3 歓迎?
「こっち、早く」
「いてて! 引っ張るな絞まるだろ!」
というわけで俺は今、縄で縛られたまま歩かされている。
最悪だ、何が好きでこんなSMプレイみたいなことをしなきゃならないんだ。
俺の手綱を引いているのはさっき部屋を出ていったはずのセティとか呼ばれていた銀髪女。
ローブはフードだけ脱いで相変わらず着ているけれど、色と模様が変わっている。
魔法学校の生徒っぽい動きやすそうなローブにいつの間にか着替えていた。
あの時部屋から出て行ったはずの銀髪女は出て行ってから数分後、ロリサイコ野郎が杖を振ると新たに黄金の魔法陣が現われ、その輪の中から銀髪女が落ちてきた。
不服、不満しかない顔だったけれどロリサイコが気持ち悪いほど幼女に似合った可愛い笑顔で「買い物」と一言言い放った瞬間、銀髪女の態度が豹変した。
「……いつまで監視してればいいんですか」
「その混血の世界の研究が終わるまででいい、逃がすなよ」
「はあ、校長の結界から逃げられる人はいませんよ。手早くお願いしますね」
「感謝する」
少しはしょったが大体こんな会話だった。
俺には何か追跡する魔法ののようなものがかけられているらしい。
「ここは?」
「十校あった魔法学校のうちの残った五校のうちの一つ、アドラマリク魔法学校の敷地内。はい質問終わり黙って歩いて」
嫌味っぽいとはいえ答えてくれるとは思わなかった、殴られると思って歯を食いしばっていたんだけれど。
「こ、答えてくれてありがとう」
「うるさい」
その昔、銀髪たちの言う純血と混血が仲良く暮らしていた頃の神聖国ファヴ―ルはとてつもなく広い国だったと両親が隠し持っていた歴史書に書いてあった。
魔法によって栄えた国は表の歴史でも裏の歴史でも周辺の国家と良好な関係を築き上げており、全盛期にはバカでかい土地を持つ魔法学校が十校作られたけれどそれでもお釣りがくるほどの国土を得ていた。
それぞれの魔法学校には彼らが体内に竜の涙を流しているように竜の名前を与えられ、ロア事件までは普通の学校として機能していたという。
その事件の後は全ての学校どころか人も国も滅んで消滅したとされていた学校だったが、まさか残っていたとは。
元の世界にあった某ネズミの国にある城を五倍くらいに拡大してとんがり帽子の形の塔や部屋の数を増設させたような巨大な城から出た俺たちはどこへ向かっているのか、レンガが敷かれ、脇には花壇、光の玉が街灯を模している道を歩いて銀髪の女に付いていっていると今度は貴族が住んでいそうな長方形で横に長いお屋敷が見えてきた。
ホテルのように等間隔で窓がはめ込まれ、屋敷の手前の円形の広場には生徒らしき人影がちらほらと見える。魔法学校に通う生徒たちの寮なんだろう。
そんなに生徒がいるのかと思うほど大きなお屋敷だけれど、隣にも二回りほど小さな木製の建物が一軒建っている。物置か何かか?
「こっち来て」
「うげっ」
いきなり縄を引っ張られて俺は屋敷の横の茂みに投げ飛ばされた。
偏見で悪いけれど、俺の体は華奢なな銀髪女に吹き飛ぶくらい持ち上げられるほどそんなに軽くないはずだ。もしかしてこれも魔法の力!?
「痛って! なにするんだ」
「静かに! さっき話聞いてなかったの? あなたみたいな外の恰好をしている人を皆に見せられない」
「あなた? さっきはお前だのクズだの呼んでたのに」
聴こえなかったのか、銀髪女は無視して屋敷一階の角部屋を指さす。
「……そこが私の部屋。窓から入るから」
引っ張られるけれど、少し立ち止まる。
止めなければ生まれて初めて女子の部屋に入ることができたんだろうけれど、気がついていないのなら気がつかれた時が危険すぎるので一応確認してみる。
「俺入っていいのか、女子の部屋に?」
あ、と驚いた顔で俺を見たもんだから目が合ってしまう。
しかし不思議と憎むような目はされなかった。
「嘘だろ、もしかして俺、人間どころかオスとしても認識されてなかったのか」
「ち、違うから。私だけが入る方法を探していただけだから」
「そうか。あ、お前だけならあのロリサイコみたいに転移魔法みたいなの使えばいいじゃないか」
あまり口が動き過ぎると殴られてしまう、そこそこにしておかないと……!
