4 ファヴール
「我々の主な仕事は掃除をすることと生徒や教師のために食事を作ることだが私たちは食事担当ではない、言ってしまえば掃除をするだけの雑用だ。しかし……」
何度見ても城の大きさには目を見張る。
でも。
なんだか、おかしい。
さっき縛られているときに見た城の形と少し違う気がする。
見間違いだろうか。
ま、まあ満身創痍だったし、見間違えることもあるか。
入り口は巨大な鉄扉で、周りにはさまざまな装飾が施されているし、廊下なんて大きな窓ガラスから降り注ぐ陽の光が、装飾がなされた石製の壁や天井、彫刻や絵画などの美術品、とてつもなく長い一枚のカーペットたちを照らして、まるで最高の庭師が手入れした花壇で花が咲いているようだ。
ただここも何だか違和感がある。
初めて見た場所だから何とも言えないけれど、何かが変な気がする。
入り口の前をちょこっと通り過ぎただけだけれど、本が鳥のように羽ばたいて飛ぶ図書室も俺たちの世界換算で東京○ーム何個分……までとはいかないものの相当広く見えた。
楕円形の闘技場、大きさはサッカースタジアムくらいか、そこでは何十人かの生徒たちが金や銀ではなく黄色や緑、青色の魔法陣を躍らせて魔法や剣の訓練をしている。
カラフルでまるで地面に映る虹を見ているみたいだな。
学校なら元居た世界で死ぬほど見たし、こちらの世界に来てからも学校見て来たけれど、魔法というスパイスを存分に楽しむことができる学校は新鮮で未知の体験の一部に取り込まれた気分になれる。
とてもワクワクする。
「カイ君、聞いているかね?」
「え? えあ、もちろん!」
「……ならいい。と、これで校内の大きな場所の紹介は終わったが場所は頭に入ったかね」
頷いてはおくけれど、意識は魔法へ引っ張られていく。
そういえば校長は魔法陣が金色で銀髪女は銀色の魔法陣だったな。
外で練習していた生徒たちは銀っぽい色の魔法陣は少しだけ見えた、しかし金色は見えなかった。
青色や黄色や緑など、なんだか虹に使われていそうな色の構成だった気がする。
「ごほん……」
「あっ、ゴメンナサイ」
「う、うむ、ではここから少しだけ話を変える」
「話を?」
「ああ。と言っても使用人の仕事の話であることには変わりはないからそのまま来なさい」
ゼラさんについてきて城の端までそのまま歩いていくと、妙に赤黒い石と木材の階段で作られた地下へつながる通路が現われ、降りていくことになった。
降りるとすぐに陽の光の届かなくなり、壁に沿って刺さる松明を頼りにしないと歩けない。
ミミズとかネズミが多い……
「うわ、ネズミ。そ、それでこれはどこまで繋がっているんですか?」
「門だ。門には我々がやらなければならないもう一つの雑用がある」
「は、はあ」
門が何かも分からないからどんな雑用なのかも想像がつかないな。
「そしていくつか話しておくことがある。大事なことだ、ここは……ただの地下通路ではなく竜の血管だ」
「そうなんですか……って、え?」
竜の血管、だって?
「ここは竜の血管の内部だ。ついでに言えばこのアドラマリク魔法学校は竜そのものだ。君が見惚れた廊下は竜の腸を、教室のほとんどは骨の内部にできた空洞を、図書室は胃袋、訓練場は頭蓋骨をそれぞれ魔法を用いて加工して作られている。ファヴ―ルにある、そしてあった魔法学校は全てそうやって建設された」
そうか、だから悪魔竜の名を。
俺が感じた違和感はそれかもしれない、どこも石の建物のように加工されているけれどベースは竜の体内壁だったからか。
今まで見てきた魔法の中でもとんでもない規模の魔法なんだろう。
「移動するのも竜の体をそのまま持ち上げて移動すればいい、だからこの新神聖国ファヴ―ルにも前神聖国の魔法学校がそのまま現存している」
「そうだったんですか、まさかここまで成長する竜がいるなんて」
「古代種、彼らがまだこの世界で最強だとされていた頃の話のことだ」
俺はファヴ―ルを探すために様々なところを旅したつもりだが、そこらで見た竜は一番大きくても人間サイズがやっとだったな。
大昔にはこんなに大きな生き物が空を飛んで炎を吐き生物たちの頂点に君臨していたのか。
「でもなんで今、その話を?」
考えてみれば、その話はファヴ―ルに住んでいれば昔話か何かとしてでも皆知っていそうな話だ。
鳥肌が立ってきた、前を歩いていたゼラさんが突然立ち止まって振り返ってくる。
人気のない通路、叫んでも誰にも届かないだろう、暗くて視界が悪い。
なんだか嫌な予感がする。
「人がいるところでは聞けない質問だ、門に行くついでにここで聞くとしよう」
まさかバレたのか、俺が混血だと?
