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追放された荷運び係のところに、竜人がやってきた  作者: 山吹弓美


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41.『竜殺し』は諦めない

 フィルミット侯爵家の本邸は、領地の中でも景色のいい丘の上にある。

 その本邸、応接間のソファにどっかりと腰を下ろしている金髪の青年は、同じ色の髪を持つ彼より十歳は上であろう男性に呆れの視線を投げかけられていた。


「コルト。『竜殺し』のお前が、情けない」


「う、うるせえよ、兄上」


 兄と呼んだ男性に対し、コルトは頭が上がらない。

 フィルミット侯爵家次期当主、パイソン。実際には十五歳も離れた、コルトの長兄だ。間にあと二人の兄と、別家に嫁いだ姉が一人いる。

 この場にいない現当主ベルガは、末っ子であるコルトに甘い。冒険者になることを選んだ彼に『魔術契約書』を使用許可つきで渡したのはその父親で、長兄パイソンは後から話を聞いて呆れていたのだが。


「まあ、構わん。同行者から話は聞いている、こちらにいる間は離れを使っていい」


「助かった。そうさせてもらう」


 兄弟とはいえ、十五も離れているとほとんど父子にも近いものがある。甘い父親の代わりに厳しくしつけるのが自分の役割だと、パイソンはそう考えているようだ。もっとも、もし第三者が彼らを見ればそれでも甘い、と断言するだろうが。


「ところで。どうやらお前、面白い盾を捨てたらしいな」


「っ」


 『魔術契約書』を使った相手と、その顛末についてパイソンは、コルトを目を細めて見つめながら言葉を選んで紡いだ。

 同行者から聞いた話の中にはもちろん、それらについても含まれている。


「竜の森のそばにある、名のない村。そこで拾ったのだと聞いた。なぜ捨てた?」


「や、役に立たなかったからだ。『暴君』を殺るときの盾にはできたし、囮や雑用はできたが、それだけだ」


「面倒事を押し付けるだけで、十分役に立ったではないか。使用人は貴族にとって有用な道具であり、貴族は使用人あってこそ己の責務を全うし得るものだぞ」


 コルトの言い訳に対し、バイソンも不遜な言葉を持って返す。

 王家の血こそ未だ入ってはいないが、フィルミット家はこの国では長年続く力のある貴族。その嫡男は幼い頃より、そのような教育を受けてきた故に、それが真実であると信じ疑ったことなどない。


「なぜ、あの村の者が竜の森のそばで平然と暮らせるか。わざわざそこに盾を拾いに行ったお前は、知っているな」


「当たり前だ」


 人の名を呼ばずただ盾と呼ぶ兄と弟は、同じ教育を受けてきた。自身にとって役立つ者は有用な道具であり、役に立たぬ者は捨てるだけ。

 弟が数多くの女冒険者を奪い、売ったということも兄は知っている。それを話題にしないのは、それらの女が弟にとって役立たずであったと『理解』しているからだ。

 そして、『盾』は有用であった。


「あの村の民には、『竜の加護』があるから。だから、ドラゴンと戦うときにはこちらが有利になる……って言い伝えがあったから」


「正確には、『竜王の加護』だそうだな」


 コルトがぽつぽつと紡ぐ言葉に、修正を加える。「お前が『暴君』とやらを倒したという話を聞いて、興味本位で調べてみたのだ」と断りを入れた上で、パイソンはその言い伝えを低い声で歌うように紡いだ。


「かの者どもに味方するドラゴンは力を得る。敵対するドラゴンは力を奪われる。そういった、ドラゴンの長たる竜王の加護が、かの村で生まれ育った者に与えられる。全てか、それとも選ばれた者だけかは分からんが」


 ち、とコルトは舌を打つ。

 邪魔であるから、と荷運び屋を放逐したのが今となっては愚かだったと理解できる。兄の言葉が示すものが、それであると言うのは分かるのだ。


「ドラゴンを倒した者の多くは本人が、もしくはパーティメンバーが竜の森の関係者、もしくはあの村の民といった出自を持つ」


 この兄は、どこまで調べたのであろうか。

 もっとも、ドラゴンを倒した者はこの国にそう多く存在するわけではない。一つ一つ調べても、全てを終えるのにさほど時間はかからないだろう。


「故に今回、お前がドラゴンを倒せなかったのはひとえに、盾を捨てたからに相違ない。他の魔物相手には対応できても、ドラゴンという存在は群を抜いて強い。そういうことだ」


「……く、くそっ」


 パイソンの言葉にとどめを刺され、コルトは自分の金の髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

 赤毛のウッドベア『レッドヘルム』を倒したとき、コルトは『暴君』よりは少し弱いかと感じていた。

 だが、兄の調査結果によるのであれば『レッドヘルム』との戦闘結果は自分たちの実力であり、『暴君』との戦いには荷運び屋の存在による効果が出ていた、ということになろう。

 いずれにしろ、今の『太陽の剣』にはドラゴンは倒せない。そういう結論に達して末弟は、長兄の顔を見上げた。


「兄上」


「『魔術契約書』が要るか? もう一枚くらいなら、フィルミットの名についた泥を拭うためにもくれてやるが」


「ありがとうよ、兄上」


 あくまでも家の名誉を守るため、という名目でパイソンは『魔術契約書』の再発行を約束する。故に甘い、と言われるのだが本人は気づいていない。


「エールには、村に家族がいるんだよ。そいつらを使って脅して、うちの盾に戻してやる」


 ここに来てやっと『盾』の名前を口に出し、コルトは口元をひどく歪めて笑った。


「ドラゴンを狩って狩って、狩りまくってやる。森を荒らしてやれば、ドラゴンだって暴走するだろうからな」


 口の中だけで紡いだ愚かな言葉を、兄パイソンは聞いたのか聞いていないのか弟と同じような表情で、笑った。

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[一言] 久しぶりの登場は暗躍。
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