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2 拷問

新シリーズよろしくを!

 最近聞いている曲のアラームが部屋に鳴り響く。

「うるっせ……」

 ベッドの上でどうしてそこまで絡まるのか、首に絡まるイヤホンをほどきながら携帯で時間を見る。

「休み」

 休みなわけがない。一時限目から講義だけれど行かない。

 悪いとは思っている。

 自分で進学したいと言って義務教育ではない大学に通わせてもらっているのにこの体たらく。

 両親には見放され、バイトはクビ、一人暮らしはガス、電気、水道まで止められる限界生活。

 ロクな食事もとれず、顔はやつれて、毎日明日の朝起きることができるかどうかの心配が日課だ。

 それにしても。

「久しぶりに変な夢見たな」

 ぐっすり朝まで眠れたのは久しぶりだ。

 最近は空腹と疲労で布団に横たわることすら辛く感じていたはずなのに。

 しかし久しぶりの夢がまさか「気が付いたら夜の森を走って逃げていて、捕まったと思ったら首を絞められて殺される」だなんて。

「最悪じゃんか」

 首を絞められる夢はまあ、イヤホンのせいだろうな。

 水道、は止まっているのでなけなしの金で買ったボトルの水で顔を洗う。

「おわっ!」

 顔に水をかけた瞬間、俺の体は空を飛んだ感覚になって目を開けても暗闇が広がる場所にいた。

 暗い。夢で死んだときと似ている。

 太陽の届かない肌寒い海底で音もなく漂っている、そんな感覚だ。

 ただ今回は沈んでいくのではなく、底から背中何かに押されて浮かび上がっていくような感覚。

 手足の感覚が戻っていき、心臓の鼓動が胸に響くようになってくると、息を吸うことができるようになって生ぬるい風と甘い匂いが肺を満たす。

 体の感覚が鮮明になってきて、二つ、分かったことと思い出したことがある。

 一つはなぜか俺はまだこの剣と魔法の世界で生きていたこと。

 もう一つ、思い出したことは俺は元は別の世界の住人の大学生でだらだらと意味のない暮らしをしていた人間だったということ。

 ……?

 なぜ俺の中に二人分の記憶があるんだろう。

 不思議な気分だ。

 しかしよくよく記憶を探ろうとしてみると、日本にいたころの記憶ははっきり思い出せるのに、こちらの剣と魔法の世界での俺の記憶が曖昧だ。

 それに俺はなぜ両親の研究なんか継いだのだろうか。


「これは……一体どこだ。私たちの知識には無い世界だ」

 知らない女の子の声。口調だけは大人だ。

 目が乾いた気がして瞬きすると、今さっきまで俺がいた場所とは全く違う場所にいることがすぐに分かった。

 夢じゃなかったのか!

 いや、俺また寝落ちしたのか?

 ……顔を洗っている最中に?

 俺の目の前に小型化した花火が咲いていたからだ。

 年頃の男子が想像するものより遥かにカッコよくて繊細で綺麗な金色の魔法陣の正円はここからでも少し温かみを感じる。形を持った炎のようだ。

 ううむ、カッコよすぎるだろ!

 カッコよすぎるけれど、それどころではない!

「目を覚ましたか、穢れた血のクズ」

 俺は部屋の中央で魔法陣の下、木製の手術台のようなテーブルに横たわっている。

 動くことができない俺の体は部屋の中央の木製の手術台のようなテーブルの上に置かれ、動く首だけで見回すと、ローブのフードだけ脱いだアニメや漫画でしか見たことないような美少女と、そいつよりは少し高級そうなローブを着た幼女の二人に囲まれていた。

 部屋は薄暗く、こちらの世界特有の蝋燭の明かりと奇妙な光の玉で照らされている。

 壁や床のいたるところにゲームで出てくるマジックアイテムとか骨董品っぽいものやアイテム合成・錬成盤みたいな台があったり、本棚には金属の飾りが施されている高価そうで大きな本が数多く並んでいる。

 とてもロマンがある部屋だ、こんな世界観のゲームに没頭していた俺にとっては大変そそられる。

 罵るようなセリフが無ければこの空間をVRゲームとして認識していたし、かわいい子たちに囲まれて最高の時間だったろうな。

 あっても()()()()()()()として認識していたかもしれないけれど。

「ここは……」

 声は出るみたいだ。感覚はあるし息もできるけれど完全に体は動かない。

「お前に教えることは何もない、寝ていろ」

 幼女はローブの中から杖を取り出して俺に向かって振る。

 今度は光の玉ではなく、何重にも重なった正円に見たことのない文字が浮かび上がる魔法陣が現われて俺の額に狙いを定める。

「やめろっ!」

 何が起こるのかと、痛みに耐える準備をした……が何も起こらなかった。

「何?」

 やけに大人な言葉遣いの幼女は焦るわけでもなく、厳かに杖を振りなおす。

 しかし何も起こらない。

「まさか反射しているのか? 竜の声も聞くことができない混血が?」

 俺を捕らえて殺したと思われるローブの女は反対に焦りを見せる。

「反射? 校長の魔法が反射されるなんてことがあるんですか」

 校長!?

