34.乾杯した
本日、サラップ伯爵領冒険者ギルド本部は、一時休業である。
玄関が閉じている代わりにロビーから食堂までほぼ全開の状態で、その真ん中にはグレッグさんがいる。でっかいジョッキに、酒がなみなみと注がれているなあ。
「それでは、『白銀の竜牙』と『三羽烏』のドラゴン討伐を祝しまして」
『かんぱーーーい!』
彼の声に続いて、乾杯の声が響いた。にごり酒とか、俺の名前と同じエールとかがあっという間に消費されていく。俺はそんなに飲めるわけじゃないけれど、皆が喜んでくれるならこのくらいの出費は平気だ。
えー、今ここでやってるのはさっきグレッグさんが言ってた通り、俺たちがドラゴンを倒した祝いのパーティ。普通はこういうの、やるらしいんだよね。コルトも『暴君』のときにやったらしいんだけど……俺、事務処理とかいろいろやってたからなあ。
「っていうか、良いのかい? エールくん」
かぱー、とこちらはコップ酒をあおってライマさんが、俺のところにじりじりとにじり寄ってきた。酔わないんだけど、酒とツマミの味は好きとか。
「こんな、あたしらまで奢ってもらっちゃって」
「こちらのギルドの皆さんには、三年前からお世話になってますから。一度、お礼がしたかったんですよ」
そうなんだよね。『魔術契約書』を使われて『太陽の剣』に同行することになってから三年、なんだかんだでギルドの人たちは優しくしてくれた。書類関係押し付けられた俺にやり方教えてくれたり、俺の私物預かったりもしてくれたしな。
だから、なにかお礼をしなくちゃってずーっと考えてたところの、『暴君』討伐。いや、表向きには関係のない暴走ドラゴン討伐、ってことになってるけど。
暴走ドラゴンの復活仕様に関しては、ギルマスとライマさんには伝えてある。そのうえで、重要機密として俺たちには箝口令が敷かれた。
いやだってさ、ドラゴンが暴走したときに卵狙いに入る馬鹿がいるかもしれないだろ、とはライマさん談。つまり、ドラゴンが復活しないように先に卵壊しちゃえ、ってことなんだけど。
その卵が、暴走しているドラゴンのものかどうかは人間には判別できない、らしい。そもそも、ドラゴンの卵なんて見るのもレアだしな。
で、もし、万が一、別のドラゴンの卵を壊したりしたら……今度はその親ドラゴンが暴走する可能性がある。何しろ一度に一個しか産まないものだからね、大事な我が子なんだし。
ま、そういうことであのドラゴンはただの暴走ドラゴン、として処理されてるわけです。表向きには。
その辺は置いといて、彼女自身も口をつぐむことを選択してくれたリュントが、にっこり笑いながらボア肉串を差し出してきた。ライマさんに。
「私としましても、エールがお世話になった方へのお礼をしたいということでしたので賛同いたしました。さあ、どうぞ」
「あらまあ。主役のお二人から言われちゃ、しょうがないわねえ」
素直に受け取って、肉を口に運ぶライマさん。肉の下処理がしっかりしてるので、臭みもなくて塩でいけるんだよね。俺も食おう、うまうま。
二つ目の肉を飲み込んでから、ライマさんが少し声を低くした。
「皮と爪は、今知り合いの職人ギルドに出してるからもうちっと待ってね。エールくん、軽装鎧と盾と短剣だけでいいのかい?」
お題はドラゴンから取れた素材について、だな。
あの後、軽く汚れを落としてみたら皮はつや消しの深い緑だった。結構いい色だったので、せっかくということで装備を新調することにしたんだ。ちなみに余った分はギルドに買い取ってもらうってことで、制作費用もそこから出してもらえることになっている。
いや、ぶっちゃけそれだけ誂えてもらえるなんて贅沢だと思うぞ。あのドラゴンを倒したのはリュントで、俺はサポートでしかないわけだし。ただ、リュントは素材をいらないと言って俺に、と譲ってくれたわけで。
