66.つかまえた
ナジャちゃんの先導で進んでいく。行く方向から、コルトの悲鳴混じりの叫び声が聞こえてきた。
「くそ、くそ、くそおおおお! 何で、何で、なんでだああああ!」
「同じ言葉しか紡ぐことができないか。やはり、愚か者だな」
冷静に対応しているアナンダさん、水の壁の威力は全く落ちてない。集中している様子もないので、あの壁は片手間に展開しちゃってるのかもしれないな。さすがドラゴン、と何度でも言いたくなる。あと、周囲に散らばってるっぽいのは黒マント集団か。
まあ、とりあえず声をかけよう。
「コルト! アナンダさん!」
「おお、エール、リュント。他のところは片付いたか?」
「はい。ナジャちゃんやリュント、他の皆さんのおかげで!」
アナンダさんは、こちらを見た途端偉く上機嫌になった。まあ、同族及び同族と仲のいい人間だからだろうな、と思う。
実際、ナジャちゃんは兄と同じく上機嫌な顔で「お兄様~」と呼びかけつつまだ頑張ってる黒マントを蹴り飛ばしてるし。
リュントは「エールに近づかないでください」と別の黒マントをビンタ一発で吹き飛ばしてるし。
あ、こらモモ、その黒マントはばっちいから噛んじゃ駄目だよ。つーかついてきたのか、お前。
「エール、てめえ来やがったのか」
「え、エール!?」
「エールっ、た、」
「ね、ねえ何とかして、エールっ」
フルール、ガロア、ラーニャ。こちらを睨みつけるコルトの周りには、相変わらず彼女たちがいた。ああ、でも多分『魔術契約書』だろうな。いくらあいつらでも、人の住む村を焼き討ちとか考えない、はずだ。
だけど。
「ガロア! ラーニャ! フルール! 俺を守れ、エールを殺せ!」
「っ」
「ひい!」
「や、めろっ」
コルトの命令が飛んだ途端、ガロアとラーニャはそれぞれの杖を構える。フルールも剣を抜いた。ああ、こりゃ駄目だ。
村の焼き討ちを考えたのはコルトだろう。だって今も、自分だけ助かろうとしてパーティメンバーを盾に使っている。
俺一人を盾にしていた頃よりも、ひどくなっちまってるのか。ち、と舌打ちしてしまう。
「ふむ。ナジャ」
「はいよー」
つまらなそうに、アナンダさんが妹の名を呼んだ。途端ひゅ、と少女の姿が消える。どす、ごす、ぼすっと殴る音が三回して、三人ががくりと膝をついた。
「げふっ!」
次の瞬間がこっ、とコルトに一撃を入れたのはリュント。鞘から抜かないままの剣でぶん殴ったな。……あの剣てリュントの爪だから、直接触りたくなかったんだろうなあ。
「なるほど、『魔術契約書』とやらの呪いか。全く、なんと愚かな」
「て、てめえ、たかが魔術師の分際で何を知ってるか!」
アナンダさんがコルトと睨み合ってる間に、収納スキルからロープを何本か取り出す。ナジャちゃんとリュントに投げると、ナジャちゃんはさくさくと女子組を縛ってくれた。
リュントにぐいぐいと締め上げられたコルトは、それでも喚く。あー、アナンダさんがドラゴンとか全く気づいてないな。まあ、人間側から見破るのって難しいけどな、経験上。
「似た術を知っている。あれは高位魔物の使役契約に使われていた魔術だったはずだが、人は人を魔物のように使役するのだな」
「ざけんな! 俺はフィルミット侯爵家の一員だ、冒険者や衛兵なんて俺の使いっぱしりに決まってんだろ!」
「こる、と」
高位魔物の使役契約。今でも別の地方とかでは使われてる、って聞いたことがあるけれど、このへんでは廃れてる。理由は簡単で、家畜を使ったほうが早い上に使用者制限がないから。この手の契約魔術って、使える人が限られるからな。
で、コルトは実家が実家なので自分がその限られる一員に入ってる、と思っているんだろう。まあ、実家が『魔術契約書』発行してくれるわけだから間違ってはいないのか。……フィルミット侯爵家はどうなるんだろ、この後。
「その、侯爵とやら。人が勝手に作り出して、勝手に崇めているだけのものだ。我らには関係ない」
一方、アナンダさんはコルトの言葉をさっくりと切り捨てる。……さすがに、これで正体分かるだろうか。まあ、どっちでもいいけどさ。
「せめて、自分たちで作った地位に値する政なり何なりを行っていれば、我らもそれなりに対応したのだがな。サラップ伯爵家もヒムロ伯爵家も、この国の王もそうであるからな」
「アナンダ、さん」
もしかしてアナンダさんは、ドラゴンの中でも偉い立場にあったりするんだろうか。今の言葉から、俺がそう考えるのはおかしくないよな。
「エール、彼らはどうしましょうか。火は既に問題なく消されておりますが」
全員がしっかりと縛り上げられた、『太陽の剣』メンバー。それらを見回して、リュントが首を傾げて問うてくる。ナジャも「どうするんですかー」って見てくるんだけど、何で俺が? 人間だからか?
「名もなき村の代表、白銀のリュントを従えるエール」
「え?」
どうやら、ドラゴンたちは俺に決断を委ねるらしい。アナンダさんは俺をまっすぐに見て、そうして問う。
「お前は、コルト・フィルミットに何を望む」
「……」
俺が、コルトに何を望むか。何をしてほしいか。
……俺に対してやったことは、もうなんとも思ってない。謝ってほしいとも思わない。というか、コルトが本心で謝罪してくれるなら受け入れるけど、こいつの性格上それはないだろうから。
だったら、してほしいことは。
「彼が現在所持する『魔術契約書』の全面破棄と、以降の使用禁止を望みます。できれば、フィルミット侯爵家にも」