 まさかこの六歳か七歳くらいの幼女が校長?

 でもよく考えると、こういう魔法の世界ではどこかに必ず永遠の命や美貌を求めて魔法を研究しているキャラがいるのがテンプレだ。

 だとしてもこんなちんちくりんを校長にするなんて正気かよ剣と魔法の世界。

「対策をすれば不可能ではないだろうが」

「あれ、俺なんかやっちゃいまし──」

 異世界ジョークをとっさに思いついて言ったつもりが最悪だ!

 仇となって突如幼女はローブの中から短刀を取り出して俺の動かない手のひらを思い切り串刺しにした。

 クソ! あああああああ!

 そんなに怒ることあるかよ!? 拷問じゃないか!

「っ──」

 俺の全力にならざるを得ない断末魔は平然と無へ返されてゆく。

 俺は情けなく叫んでいるのに全く部屋の中に響かない、というより俺の荒い息遣い以外が消されてしまう無音が続く。

 これも魔法なのかと感心する間もなく激痛の波に襲われる。

「叫ぶな、汚らわしい」

「あれ? 今の魔法は反射しませんでしたね校長」

 ま、まさかそれを確認するために!? このロリ野郎絶対許さねえ!

 痛みの引かない手からは溢れんばかりに血が流れているけれどもちろん止血はしてくれない。

「ふむ。魔法反射魔法でも攻撃反射魔法でもないようだ。特定の魔法に対してのみ発動する反射魔法は無いはずだから……」

「ユグドラシルか竜の呪いの類なんでしょうか」

「だといいな。それ以外だったらお手上げだ」

 答えると沈黙した。このクソ幼女は俺から流れる血をそのままに大きな窓際にある校長室っぽい机に座って本棚の本を杖で呼び出して漁り始めた。俺の体について考え事をしているようだ。

「それで、ここは、どこなんだ」

 声が出た。

 幼女は本から顔も上げずに答える。

「黙れ」

「ゴメンナサイ」

 俺の手から流れ落ちる血を眺めていただけだった銀髪の女は何を思ったのか杖を軽く振ってどこからか舞ってきた布切れを遠隔で俺の手に巻いた。

 意外と優しいんだな……ってクッサ!!

 布切れが一瞬臭ったぞ、雑巾じゃないのか!?

 悪魔だ、ここには悪魔しかいない、バイ菌が入ったらどうする気なんだ!

 そういえば今俺が寝ている台がなんだか手術台のようなんだけれど、ここから死ぬまで解剖されるとか死んでも嫌だぞ。屍になっても俺は抵抗してやる。

 一回死の体験をしているけれど、あれはもう味わいたくはない。絶対に。

 俺の腕の痛みが飽和状態になってきた頃、あまりの静かさに耐えきれなくなったのか、俺を捕らえて殺したほうの女ローブが大きなあくびをした。

 改めて見ると、輝く銀髪が最上級の絹糸のようで綺麗だ。

 目を擦って眠そうにしている顔や手も最高品質の雪解け水で作った氷のように透き通っていて女神とか天使というのはこの人のことを言うのだなと素直に思ってしまう。

 けれども俺と目が合うと途端に本当に汚いものを見るような目で見られるから悲しいな。

 人どころか生き物としても認められていない気がする。

 ドМはこういうのに興奮するんだろうけど。

「先ほどお前の記憶を覗いた」

 また、顔も上げずページをめくりながらクソロリが言う。

「面白かったか」

「いいや全く。しかしお前が元住んでいた世界は少し興味深い」

 興味深い? あのコンテニュー、魔法、ワクワク無しのハードコア人生ゲームがか?

「俺もついさっき思い出したんだ。元はその世界の住人だったって」

「なんだと? 記憶が無いのか」

「無いというよりはあるんだ、二人分の記憶がな。俺が元いた世界のハッキリしている記憶と、この世界の曖昧な記憶。まだ思い出せていないだけなのか俺の夢なのか分からないけれどそこの人に殺されてからごちゃ混ぜになって自分が本当はどちらの人間だったのか分からなくなってきた」

「ユグドラシルの呪いではないか。トリガーは死だな」

「え? どういうこと」

「…………」

 無視された。

 ローブを着た銀髪がこの手術台の横まで来て、俺に触れないようにローブの袖を抑えながら上の魔法陣に触れる。

 紙くらい薄い金属板を隙間を開けて何枚も重ねて指先で軽くたたいた音、としか表現できないシャンシャンと鳴っている黄金の正円を回したり俺たちの元居た世界で言う指で携帯をスワイプするかのように見る。

