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「今日はまずここの教室や広場の場所を覚えてもらった。そんなに疲れていないとは思うがゆっくり休むんだ、明日から本格的に仕事をしてもらう」

「分かりました、今日はありがとうございます、この部屋も」

「うむ」

 元掃除用具入れ部屋、現俺の部屋はラウンジと同じくクモの巣一つない綺麗な部屋だけれど、腐った板材をすぐに変えているようで、板材の継ぎ接ぎが多く身動き一つでギシギシと音を立てている。

 ここで当分暮らすことになった俺はここで飼育している馬か牛か何かの動物の餌用の藁、余っていたシーツと枕と机、椅子など、部屋にあるものの最低限セットを譲ってもらった。

 なんというか、アルプスの少女みたいな部屋になってしまった。

 火があればチーズ溶かして食えるんだけど、無いのか。

 火といえばなんだか肌寒い、風の来る方を見ると窓が開いていた。

 あれ、俺窓開けたか?

 まあいいや、と即席の布団に寝転んでみる。

 俺の背中を無数の針が差してくる……全然眠れる気がしない。

 寝返りをうつと飛び出している藁の被弾面積は減るけれど、気になって眠れないことには変わりない。

 あの少女はいつもこんな苦しいベッドで寝ていたのか、なにかしらの修行かと思ってしまうな。

 ふと、窓の外から香ってくる匂いが甘い花のような香りに変わった。

「起きてる?」

「ああ……って、は!? 銀髪!?」

 真夜中だぞ!?

 窓の外にローブでも制服でもない普段着っぽい格好の銀髪女が立っていた。

 ローブで分からなかった長い銀髪を後ろで一本にまとめた清楚な雰囲気は人を殴るようには全く見えなくてギャップに少し胸を打たれる。

 本当に、殴って来さえしなければなあ……

「話があって来たの、ええと、入ってもいい?」

「殴らないならな」

 ムッとした顔になったので俺は慌ててどうぞ、と片手で入ることを促す。

 入ってくるや否や、銀髪女は机にポーチから出した植物を勝手に置いた。

 プレゼントかとも思ったがそうでもないようだ、年季の入った鉢を見る限りではそう思う。

「それはなんの木だ?」

「ヤドリギ。念のため……それで、話というのはね」

「俺をどう調理するか?」

「黙って聞いて、いや、黙って話して」

「無茶言うな」

「どうやってここを見つけたの?」

 楽しい女子とのトークかとも思ったけれど、銀髪はただ尋問に来ただけらしい。

 また痛めつけられるかもしれないからな、警戒しないと。

 ガタガタする椅子に腰かけた銀髪が杖を軽く振ると、蝋燭の入っていない入れ物に光の玉が付いて部屋を明るくした。

「研究と捜索と手がかりを使ったんだ」

「抽象的ね、一つずつ聞いていくから。研究って?」

 俺は両親の研究のことを話した。

 嘘は混ぜない、多分通用しないから。

 真実だけで話をする。

「ふーん、私たちがまだ生き残っていると気づき始めてる人たちもいるんだ。あなたの両親には悪いけれど、まだ信じる人が少ないことは幸いね。それで、なんであなたはそれを引き継いだの?」

「前も少し言ったけどそれは分からない。多分魔法が見てみたかったからなんだと思うけどはっきりしなくて、どうも残っている記憶と残っていない記憶の差が激しくて、変な感じがするんだ」

「記憶が変? ……そういえば昨日、あなたの記憶を覗いていた時の校長の魔法組成式は少し変わってたような。私も後で見てみてもいい?」

「殴らな──」「しつこい」

「ゴメンナサイ、覗いてください」

「それもそれで気持ち悪いから、やめて。それで捜索って?」

 やめて、がマジのトーンだった。

 ちょっと自重しよう。

「言葉通りだ。理由は分からないけれど研究を引き継いでから今までずっとファヴ―ルを探すために世界中を旅してきた……という記憶があるだな、正確には」

「外の世界かぁ。どんなところがあるの? エルフのいる里や森があるって本当? ドワーフが住んでいるのって本当に岩山の割れ目にできた鉱山なの? こことは違って森に囲まれず広い草原でのびのびと暮らせる村があるって本当?」

 ここまで「目を輝かせる」と言う言葉が似合う人は見たことが無いほど、青の瞳を震わせて身を乗り出して近づく銀髪。

 前のめりになって垂れる長いポニーテールから、名前は知らない花の香りが漂ってきて心臓の鼓動がすぐに高鳴る。

 こいつ、この状況に気が付いていないのか?