ゼラさんは右手を後ろに回すと、あの銀髪女のように腰に付けたポーチから倍くらいの長さの短刀を取り出して構えた。切るのではなく投げる風に。
「カイ君悪いね、動かないで聞いてほしい」
「そ、それだと死ぬと思うんですが」
殺気めちゃくちゃ漏れてますよゼラさん……
「ああ、確実に仕留める。それで、私が聞きたいことと言うのはね──」
ゼラさんが言い終えた次の瞬間、バツン! と短刀が全く見えない速さで刺さった。
足元に。
そこでは頭が三角形の蛇が短刀に貫かれてのたうち回っている。
「──竜は好きかい?」
「……はい?」
「いや、ね、私がいくら竜のこと愛して研究しているからと言って、使用人たちを治める長として人前でそれをべらべらと話すような態度はなかなか褒められるものではないのだよ」
「り、竜は好きですけど、ええと、話し相手が欲しかったんですか」
杖を振って短刀を手元まで引っ張り寄せ、ポーチから取り出した真っ白の布で汚れをふき取り恥ずかしそうに頷くゼラさん。
「ああ。それで使用人専用寮で他の使用人と話すこともあってね、たまに竜の話を持ち掛けるのだが、毎回逃げられてしまう」
「あ、ええ? あ、ああ……」
この人もしかして、もしかしてただの竜オタクだったの!?
しかもめんどくさがられているみたいだし……
「竜はイイだろう。人間の生まれる遥か昔からこの世界に存在していた生き物の一種で、つぶらな瞳がとても可愛らしい。どんな金属よりも固いウロコを持ち、古来より人間は彼らはそれを装飾や武器、防具として採取、高額取引、加工している。炎を吐いたり、凍らせたり、雷を操ったりと様々な属性を扱ったりどれか一つを極める種類もいる。魔法学校として利用されている古代種のほかには敵対種や友好種など現在では百を超える種類の竜がこの世界のどこかに生息していると考えられているが私は既に二百三十種の竜を発見したが、どの種も生き残るために興味深い進化をしている。彼らの肉は硬くて人間が食べるようなものでは無い、しかしドワーフや牙の発達した獣にとっては絶品らしい、ちなみに私も食べてはみたがどうも好きになれない。他にも生息地域──」
「ゼラさん?」
「おっと失礼。私の悪い癖だ。カイ君が竜が好きだと分かって、つい。さあ、先へ進むとしよう」
何事もなかったかのようにゼラさんは竜の血管内を再び進みだす。
俺も竜は好きだけれど、ゼラさんほど詳しくないし、元の世界では当たり前だがこちらの世界でもそもそも竜は見たことがない。
竜か、死ぬまでに一匹くらいは見てみたいなあ。
竜、ドラゴンともいうけれど、あれは男なら一度は憧れるロマンだ……!
