2話 誰が為の覚悟か
3.11
…俺確か、HRIの職員に眠らされて
寝起きだからか上手く頭が働かない、状況が読めない中周囲を見渡すと俺が寝ているベットの横に例の緑髪の職員が座っていた。
「起きたようね、貴方が寝ている間に色々検査させてもらったわ。寝起き早々で悪いけれど、貴方には死んでもらうわ」
死んでもらう、その一言で一気に目が覚めた。そしてここに来る前の少女の死を思い出してしまった。
「ど、どうしてですか!?機密情報を見たのかわかりませんがあの時の事は誰にも言いません!だから命だけは…」
俺は急いでベットから飛び降り、人生初の土下座を決めた。
「ぷ、だぁーはっはっは!!駄目だコイツ面白いよ玲衣ちゃん!私、喋れそうにないッ!ハッハッ!」
女は急に笑い始め、俺はとうとう何がなんだか分からなくなった。
困惑しているところ、どこから現れたのか分からない、レイちゃんと呼ばれる青髪の女が話始める。
「申し訳ございません。あの方は常にふざけてないと気が動転して死んでしまう病気を患っていて…もちろん今の隊長の言った死んでもらうも物理的に死んでもらう事では無いのです」
「つまり…?」
「あなたは書類上、つまり神木蓮という戸籍が無くなったという意味で死んだのです。」
「はー落ち着いてきた~、よしここから私が説明するね!いい?貴方はここから出れても戸籍が無くて行き先の当てもなくなる。つまり、存在しない貴方は何処に行けばいいのか。それ即ち、私たちと同じHRIに所属する、です!」
「拒否権は…あるんですか?」
「あるわけない!」
緑髪は断言した。自信たっぷりげに、
「はい。もう家に帰る事は諦めました。」
「案外潔いんだね君。好感持てるよー」
たった今戸籍が消えた人間に対して慮る事もなく茶化し、ふざけるこの女を引っ叩きたくなったがここが相手の本陣だと気付き手を引っ込めた。
「帰るのは諦めましたけれど、どうして俺なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!早速答えたいんだけど、その前に今人類が直面している危機について君に説明がしたい。君も気になるだろう?あの浅草で死んだ名前も知らない少女の死因を」
緑髪の一言でハッとする。確かにそうだ俺が知りたいのは、いや知るべき、なのはここに来る原因にもなったあの少女の不可解な死の事なのだ。
「では、まず我々HRIは何の為に存在していると思う?」
義務教育の初日みたいな調子で緑髪は聞いてきた。
「人類復興機関ですから、災害の復興の手伝いの為じゃないんですか?」
「表向きはそう。でも実際は違う。HRI、人類復興機関は古代石炭紀から目覚めた怪物─通称プラントと呼ばれる生物と人類との生存競争を勝ち抜く為に設立された組織よ」
「石炭紀?生存競争?一体プラントって何なんですか」
何かのドッキリだろうか、予想だにしていない言葉が出てきて困惑してしまった。
「プラントとは植物のような体を持ち、人知を超えた特異な能力を使う生物の事。君も見たよね?」
「そう言えばあの時の少女、体から蔦が生えていた…」
もがき苦しんだ末、少女の体から這い出るように伸びてきた深緑の蔦。アレがプラント…
「そう、プラントという生物は何故か人に潜伏している発芽前の種のような物。それが何かの拍子に発芽する事で彼女の様な奇怪な化け物が生まれる。表世界の言葉で言い表すなら─植物硬化病の事ね」
驚愕した。世間に蔓延る感染病とは、それ即ち人類を襲う化け物が正体だったのだ。
「何かの原因…確か植物効果病が発症し始めたのは三年前の災害だったような」
「はは、君は勘も鋭いみたいね。そうよあの災害の原因は判明している。神の子と呼ばれる特異な能力をもつプラントが起こしたの。」
「ノア、ゼウス、セト、アグニ、テュポーン。今判明している神の子はこの5体。あと一体はアフリカを壊滅させた以外情報が掴めていない。」
ここまで説明されるとレイちゃんさんが割って話し始めた。
「今現在、私達はこの5体のうちの1体目、日本を含むアジア全体に未曾有の豪雨をもたらした《ノア》を倒す為に動いています。ですが相手は天災を引き起こす力の持ち主、普通の人類では太刀打ち出来ません。」
「太刀打ちできない!?じゃあどうするんですか!もう一度あの災害が起きたら今度こそ人は終わりですよ」
─ゴツッ。緑髪の人が俺をぶった。
「話を聞けい!ここまでは前置きよ、自分の腕を見てみなさい」
