33.『竜殺し』は納得しない
コルトが目を覚ましたのは、ディフェ村で『太陽の剣』が根城代わりにしていた宿屋の一室だった。女性たちとは別の部屋を用意されたため、この部屋にはコルトしかいない。
が、彼の意識が戻ってすぐやってきたこちらの冒険者ギルドの職員は、どこか意地悪そうな笑みを浮かべながらコルトに告げた。
『太陽の剣』には成功報酬は渡せない、と。
「は?」
「ですから。『太陽の剣』は依頼不達成ですので、報酬は前金のみとさせていただきます」
「だ、だがドラゴンは倒しただろうが!」
コルトはその職員に対し、噛みつくように叫んだ。
そりゃあ、あの役立たずエールが仲間を連れてやってきたことは覚えている。その中にいた白銀の髪の女剣士に声をかけて、すげなくされたことも。
だがその後、エールたちが持ってきたポーションやマジックポーションで自分たちはすっかり回復した。ドラゴンの衝撃波を食らった後はよく覚えていないがガロアやラーニャ、フルールがきちんと依頼を達成したはず、だとコルトは思いこんでいた。
だが。
「暴走ドラゴンが倒されたことは、確認されています。ですが、倒したのはあなた方ではなく『白銀の竜牙』と『三羽烏』の方々、ですね」
「なっ……」
名前が出された二つの冒険者パーティ。一つはうっすらとしか知らず、一つは知っている。
知っているのは『三羽烏』。アード、バッケ、チャーリーの冴えない男三人のパーティで、一時期同行していた女性冒険者をコルトは奪い取ったことがある。しばらく遊んでやって、顔以外はさほどの実力でもなかったので馴染みの『商人』に渡したか。
一方、『白銀の竜牙』は噂に聞いたことがあるだけのパーティだ。おそらく、白銀の髪の女剣士が該当するのだろう、とコルトは考えている。よもや、エールが女剣士リュントとともに結成したものだとは気づいていないようだ。
「サラップ伯爵領冒険者ギルドから派遣されたグレッグさんから、戻ってこないあなた方を追って該当者五名が竜の森に踏み込んだ、という報告を受けました。それで我々、ヒムロ伯爵領冒険者ギルドからも援軍を出したわけなんですが」
いずれにしろ、自分からしてみれば格下のパーティであるはずの彼らについて、職員は心底嬉しそうに語る。それはまるで、自分たちが『暴君』を倒したときに冒険者たちが見せた、憧れの表情のようで。
「我々が森の中に踏み込んだとき、あなた方は全てドラゴンの衝撃波に吹き飛ばされて気絶していました。ドラゴンの首は、『白銀の竜牙』のリュントさんがちょうど落としたところでしてね」
「何?」
あの細腕が、ドラゴンの首を落としただと?
リュントの実力を深く知ることのないコルトには、その話が信じられなかった。自分が、『暴君』の爪をもって鍛え上げた剣を振るわなければ、あの首は取れないはずだと。
「まさか、あの腕でドラゴンを倒せるわけがないだろうが。だから、俺を呼んだんだろうに」
「そうなのですが、きっちり見ましたからねえ。私、この目で」
にやにやと笑いながら職員は、自身の細い目をくわりと開いてみせた。青い瞳で『竜殺し』を見つめながら彼は、とうとうと言葉を続ける。
「『三羽烏』の方々からも証言は取れていますし、現場の状況からしてもあなた方がほとんど役に立たなかったことは明白です。そのあたり、きちんと報告書にまとめてありますのでどうぞご確認を」
ばさり。
手に持っていた紙束を、コルトの顔に押し付ける。思わず受け取ってパラパラと数枚めくった彼の表情は、わかりやすく怒りを表現して。
「何だあこれはあああ!」
両手で鷲掴みにした紙を引き裂き、ぐちゃぐちゃに丸め、床に叩きつけて靴裏で踏みしめる。はあはあと肩で息をするコルトに、あーあと小さくため息をついてから職員は、「無駄ですよ」とやんわり伝えてやった。
「それ、写しですから。それと、原本はグレッグさんにお渡ししてあります」
「報告書っつったって、俺の話も聞かずに!」
コルトが目を走らせた場所だけでも、『太陽の剣』がまるでドラゴン討伐の役には立たなかったことやリュントの腕、エールの指揮を褒め称える文章が読み取れた。そんな馬鹿な、とコルトは叫びたくなる。
竜の森に近い村で、いわば奴隷扱いで捕まえたエール。荷物運びと囮でしか使えないはずのあの男が、冒険者の指揮やら何やらで活躍できるわけが、ないはずだ。
「コルトさんだけ、つい先程まで意識が戻りませんでしたからねえ。ああ、ラーニャさん、ガロアさん、フルールさんからは事情をお伺いしておりますので、そちらは参考にさせていただきましたが」
だが、コルトと違い三人の女冒険者たちは多少ではあるが、事実を理解していた。少なくともエールがポーション類を出してくれなければ自分たちはあの場で骸となっていた、そのくらいはわかるのだ。
だから三人は、不貞腐れながらも素直に事情を話した。ドラゴンの衝撃波で吹き飛ばされて意識をなくした、そこまできっちりと。
自分たちにはもしかして、ドラゴンを倒すための実力が足りなかったのではないかということも理解して、今は別室で大人しくしている、らしい。
「そういうことですので、今後の冒険者としての活動についてはお考えになることをおすすめします。『暴君』よりも小型であった今回のドラゴンに、ひどく手間取られたようですしね」
写しとはいえ、自分が持ってきた書類を職員は拾い集める。しわくちゃになったものも丁寧に広げて重ね、そうして立ち上がる。
「では、失礼いたします。お早めに、サラップ領にお戻りになってくださいね。竜を殺せなかった『竜殺し』コルトさん」
少々大げさに頭を下げて見せ、職員はそのまま部屋を出る。バタン、と木の扉が閉じた瞬間向こう側で「ちっくしょおおおおおおおお!」という叫び声が聞こえたのだが、それも気にしないで足を進めた。
「ふざけんな、くそエール! あの女も、覚えてろ!」
ただ、コルトの怨嗟の声にだけはわずかに、顔をしかめたのだけれど。