「長剣とか頂いても、俺使えませんしね。鎧も、重装備持たされても動けないし」
「私は、自前のものがありますから。ぜひ、エールに新しいものをつけていただきたく」
……リュントの場合文字通り『自前』なんだけど、そこは気にしないことにしよう。
ドラゴンであるリュントには、同族の皮剥いで爪もいで作る装備に何か思うことないのか聞いてみたんだけどさ。
『暴走したドラゴンですから、倒されたことで魂もやっと落ち着いたと思うんです。……これの場合、食われた子の魂も含めて、忘れないでやることが供養になるかと私は思います』
だってさ。俺はドラゴンじゃないからリュントの考え方はちょっとわからないけれど、まあ使ってやったほうがいいってことらしい。
あれは『暴君』だったけど、自分の子の魂食っちまったけど、でもまあ、忘れてはやらないかな。
「それもそうだねえ。リュントさんの白銀の鎧、髪の毛とお揃いで綺麗だもんね」
茹で豆をひょいひょいと指で摘んでは口に運びつつ、ライマさんがリュントをまじまじと見つめる。あーはい、ドラゴンになると全身白銀ですよとはとても言えない状況だよなあ。まだ、リュントがドラゴンだってのも言ってないし。言えるかっ。
「『三羽烏』は、大物はいいのかい? 小物しか所望しなかったんだろ」
と、ライマさんの標的が俺たちから『三羽烏』、つまりアード、バッケ、チャーリーの三人に変更された。
一応、彼らも協力してくれたおかげのドラゴン討伐成功なので、あちらにもドラゴンの素材は分配されてるはずなんだけど……今のライマさんの言い方だと、あまり大きなものは作ってもらってないらしい。
「つーても俺ら、姐さんの添え物にしかなってねえからよ」
「せいぜい、ドラゴンの足止め程度……になったか? あれ」
「俺なんて、ほぼポーション運びくらいだしなあ」
三人で飲む方のエールを浴びるように飲みながらチャーリー、アード、バッケの順に発言してる。いやでも、三人の力添えがなかったらリュントだってもっと大変だったはずだし、誰かが死んでいたかもしれないのにな。
似たようなことはリュントも考えていたようで、にっこり微笑んで言葉を投げてくれた。
「皆さんがドラゴンの動きを制限してくださったおかげで、倒せたんです。とてもありがたく思っていますよ」
『やったあ!』
何故か姐さん、と彼らが呼ぶようになったリュントの台詞に、三人組がやたらと盛り上がる。またかんぱーい、と声が響いた。
今この会場にいるのは、この冒険者ギルドに所属している人たち。冒険者とか、事務員や裏方さんとか……なんだけど、いない人もいる。
その中でも。
「そういえば、ライマさん」
「ん、何……ああ、『太陽の剣』?」
「はい。そんなに深手ではなかったはずなのに、いないなあと思って」
そう、コルトたちがいない。ガロアも、ラーニャも、フルールも。
そりゃまあ、呼んでも来ないだろうなとは思ってたけどさ。
「そりゃあんた、あいつらがあんたの奢りで飯食うと思う?」
「思いませんけど、俺にたかる気はあると思ったので」
俺に奢られる、じゃなくて俺に金を払わせる、ということなら来るかなあと思ったんだけど。どこが違うんだ、と言われるかもしれないけどこれは本人の心の持ちようだからね。
「いやまあ、実際は転出届出されててね」
「転出」
あ、マジですかライマさん。それは初耳だ。
転出届。この場合は、別の領地にある冒険者ギルドに移動する届けである。前にヒムロ伯爵領にいたドラゴンを討伐したパーティが、王都に出たときもちゃんとヒムロ領側に出されているはず。
逆の転入届、というのは……転入先でギルドカード出せばすんなり済むんで基本的には出さないか。リュントもそうだったし。
「フィルミット侯爵領に行くってさ。実家のすねかじりに行くみたいだね」
そうしてライマさんが教えてくれた先を、俺は一応覚えておくことにした。