促されるままに患者衣のような服の袖を捲ると、俺の腕にはあの時のような植物が巻き付いていた。
目の前で少女がもがいてる姿がフラッシュバックする。
「…俺も、死ぬんですか?」
「死なない。君は、奴らに心を奪われたりなんて事はない。それどころか奴らの力を使いこなす事ができる」
実演して見せよう。緑髪の女が腕を振り上げると同時に
─ゴゴゴ!!という轟音が部屋中に鳴り響く。
そうして、あの時化け物を貫いた竹のような物が地面を割って生えてきた。
「私の力は竹を自在に操ること。何も無いところから生やすこともできるわ、まぁこれだけではないんだけれども。とりあえずあなたにもこんな事ができるって事よ」
もう一度自分の腕を見てみた、不思議と手の震えは無くなっている。それどころか何か力が湧いてくる様な気がしてきた。
「プラントは人を襲うんですよね…?そしてどんな強い力を持つ人間でも簡単に殺される」
俺は当然とも取れる疑問を彼女に投げかけた。
「そうよ」
緑髪は隠すことなく、リスクを認めた。
この時俺に逃げ道が出来た、自分の命が惜しくて逃げる選択肢だ。でも、でも…どうしても俺にはあの少女の光景が頭から離れない。
「俺、戦います。もうあの子の様に苦しむ人をなくしたい…!」
そういうと緑髪の人はにっこり笑った。
「私は天竹紫音、第1部隊隊長よ。君の覚悟本当に嬉しく思うわ」
天竹紫苑、それが彼女の名前だった。
その後、紫音さんは上に報告しに行かなければならないそうで部屋から出ていってしまった。そうして今部屋にいるのは俺とレイちゃんと呼ばれる人だけになった。
「神木蓮。これから貴方は適性を測るテストを行って貰います。その後に戦う為の訓練を受け、配属と言った形になりますので心の準備をしておいて下さい」
「わ、分かりました!」
今後の予定を話すと、彼女も部屋を出ようとドアに手をかけた。
「一つ忠告しておきます。誰かの為に戦いたいと思うのは立派ですがあまり幻想は持たない方が良いですよ。その身勝手が許されるのは隊長の様な、本当に力を持つ人間だけです。貴方は弱い、弱い人間がそれをいだくと死よりも辛い目に遭いますからね」
どうもレイちゃんさんには歓迎はされていないみたいだ…力は見たことないし、俺は弱いかもしれない。お荷物になるかもしれない。
でも
「忠告ありがとうございます。でも、俺に何を出来るかはまだ分からない。だから今だけは誰かの為に戦う我儘を夢見させて下さい!」
「…勝手にすれば良い。現実を見せられて苦しむのは貴方だから」
レイちゃんさんは静かに部屋から出て行ってしまった。
「名前、聞き忘れたな」
まぁ今生の別れでもないし話せる機会は来るだろう。それより今後の事だ。
俺は今日HRIという組織の裏の部分を知り、プラントと呼ばれる謎の生物と戦う道を選んだ。
俺にある特別な力がどんなモノになのか、俺は苦しむ人を救えるのか。まだ分からない事が多い。だから一生懸命頑張ろう、それが真実を知った人の責任だと思うから。
──
「入隊締切は終了した筈だ。説明会も終わってる。いくらお前の我儘だろうと個の為に集団を遅らせる訳には行かないのだ、天竹」
「そこを頼むよ~世間的には珍しいだろ、先祖帰りは。今期だって志願者2000人に対して1人だろ?必ず何処かで使えるからさ、ね?」
紫苑は話している男の腕に抱きついて駄々をこねた。
「ば、馬鹿やめろ!!…入隊の期間を過ぎた試験は俺じゃないだろ。ボスに許可を貰ってからにしろ」
(こいつチョロいなー)
「ま、ボスにはもう許可貰ってるからね。あとは試験頼んだよーチョロ人事の癒瘡木くーん」
「な、おま!誰がチョロいだと?!というか許可を貰ってるなら先に言え!」
じゃあねー、と早々に立ち去る紫苑。
(最近、親しい絡みが増えてきたな…これは!ワンチャンあるのでは無いだろうか。)
軽蔑などつゆ知らず、癒瘡木硬樹31歳、中間管理職で恋愛経験のないお堅い頭の彼の勘違いは留まるところを知らない。
今日は3月11日です。
災害を題材にした小説を投稿するのは気が引けますが、私がこの小説の構想を練るにあたって震災とは大きなものでした。自身が被災したこともあり、またそれを伝える伝承者の役割もあったことから、その災害の恐ろしさを何処かドラマチックに表現したくなりました。
ただ生きるのではなく、その裏に隠れたナニかについて考えるきっかけとなるストーリーがこの小説です。