35.新しい依頼を見た
「ふぃるみっとこうしゃく、ですか」
宴会翌日の冒険者ギルドは、すっかりいつもの雰囲気に戻っている。で、その食堂で俺はリュントと向き合って、昨日ライマさんから聞いたことを伝えた。ひとまず、そこから説明かー。
「うん。あ、ここの領主より身分としては上の貴族だね」
「はあ」
身分について、いまいち理解できていないのはしょうがないよなあ。人間の決まりであって、ドラゴンにはないんだろうし。
「……まあ、人間が決めた制度だから、そういうもんだと思ってくれ。理不尽に思うことがあるかもしれないけどね」
「分かりました。エールがそう言うのであれば」
不満げな顔だけど、リュントは渋々頷いてくれた。彼女もそのうち人間世界に慣れていくんだろうけれど、それまでは大変だな。ちょっとずつ、覚えていければいいなとは思う。
「ええと。要するにコルトが親元に戻った、ということでよろしいのですね」
でまあ、フィルミット侯爵家がコルトの実家であることは理解できてるのでリュントは、そう言ってきた。実際そうなんだろうし。
「そうなるね。その後、何を企んでいるかは分からないけどさ」
「親に泣きついて、エールに何かをやってくるかもしれないと」
ああ、そういうのはドラゴンにも……あるのか? あるんだろうな。それか、ここに来るまでにそういう話を聞いたことがあるのか。
まあどちらでも良いけど。
「可能性はあるんだよ。『暴君』をお前に取られて『竜殺し』のプライド、ズタボロになったしなあ」
プライドというか、サラップ伯爵領冒険者ギルドにおいて、ドラゴンを倒せるのは自分たちだけって思い込んでた節がある。実際のところ、そうといえばそうなんだけど……リュントはほら、自分がドラゴンだし。
それに、リュントが俺と組んで冒険者をやっているのもあいつにとっては腹立たしい話だろう。あいつにしてみれば俺は、役立たずだと放り出した元奴隷だから。
「それで、エールはどうなさるおつもりなのですか?」
と、リュントが小首を傾げて尋ねてきた。あーうん、俺が行動決めないとリュントも動きにくい、というか俺にくっついてくるからね、お前。そのうち、自分で動けるようになってくれよ。
でまあ、とりあえず現在の方向性を伝えよう。つっても、たいしたことないけどね。
「どうって言われてもさ、俺は冒険者としてこつこつやるしかないんじゃないかな、って思ってる」
「はい。エールと私は『白銀の竜牙』を構成する冒険者、ですからね」
「うん。リュントが『暴君』を倒してくれたんで、それなりに冒険者としての格は上がってるんだ。これも、人間から見てだけど」
冒険者という職業は、何と言っても依頼の達成率が物を言う。それと、強敵を撃破するという実力が。
俺たちは小さな依頼もきっちりこなしてみせたし、リュントはドラゴン討伐という大きな手柄を上げたしで、ギルドの人たちもそれなりに信頼してくれてるんだよね。……俺、元『太陽の剣』メンバーだから色眼鏡で見るやつもいるしな。
「強い敵を倒せば周囲からの評価が上がる、というのは我らドラゴンの中でもままあることです。その者の実力が認められた、ということですから」
「あー、そうだな」
ま、俺のことはほっといてもリュントの言うことはよくわかった。そうか、ドラゴンも強敵倒せば評価されるのか……ドラゴンが言う強敵ってどんなだよ。ちょっと考えたくないぞ、というかそんな強い魔物の話なんて聞いたことないけどな。
「ですが、今回の『暴君』についてはともかくとして、ドラゴンの暴走というのはそうあることではありません」
「ほいほいあってくれたら、さすがに困るよ。人間でドラゴンに太刀打ちできる実力者なんて、ほんと数少ないわけだし」
案外、ドラゴンの暴走が十年ほどに一度くらいってのは、その前に別のドラゴンが倒してるからってのもあるかもしれない。
そういうことなら、ドラゴンの強敵というのは暴走ドラゴンなのかもしれない。ってつまり、リュントの評価はドラゴン内でも上昇してるのか? 暴走してないドラゴンに会えれば、聞けるかもしれないぞ。
「ただ、ドラゴンとまでは行かないけれど、強力な魔物が人間を襲ったりすることはままあるからね。俺たちは依頼をきっちりこなしていって、パーティとしての実力と信頼を高めていかないといけない」
「先日の皆様の協力は、グレッグ氏の口利きやエールご自身の人柄によるものでしたしね」
「『三羽烏』については、リュントを気に入ったからだと思うけど。ま、いいか」
俺の人柄で協力してくれる人、ってせいぜいライマさんくらいしか思いつかないんだけどなあ。でもまあ、確かに力を貸してもらえたのはありがたい。
グレッグくんには、またそのうちお礼持っていったほうがいいかな、と思っている。荷物運びだけでなく、何気に裏で動いてた、らしいし。まあ、詳しくは知らないけどさ。
その前に、俺や『白銀の竜牙』の評価をもっともっと上げないと。リュントにおんぶにだっこ、と言われて否定はできないけど、少しでも言われなくなるように。
「で、評価を上げるために次の依頼を受けようと思うんだけど」
「はい、どのような依頼ですか?」
「ドラゴンよりはずっと弱いんだけど、俺たちだけだからね。ゴブリンコロニーが村の近くにできたから、排除してほしいんだって」
なので俺は、俺たち単独でも何とか達成できそうな依頼を見繕ってみた。
ゴブリンコロニー。
ゴブリン集団の根城というか、住処というか、まあそういうもんである。
ゴブリンは基本的に数家族で固まって暮らしてるもんだけど、それが十数家族とか大きくなってきた場合に分裂して、別の場所に移る。
それだけならいい。
問題は、そのコロニーが人里近くに現れた場合だ。
食料を手に入れるために、ゴブリンは人里を襲う。森や野原で獲物を狩るよりも、そっちのほうが効率良く食料が手に入るから。
なお、食料には人間も含まれる。特に子供。
そういうわけなので、ゴブリンコロニーが人里の近くにできたことが分かると冒険者ギルドに排除の依頼が入る。最近なかったんだけどなあ……今回の依頼も、小規模ではあるらしいけど。
「分かりました。……ゴブリンですから、繁殖速度が心配ですね。早めに行きましょうか」
リュントは俺の提案を受け入れてくれて、赤い瞳を細めた。うん、こういうニヤリ顔するとドラゴンだなあ、お前。