 近くに来たので見てみると銀髪女の瞳は俺がさっきまで沈んでいた海の色に近い、青。

 そこまで濃い青ではないけれど、魔法陣の黄金がその中で花火を思わせるように弾けてまるで太陽の光が差す海面みたいで綺麗だ。

 人間はこんな綺麗な色を表現することができるのか……

 しばらく見ていると目が合ってしまい、ゴミを見る目で見られた。

「何こっち見ているの、気色悪い」

「ゴメンナサイ」

 泣きたくなってくる。

「今更ですけど珍しいですね、校長が敵を生かしたままなんて」

「死なないからな。さらに記憶を読むなら常温の方が都合がいい」

「お前一回俺を殺してるだ──ぐえっ!」

 寝たままなのをいいことに鳩尾に思い切りこぶしを振り下ろされた。

 叫びは広がらない。

「調子に乗らないで、私たちはいつでもお前を殺せるんだから」

 振りかぶったローブの袖から香る花の匂いが良かったのに、脳の中は激痛と吐き気と目眩のそれぞれで埋め尽くされてしまう。

「だっ……だったら、なんで俺は死んでないんだ、俺は一回……死んだはずなのに」

 そう、考えてみれば俺は一回死んだ。なのに生き返って今ここにいる。どういうことなんだろう。

 まあ、考えられることがあるとすれば俺はあの時絞殺されたのではなく、ただ気を失っていただけということだな。

 死は体験したことは無いけれども、あの感覚が死ではないとしたらなんなんだ。

「お前を生かしているのは利用する価値があると校長が考えたから仕方なくよ。でも校長、ほんとにコレ生かしておいていいんですか? 私は反対です」

「どうしてだ。混血たちに居場所が特定されるような所持品、呪いの類は無し、深層心理には置いてあったが本人は記憶が曖昧と認識して私もそれを覗いて確認している、おまけに家族、友人はおろか帰る場所もない。ましてやこいつが元居た世界は魔法も存在せず剣や槍などの技術力も全く確認できなかった。暴れたとしても抑えようと思えば近くで見るセティなら問題ないだろう」

 不安要素を全て片付けられて押し黙ってしまう銀髪女だったけれど次の瞬間気が付いてあたふたと焦りを見せる。

「ってちょっと待ってください私がコイツの監視するんですか?! ちょっと待ってくださいよ本当にな、何でよ母さ……校長!」

 母さん?

「精神と記憶を壊さなければどう飼っても構わない、雑用させるでも監禁するでもいい。とりあえずソレの元居た世界とやらの研究が出来るまででいいから壊すなよ」

「人を壊したことなんてないですし、嫌ですよ周り──」

 被せるようにクソロリが言い放つ。

「周りの目が気になると言いたいんだろうが、最強の魔法使いになりたいと言っていたセティのためを思って友達など作らせていないだろう。誰の目を気にするというんだ」

「前から言ってるけど! 最強になるためには友達は必要ですから! 校長がこんなことばっかり頼むから引かれて私の周りから人が離れていってるんですよ! 私は嫌! ここに檻でも置いて入れとけばいいじゃないですか!」

 な……なんか親子喧嘩が始まった。

 気まずい。

「汚らわしいだろう」

 顔を上げず言い放つ。

 その言葉はまっすぐ俺に刺さる。

 汚いって……

「私だってこんな汚いヤツ世界樹大森林の中にも入れたくないですよ! あー! なんでこういつも母さんは……!」

 ちなみに世界樹大森林は世界樹を中心に正円を描くように広がる世界一広い森で、端から端まで馬車で移動しても三週間はかかる。

 入るたびに形を変えると言われているこの森の中には現在でも見つかっていない種族や生物がいるとされている。

 このファヴ―ルに住む竜の涙を持つ人間たちもその一つ。

 静かになったかと思えば、両手の握りこぶしを床に突き出して震える銀髪女。

 輝く絹糸のような銀髪やローブのすそや袖がゆらゆらと逆立ち、周りのものがかすかに震え始めた。

 ロリの後ろの大きな窓にひびが入る。

 ちょ、ちょっとやばいんじゃないかこれ!

 スーパー○イヤ人になる直前もこんな感じだっただろ!

「セティア。学校では──」

「校長と呼んで敬語を使うことでーすーよーねー! とにかく私は絶対に嫌だ!」

「こら、セティ」

「知らない!」

 若干違和感のあるガキみたいな怒り方。氷の彫刻にルビーでも埋め込んだかのように真っ赤にして、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 重い木の扉を思い切り閉める音に毒親クソロリサイコは瞬き一つせず本を読み進めているけれど、机に立てた人差し指がコツコツと怒りのビートを刻み始める。

 なんだか今一瞬、棚に飾られているガラス製の何かからひび割れる音がした……

「…………大変なんだ……ですね」

「黙れ」

「ゴメンナサイ」 


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