撃を入れた。
『が、あっ!』
思い切り吹き飛ぶ、まではいかないけれどほんの少し、『暴君』はのけぞった。すぐさま着地した二人は左右に分かれ、漆黒の竜体を挟み込むように動く。あ、何故か『暴君』、俺と目が合った。
『なれど、そこな人が守れるカアアアアっ!』
村の防壁にぶつけたのと同じブレスを、俺に向けて吐こうとする。まあな、俺がいなくなれば実力差はだいぶ縮まるんだろうし。思わず、モモをぎゅっと抱きしめた。収納スキルでしまってる中に盾はあるけど、ものの役には立たないだろう。
ただ。
「守れるわよ?」
「みゃい!」
再び、グレッグくんの髪がふわりとなびく。腕の中で鳴いたモモの声と同時に開いたピンク色の光の盾に重なって、見事にブレスを受け止めた。あと、散らした。マジか。
「エールくんの加護をもらって防御に徹したら、アンタごときじゃ破れないわよ?」
「きゅいあーん!!」
「あたたたたたああ!」
グレッグくんのドヤ顔は、時々見てるので何となく想像がつく。その間にリュントが『暴君』の腹に斬りつけ、ナジャちゃんが鼻面に連続パンチを浴びせる。あ、何か暴君が押し返されてる感じだ。
「名もなき村の民を友とするドラゴンと、それを敵とするドラゴンの戦だ。いずれが有利か不利か、考えずとも分かる」
『ほざけほざけほザケえええ! キサマラなんぞニ、オレはまケぬわああああ!』
ごう、と放たれたのは炎のブレス。アナンダさんの水魔法とぶつかり、水蒸気がばふりと広がった。