「ロリサイコ? ああ、校長の魔法は私たちのものとはレベルが違い過ぎるから無理。そうね、あな……お前を部屋に入れるのは絶対に嫌。だからそのお隣さんはどう?」
ロリサイコと多分彼女が生まれて初めて耳にしたであろう神聖な単語がすぐ「校長」と変換されることは置いておいて。
お隣さん、と指さされたのは屋敷内の銀髪女の隣の部屋……ではなく建物から見てお隣さん、二回り小さな木造の建物だ。
「ここは? 物置か何かか?」
「この学校内で掃除したりご飯を作ったり生徒のケアを……したりする使用人が暮らしている建物。ここの空き部屋でも貸してもらうの」
「お、俺の存在をいきなり第三者にバラすのか? 明日の朝ご飯は混血のスープと混血のステーキ! なんてことにならないだろうな」
「簡単よ、バレなければいいの。実際、混血か純血か見分ける方法を扱える人間は使用人にも生徒にもほとんどいないし本当は──」
何か言い続けようとしていたところを俺は遮る。
「一番大事なところなんだけど、ほとんどってなんだほとんどって」
「上級生の中でも教師レベルの魔法を扱える人だったり、元魔導士の使用人さんとかは気が付くかもね」
「最悪じゃないか」
「安心して、私を含めて多分誰も食人には興味ないから。毎日の食事に困っているわけでもないし」
「そこじゃないんだけどな……」
ロリサイコと一緒にいた時とは打って変わってよく話してくれる銀髪女。
油断させて何かする気なのかとも思ったけれど、そんな様子も気配もない。
しかしそれこそ魔法を用いた罠なのかもしれない、警戒は忘れないようにしないと。
「何してるの?」
「いや、そろそろ殴られると思って歯を食いしばってた」
「……じゃ、行くわよ」
銀髪の女は杖を振って、髪の色と似た白銀の魔法陣を出現させると何かしらの魔法をかけた。
全く魔法の仕組みを分かっていないので一概には言えないけれど、詠唱をしていないということはそこまで大規模な魔法ではないんだろうなと思う。
縄に引っ張られ、俺は使用人がいるという建物の前まで来ると、なんと縄をほどかれた。
久しぶりに血が通った場所が急に熱くなりピリピリと痺れてくる。
「いいのか」
「その通りで実はバレてしまうとまずいの。でも逃げても捕まえられるから。あとこれに着替えて」
そんな大きいものどうやって入れていたのか、腰に付けた握りこぶしほどの小さな革製のポーチから俺の体に合うのかも分からないスーツをぬるりと引っ張り出して俺の前に広げて空中に浮かび上がらせる。
よく見たらスーツではなく、元居た世界の海外の超豪華&一流なホテルのベルマンの服とかアニメでよくある執事が着るような服だった。
一生に一度は憧れるしオシャレだけれど俺に似合うのか?
はあ、今の一瞬で色々なことが起こりすぎて混乱しそうだ。
後で隙を見て殴られないように一つずつ聞いてみるか。
着替えろと言われたので手を伸ばすと、銀髪が杖を一振り、たちまち俺は気を付けをした状態で金縛りにあった。
着替えてほしいのかそうじゃないのかどっちなんだ!
「動かないで、あな、お前の体の大きさの感覚をつかんだらパパっと着替えさせるから」
もう無理せず普通に呼んでくれたらいいのに、多分誰も聞いていないだろう。
「魔法って便利だなー」
「静かに」
「ゴメンナサイ」
頬をなでる程度のそよ風に瞬くと、目を開いたときには俺の泥や血まみれだった服装は変わっていた。銀髪は丁度俺の下着ていた服を手元でつまみながら焼却したところだ。
「魔法って便利だな……あれ、そういえば俺の手の傷がない」
痛みが飽和していて気が付かなかったけれど、短刀で刺された手のひらは完治していてただ血に濡れた雑巾が巻かれているだけの状態になっていた。
うわクッサ! やっぱこれ雑巾じゃないか!
ここではポイ捨ては駄目なんだろうか、よく知らないけれど臭すぎて我慢できない森の中へ飛んでいけえええ!
でも、いつの間に傷一つ残らず完治したんだ?
