31.状況がわかった
「うおおおお! 俺は、『竜殺し』コルトなんだ! お前なんぞに!」
テンションが上がった勢いで、コルトは叫びながらドラゴンに向かっていく。『暴君』と戦ったときは、ああやってドラゴンの首を斬り落としてみせたんだよな。
「ぎゃおおおおお!」
「がっ!」
けど、今のコルトはなんというか、めっちゃ弱い。今も、ドラゴンの手で振り払われてばきばきと、木の枝に突っ込む。って、上に飛んでるし。大丈夫か、本気で。
「……なあエール」
「ん?」
不意に俺の名を呼んできたのは、いまコルトに防御魔術をかけ直したバッケ。コルトのことだろうな、と思っていたらやっぱりそうだった。
「『暴君』と戦ったとき、あいつあんなにへぼかったのか?」
「いや? ちゃんと戦えてたぞ。コルトだけじゃなく、彼女たちも」
そう。俺は『暴君』が倒された、その場にいた一人だ。だからコルトやフルール、ガロアやラーニャがそれぞれの役割をこなし、暴走したドラゴンと戦い抜いてみせた場面を知っている。
なのに今、あのドラゴンよりも弱い個体を相手に何故か彼らは苦戦している。俺が抜けたから、なわけないしな。
「何だそりゃ。三年で腕鈍ったか」
「何ですってえ!?」
「ふざけたこと言ってると、あんたたちもドラゴンの前に押し出すわよ!」
ぼそりと呟いたバッケの言葉に答えたのは、さくっと洞窟内に戻ってきていたガロアとフルールだった。そういや、さっきこのすぐそばからコルトに防御結界作ってたな。お前ら、何やってんだか。
「つーても、こっちにはリュント姐さんがいるからなあ。俺はともかく、エールはばっちり守り切るぞ」
「きゅ、きゅい、きゅあーん」
「姐さん、さすがっす!」
「負けてられねえな!」
呆れ顔のバッケの向こうで、リュントがドラゴンに連撃を入れてふっ飛ばしていた。皮が固いのはまあ、ドラゴンなんで仕方ないんだが……リュントの剣、つまりドラゴンの爪でもうまく入らないか。滑ってるのかね、あれ。
でもまあ、アードとチャーリーの連携攻撃がさくさくっとダメージを与えているようで、ドラゴンが「ぎゃおん!」とわかりやすい悲鳴を上げた。チャーリーはともかくアードは拳士なので、内臓に打撃が行ってるみたいだな。
だが、それで倒せるならそもそも、コルトたちの攻撃で落とされていてもおかしくない。それがドラゴンだ。
「ぎゅ、が」
「防御魔術全開! 衝撃波が来る!」
『暴君』も放ったことのある、雄叫びによる衝撃波。その予兆である唸り声を聞いた瞬間、俺は叫んで。
「ま、守れ守れ守れ守れ! 魔の叫びから、我らを!」
反応できたのはバッケだけで、ラーニャとガロアは唖然としたままだったので。
「がああああああああっ!」
「うわあ!」
「きゃあ!」
「わあっ!」
「ひっ!」
何でか、俺やリュント、三人組にはそよ風のように当たった衝撃波は、『太陽の剣』のメンバーたちをごうと吹き飛ばす。洞窟の天井が削れて空が見えた、なんてとんでもない威力だ。
本当にこいつ、『暴君』より弱いのか? 少なくとも、コルトより強いのは明白だぞ。それより強いリュントってなんだ……あ、ドラゴンか。
「……エールさんよ。このドラゴンの攻撃、『太陽の剣』にだけ当たりきつくねえ?」
「ああ、何かおかしいと思ったら、そういうことか」
ふるりと頭を振ったアードの疑問が、俺の感じた違和感を説明してくれた。そうだ、ドラゴンが強いというよりは『コルトたちにだけ』強いんだ。もしくは、『俺たちにだけ』弱い。
よくわからないが、何故かそういう状況であることだけは理解した。理由は……後で考えれば良い。つまりコルトたちではなく、こっちが戦ったほうが分がいいってことだしな。
「エール!」
「え?」
ただ、ひどくリュントの声が緊張したことに気づいて、そして。
「この者は、『暴君』です。人がつけた名前ですが」
「……え」
彼女が告げた言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。