竜の血管を三回曲がった突き当り。
足の裏が程よく温まってきた頃、血管内よりは薄暗い開けた場所に出た。
赤黒い空間であることには変わりないけれどなぜこんなところにあるのか、小さな木製の小屋が建っている。
その奥には名前の通り俺四人分くらいの高さの正円の門が穴にはめ込むようにあった。
「さて、着いたぞカイ君見てみるといい」
「ここが門ですか、生徒が登下校しているようには見えないですね」
「ここは新神聖国ファヴ―ルをこの場所にするにあたって、あの校長ですら困った懸念点だ」
「懸念点、ですか。あのクソロ……校長にも悩むことがあるんですね」
おっと危ない。
「ああ。その懸念を晴らすために私たち使用人がここで向こうからの来客を監視する」
「来客? この向こうには何があるんですか? あの小屋でお茶でも出してるんですか?」
綺麗な円の形をした門の材質は近づいて見て触ってもよく分からない。
「君の冗談、嫌いではないのだがな……ごほん、タルタスの穴という場所を一度は耳にしたことはあるだろう、その穴は世界樹大森林にいくつか空いている地底世界への入り口なのだが、気をつけなさい、今君が触っている門の向こうがそうだ」
言われて俺はすぐさま門から手を放す。
「ここがタルタスの穴なんですか!? 学校の真下に!?」
よくよく見てみれば門は魔法陣をそのまま刻み込んだような模様だ。
「ここの監視をするのは生徒では力不足、教師たちは面倒ごとを嫌う。それで白羽の矢が立ったのが私たちというワケだ。しかし監視とは言うが校長の封印魔法は完璧に近い、竜で穴を塞いで封印してから未だにもてなしたことはない」
俺たちが話している声が聞こえてしまったからなのか、小屋の明かりが点いたかと思うと、中から使用人の制服……というかこれはメイド服に近いな、それを着て大きな丸眼鏡を鼻でかけた少し上くらいの歳の女性が大あくびをしながら出てきた。
右手で大きく開けた口を塞ぎ、左手で掻く栗色の髪は床すれすれまで伸びきっている。
さらに寝ぐせで四方八方に広がっていて、控えめに言ってボサボサでだらしない。
あくび後の重そうな瞼付きの涙目を擦りながら眼鏡をかけなおした女性は今まで見えていなかったのか、ゼラさんを見た瞬間にビシッと気を付けをする。
「うげっ!? し、使用人長!? きょ、今日もタルタスは平和っすよもちろん! お茶でも飲みますか!? コーヒーですか!? ミルク多めでしたっけ!?」
目を閉じてため息をつくゼラさん。
軽く腕組んでるし、多分怒ってるな。
「ローナイ君。よだれを拭きなさい」
「え!? まだついてますか!? どこっすか!?」
「嘘です」
「えああ……」
怒られてしゅんとするローナイさんとやらは猫みたいに見えた。
猫耳としっぽつけたら元の世界の人の性癖にかなり刺さりそうだ!
「すいません……それで、何をしに来たんすか」
聞きながら既にまぶたがぼたり、ぼたりと落ちてきている。
「特にローナイ君に用はないのだがね、今日からアドラマリクで使用人として働くカイ君を案内しているところだったのだよ」
「カイ・オウルアインです、これからよろしくお願いします」
「オウルアインか……」
ローナイさんは何かを思い出すような、いやただ眠そうなだけか。
「どうしました?」
「えああいや、なんかどっかで聞いたなーと思ったんだけど多分関係ないわ、気にすんな気にすんな」
驚いた、両親のオウルアインの研究がここまで広まって名前が有名になっているのかと思ったけれどそういうわけではないみたいだ。
「それにしても、その歳で生徒じゃなくて使用人になるつもりなのか。もしかしてー、複雑な家庭?」
「え、ええそんな感じです」
なんかガツガツ来るなこの人。
気が強そうで下手なこと言ったら殴られそう……なんでここの女性はみんな野蛮なんだ?
「ローナイ君、気になるのは分かるがあまりカイ君のことを詮索しない方がいい」
「なんでっすか」
「校長から引き渡された子だからだよ」
「あー、なるほど……やめときます」
ローナイさんには何か苦い思い出があるようで、目を細めて遠くを見る。
あのクソロリそんなに信用されていないのか、なんだかほんの少しだけ可哀そうだな。
ほんのちょっとだけ。
「それでは、ローナイ君引き続き監視を頼むよ」
「んえ? もう行くんすか?」
大あくびをしてあからさまに嬉しそうに聞くローナイさんを見てゼラさんはため息をつく。
「寝るなよ?」
「も、もちろんっすよ寝るわけないじゃないですか!」