43.水竜が出た
「フォオオオオオオオウ」
ゴブリンの声とは違う、澄んだ感じの叫びが放たれた。途端、炎の勢いが薄れていく。
水竜ナーガ、水の力を操る魔物は当然というか、炎系の魔術に打ち勝つ力があるからね。
「ナーガか。なるほど」
「ゴブリンコロニーに、ナーガが入ったんですか?」
叫び声でその存在を確認したヴィラが頷き、スイナがこきりと首を傾げる。その間も逃げ出すゴブリンをざくっと斬っているのは、さすがだよな。
で、彼女の疑問に「いや、逆やろ」とセリカが答えた。うん、俺もそう思う。だってあのゴブリンコロニーは、川岸……ナーガの勢力圏にできたわけだから。
「ナーガの住処に、ゴブリンが入り込んできたんや。それを手下にして、こういろいろとやらせてたってことやろ。ゴブリンなら、餌とか取ってきてくれるしな」
「ああ、そういう」
ナーガはドラゴンの亜種で、下位の魔物を使役することが時々ある。ここに住んでいるナーガは、自分の住処に侵入してきたゴブリンの群れをまるごと使役して悠々自適にやってきたんだろう。ただ、そのせいでこんなことになってるけど。
「フィオオオオオオオオオ!」
「あかん、出てくるわ」
ナーガの声とともに、炎はほぼ消えた。同時にがこ、ばこんと音がして、土壁の崩壊が始まる。ゴブリンが、脱出とこちらへの攻撃のために頑張って壊してるんだろう。その後ろに、きっとナーガもいる。
「リュント、ヴィラ、ゴブリンをかき分けてナーガとやれるか?」
「エールのためでしたら、いくらでも」
「『緑の槍』の名にかけて」
ひとまず、攻撃力が高くてある程度距離を取れる二人にナーガ戦の主力を任せる。リュントは魔法剣士だから、普通の剣士であるスイナよりも遠距離から戦えるし何しろドラゴンだしな。
「スイナは、ゴブリンの方を継続してくれ」
「任せて。ナーガ相手じゃ、ノーマル剣士には荷が重いからね」
火が消えたことで、生き残りのゴブリンはこちらに向かってくるだろう。そちらとの戦はスイナに。リュントもヴィラも、自分のところに来るゴブリンくらいは対処できるはずだ。
さて、後はセリカと俺か。よし。
「セリカ、俺に防御魔術頼む。後は援護を」
「盾やるんか? ええけど、急所はしっかり外しや?」
セリカへの要請で、彼女は俺の狙いをきちんと理解してくれた。ま、強敵相手となると盾は必要だしな。これで少しでも、リュントやヴィラたちの負担が減ればいいと思っている。
「慣れてるから大丈夫だよ。頼む」
「はいはい。守れ守れ我が友を、全ての傷から、全ての術から!」
半ば投げやりに発動された魔術は、それでも俺の全身にきっちりかかってくれた。盾を一枚だけ持って、いつでも動けるように身構える。
「フィアアアアアアアア!」
「来ます!」
炎の代わりに、土壁の中から水が吹き出す。土で汚れているその水は、俺たちの視界を防ぐ煙幕代わりにもなる、が。
「吹け吹け強き風! 空を清めて明らかにせよ!」
風の魔術、セリカは微妙らしいけれど正確に発動して汚れた水煙を吹き飛ばす。その中から、ぬうとブラウンの姿が現れた。
つるんとした表面、長いひげ、枝分かれした一対の角、長い胴。
「穢れましたか。ナーガ」
リュントが、ぼそりと呟く。俺にはよく聞こえたのだけれど、これはリュントの能力か何かか?
ともかく、彼女が『穢れた』というのは本来透き通った青のはずのナーガの身体が、土が混じったまだら模様になっていることだろう。
子供を乗っ取った『暴君』は単に全身汚れていただけだったけれど、このナーガはまた違う理由で体色がおかしなことになっているようだ。ゴブリンの長となったのが原因か、それとも他に何かあったのか。
「リュント! 行くぞ!」
「はい、ヴィラ!」
もっとも、そんなことを考えるより先にナーガ戦メインの二人が飛び出した。ナーガを挟んでちょうど真反対の位置、右と左から水竜を目掛けて剣と槍を振り下ろす。
「フィーーーーーー!」
ふたつの刃をくねくねとかわしながら、ナーガの口元から細い水流が吹き出される。って、あれ水の刃かなにかか、ヴィラの頬が一筋切れたぞ。
「このっ!」
て、盾が動かないでどうする。俺はすぐさま駆け出して、ナーガの近くで叫び声を上げた。ちらりと俺を見た目は黒くて、鈍く濁っている。一体、何があった。
『……オノレ、ジャマヲ シオッテ!』
だれかの声が聞こえた瞬間、俺は吹き飛ばされた、らしい。