 銀髪が次の一歩を踏み出せば、確実に俺がベッドに押し倒されてしまう。

 くそ、理性を保て! 

 騙されるな! そうだ、枕に手が届く距離だ、そうやって悲鳴をあげさせずに痛めつけるのかもしれない!

「お、おい……!」

 顔が近い。

「ご、ごめん」

 降ったばかりの処女雪を感じさせる肌に柔らいことが分かり切った桃色の唇。

 世界中を旅しているからこそ断言できる、どんな金属や石や宝石を最高の職人に削らせて磨かせても、この美しさを作ることはできない。

「ねえ教えて」

 こいつ、尋問に来ているんじゃなかったのか。

 いやまあこれも尋問と言えば尋問に近いものなんだけれど。

 知的好奇心が抑えられない無邪気な子供みたいだ。

 これが本当に罠なのか……?

「あ、ああ、全部あったよ。ここで話すには時間が全く足りないくらいに、本当にいろんなものがあった。今度話すから」

 肩に手を置いて椅子に座らせる。

 するとすぐに自分がとんでもなく破廉恥なことをしようとしていたことに気がついたのか、眉間を抑えて深呼吸を始めた。

「その、今のは忘れて、絶対に」

 忙しい奴だな。

 嘘には思えない反応だけれど、用心しないと明日の俺はこいつらの胃袋の中だからな。

「忘れるよ、痛いのは嫌だし」

「え? それどういう……まあいいや、それで最後、手がかりって何?」

「俺が両親と昔暮らしていた家に帰った時だ。前も見えず音も聞こえない大雨で雷もたくさん落ちてたな。何年も帰っていなかったのにちょうど家に入ろうとした瞬間、雨よけを着た見慣れない配達員に手紙を渡されたんだよ」

「なるほど、そんな天気じゃ配達員が近くにいるのも少し変ね。そこにここの場所が書いてあったの?」

「ああ。それとダアトという文字なんだけど本当に知らないのか?」

「知らない、母さんだったら知っているかもしれないけれど、それにしてもその配達員が気になる」

「だよな」

「明日母さんが記憶を読むときにもう少し詳しくその部分を見るから、逃げないでよ?」

「銀髪はなんだか医者みたいだな」

「セティア」

 銀髪女は立ち上がって光の玉を消し、ヤドリギをポーチの中に土をこぼさないようしまい込んで窓の前に立った。

 窓から入ってくる風が白銀を揺らし花の香りを運んでくる。

「んえ? ここでは医者をそう呼んでるのか?」

「私の名前」

 語気を強められ、殴られる気がして思わず体が跳ねる。

「え!? ああ、名前ね! セティアさんっていうんですね」

 そういえばさっきもそう呼ばれていたのを聞いた気がする。

 窓に乗り上げて外に出るかと思いきや、途中で振り返って「もう一つ」と付け加えた。

「一番伝えないことを言い忘れてた。これは校長には絶対に絶対に本当に内緒」

 月の光を投影したかのような銀がそよ風に乗って揺れる中心で青の瞳が静かに、しかし柔らかく微笑みに近い表情で俺を見つめる。

「あ、ああ」

 思わず俺は見惚れてしまう。

「少なくとも私は混血だろうとそんなこと関係なく一人の人間としてあなたを歓迎している。どうかそれだけは覚えておいてほしいの」

 その言葉がどんな意味なのか、にへっと可愛らしい笑顔で手を振ってきたせいで一瞬理解できなかった。

「……え?! って、おい!」

 呼び止めようと窓から顔を出して探してみたけれど、セティアはもういなかった。

 あれが……罠かもしれない……のか?

 でも散々殴られたし、あんなひどい目で見られたりもしたしなぁ……


 俺は半分くらい放心状態のまま、部屋の中に彼女の匂いが残っているうちに眠れないはずの干し草ベッドの上で眠った。



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