27.おそらく近づいた
「こちらですね」
リュントを先頭に、俺たちは森の中に分け入って……というよりは、既に作られた新しい道を進んでいる。数人が踏みしめた木の枝や枯れ葉が、ぐねぐねと木々の間を曲がりながら奥へ、奥へと。
「わかりやすく追っかけられてんなあ」
たまに大木の周りを回り込むようにできた道に、チャーリーが顔をしかめた。
コルトたちが追いかけている方なら、こんな避け方はしないだろうからね。もう少しまっすぐ、直線的に進むと思う。
大木を盾にしてドラゴンを避けて、また進むって感じの足跡だ。ほら、木の幹に鋭い爪で切り裂かれた痕があるもの。それと、あちこちに散らばる血痕も。
「こりゃ、生きてたとしても大怪我してそうだな。ポーション足りるかな」
バッケが、自分の分のマジックポーションを口にしながら周囲を伺っている。ぱっと見には大した出血ではないけれど、それが道にずっと落ち続けている、ってのはなあ。
「聖女がいただろ。マジックポーションやって手伝わせればいいんじゃね?」
「ラーニャか。その手で行くかな」
アードの提案をそれもそうだ、と受け入れる。身の清純さは聖女の能力とは関係なく、ラーニャはコルトとがっつり夜を過ごしながらも防御結界や治癒魔術の能力は高い。ただ、血痕が続いてるってことは彼女の治癒ができてない、足りてないってことだし。
とは言え、最低でもラーニャが生きていればできる話だ。さらにコルト、ガロア、フルールが存命でなければ、そもそも手伝うのなんのという話じゃない。
「コルトのやつ、復活した瞬間偉そうなこと言ってきたら、殴ってもいいよな?」
「お前はやめとけ、アード。うっかり止めを刺しかねん」
「ちっ」
「舌打ちした!?」
アード、チャーリー、君ら緊張感微妙にないな。いや、バッケの警戒魔術はしっかり機能してるし俺やリュントが周囲見てるけどさ。
それに、会話内容に緊張感がないだけで二人とも、ちゃんと警戒してるんだけどね。
と、不意にリュントが足を止めた。剣の柄に手を当てて、肩越しに俺を振り返る。
「エール。近くにいます」
「どっちが」
「どちらもです。ひとまず、残念ですが皆さん存命のようで」
ドラゴンと、『太陽の剣』。両方いて、後者はどうやら全員生存しているらしい。
ところでリュント。残念ですがってお前なあ、言って良いことと悪いことがあるぞ。頭の中で考えるならともかく。
「姐さん、本音出てますぜ」
「済みません。つい出てしまいました」
アードに突っ込まれてもニコニコ笑ってるあたり、ガチの本音だな、ありゃ。
それはともかくとして、急いだほうが良い状況なのは確実だ。
「無事なら助けるしかねえかあ。防御魔術、ぶち上げてかまいませんかね」
バッケの問いに「いやちょっと待って」と声をかけ、ざっとすべきことを頭の中に並べる。
ドラゴンと対戦するなら、防御魔術の強度を上げるべきだ。だけど、ドラゴンは今どこらへんにいるのやら。
「リュント。ドラゴン、どのあたりにいるかな」
「もう少し……人の足で二分ほど先に、洞窟があります。ドラゴンは外、あの連中は中のようですね」
足を再び動かしながら、リュントがそう言う。
ドラゴンであるリュントが暴走ドラゴンの場所に気づいているなら、逆もあり得るけど……ま、いずれにしろ戦うんだからいっか。
「リュントとチャーリーは、アードを守りつつ進んでくれ。バッケ、防御魔術全開で行こう」
「私たちはドラゴンに向かえばいいのですね。承知しました」
「了解。がっつり固めるからお三方、ドラゴンの相手頼むわ」
「わかった。俺と姐さんで斬りかかるけど、アードはどうする?」
「ドラゴン殴ると痛そうだからな。うまく急所狙えりゃ別だけど、まあ囮やるわ」
三人組は、なんだかんだで仲がいい。こういうときの役割分担もサクサクと進むし、囮役となるアードも自分から名乗り出る。
これが『太陽の剣』だと、問答無用で俺が囮役だった。申し訳程度の防御結界をつけられて、ドラゴンの前に放り出されて。
今あいつらがどういう状態かはわからないけど、いくらなんでもコルトが彼女たちの誰かを突き出すことはないだろう、さすがに。
それができるかどうか、も含めてだけどな。
「バッケは、俺と一緒に来てくれ。三人がドラゴンの相手してる隙に、どうにかして『太陽の剣』のフォローに入る」
直で戦闘能力のある三人に突っ込んでもらって、その間に俺とバッケでコルトたちを何とかサポートする。俺は荷運び屋で盾も持ってるから、バッケを守りながら行けるだろう。
「あー了解、そういうことね」
「目の前で死なれても気分が悪いし、こっちの冒険者さんたちにも面倒かかるからね」
ひとまず、コルトたちが生きていればポーションなりマジックポーションなりぶちまけて回復させる。その間にドラゴンが倒せてなければ、気分は良くないけどコルトたちの力を借りることになるだろ。
「んじゃ、行くぜ。守れ守れ、我が友たちを、フルパワー!」
バッケの詠唱とともに、俺たちの周りを音もなく魔力が包み込む。防御魔術が全開になると、俺みたいに鈍いやつでもその感覚はわかるんだよな。
当然、敏感な魔術師とかドラゴンとかには、はっきりと分かる。だから。
「リュント、アード、チャーリー!」
「いざ、参ります!」
「姐さん、俺が囮だって!」
「何でもいいけど、攻撃避けるだけで良いからな!」
俺が名前を呼んだ三人が、即座に足を早めた。少し遅れて俺とバッケも走り出す。
「盾持ってるから、俺の陰に入ってくれ」
「んじゃ、遠慮なく。ついでにもうちっと、防御力上げときまっさ」
こういうちょっとした心遣い、ガロアやラーニャにはなかったなあ。何か、嬉しい。