「刺されたところ? 確かに。校長が治した? いや、あの人がそんなことするわけないし……」
「壊れるとまずいとか言っていたじゃないか」
「壊れてはいけないのは精神と記憶。あの人は自分が必要でないものだったらいくらでもどうなったっていいの。痛みで精神が壊れることを危惧するならまずナイフで刺すなんてことしないし」
「ひえっ」
「まあそれは後で考えるから今はとにかく入って、そろそろ不可視の魔法が解けちゃうから」
綺麗に手入れされた花壇に囲まれるウッドデッキから玄関へ、軽い木の扉を開くと西部劇の酒場のような雰囲気の部屋が出迎えた。
最初に違和感を感じて目を凝らしてみると窓から射す陽の光は埃の一つも照らさず、手の届かなそうな高さの窓の隅まで汚れは拭き取られ、木製の建物あるあるの天井クモの巣も全く見えなかった。
とてもきれいに手入れされているんだ、この空間は。
でもクモは益虫じゃなかったっけ、まあいいや。
「ここは使用人の休憩する部屋。たまに生徒も来て休んだりするわね、駄目だけど。運が良ければ飲み物とかクッキーとか出してもらえるの」
よく見ると壁にはドアがいくつも並んでいてすべてに名札がかけられている。
ここから吹き抜けになっている廊下と手すりだけの二階部分も同じように壁にドアが並んでいる。
「あなたの部屋はそこの一番端の部屋ね」
「掃除用具入れって書いてあるんですけど」
「そう? ぴったりじゃない」
俺はもちろん女子供には絶対に手を上げない主義というかそれが当たり前というか……そもそも女子と交流する機会を無駄にしまくって生きて来たけれど、その主義を今は少し忘れてしまいたい。
いいですよね神さま? コイツには借りがあるんですよ。
冗談は置いておいて、今は時間的には朝と昼の間らしい使用人の気配がこの部屋からしないということは寝ているか仕事中だろう。
「誰もいないみたいだな」
「ここに、おりますよ」
なぜかあるカウンターの向こうで白髪のおじさんの生首が見えた。
「なんだ、いるじゃない」
「いたのかよ」
小さいのではなく、椅子に座っていたようだ、立ち上がると百七十センチくらいはある俺よりも頭二つ分くらい背が高かった。足が長すぎるんだ……!
ちんちくりんな俺とは違ってベルマン風な制服を着こなすダンディなおじさん。
素人の俺でも、立ち上がるところから俺たちの目の前に来るところまでの所作を見ただけで間違いなく使用人の中でもかなりのベテランであることが分かる。
「ようこそ使用人専用棟へ、どういったご用件でしょう」
「校長から伝言です、この人をここで働かせろと」
「は!? 俺働くの──いでっ!」
何やってんだこの女! つま先を思い切り踏まれた!
嘘だろ!? 俺の存在がバレたら殺されるかもしれないのにここで働けって言うのか!?
「左様ですか……なんとかしてみましょう。あなたのお母様も相変わらずでいらっしゃいますね」
「ごめんなさいゼラさん」
「いえ、とっくに慣れてしまいました、問題ございません」
「ありがとう」
こ、この人は昔からあのロリ野郎のことを知っているみたいだ。
俺の方へ向き直って執事っぽい例をする。
「私はここアドラマリク魔法学校で使用人長を務めさせていただいております、ゼラ・ヨッドと申します。失礼ですが、あなた様のお名前は?」
「カイ・オウルアインです」
俺は名を名乗ってから軽くお辞儀してみる。
「なるほど、ゼロから叩き込まなければいけないようですね。私の指導は厳しいと周りはよく言っているようですが、覚悟はできていますかな?」
「は、はい!」
隣から一瞬えげつない殺気が飛んできた気がする……!
いいえなんて言ったら間違いなく俺のつま先は粉々になっていた。
「それでゼラさん、お願いがもう一つあって、私ももちろん見張っているつもりなんですけど、コイツが逃げないようにお願いしたいんです」
「ほう、何か訳がおありなんですな、かしこまりました」
「じゃ、私これから授業だから。また」
「お、おい!」
別れを告げた銀髪女はそそくさと隣の寮に行ってしまった。
なんて勝手な奴ヤツ! 生かしてもらっているのは感謝するけどまさか働かされるなんて!
元の世界でも働きたくなかったから働かないために頑張っていたのに。
これだったらあの女の部屋に気づかぬふりして入って殴られていたほうがまだマシだったかもしれない。
「カイ君、セティア様とはどういった関係なのかね」
「どういった関係……?」
向こうからしたら奴隷? 下僕? 生き物ですらない敵?
「ええと……」
どう言ったものかと逡巡していると、何かを察して答えを待たず口を開いた。
「答えたくないのならいいのだがね、君くらいの年ならそろそろ自分の気持ちもハッキリさせないと良い人も他の人に取られてしまう」
「え? 何の話ですか」
ゼラさんはふふとダンディーに笑ってカウンターの方へ歩いていく。
「隠さないでも分かっている。仕事仲間としては厳しくいくが、困ることがあるなら相談くらいは聞こう」
「あっはい」
本気で言っているように見えるからまさか俺が外から来たことがバレているのか、もしくは本当に勘違いをしているだけなのか怪しいけれど嫌な雰囲気がしないからまだ大丈夫だろう。
「出身はどこなのかね」
ここは正直に。
「分からなくて」
「ふむ、それも言えるようになったらでいい」
では、とゼラさんは皺となぜか傷だらけの両手を叩く。
「新入り君、早速仕事の話をするとしよう」