『建国祭 剥き出しの欲望』
「さぁ、みなさん。もう少しですよ」
ほんの数十秒前まで、ルーベリアは普段と変わらず仕事に励んでいた。
学院の催しは夜には終わるので、ここまで頑張った生徒たちを労い最後のふんばりを鼓舞していた。
「なに?」
そのとき、刺すような視線を感じた。
真っ直ぐと得物を睨む狩人のように鋭い。心の奥底まで見透かされ、体が溶けていく感覚がルーベリアを襲った。
「あぁっ……きあ……っあっあっあっ!」
心も体もなにもかもが溢れ出る。
隠してきた恥ずかしさも、醜さも、愚かさも、すべてがさらけ出てしまう。
「いいのよ、かわいいユダ・マリア。貴女のすべてを見せてごらんなさい」
不気味な声が頭に響く。
止まる気配のない羞恥心と苦しさに、ルーベリアは悶えた。
「先生!」
「ルーベリア先生! 大丈夫ですか?」
近くにいた生徒が心配して駆け寄る。
大丈夫だから、離れなさい。
ルーベリアはそう口にしたつもりだったが、実際に発した言葉はべつのものだった。
「私……きれい?」
その瞬間、ルーベリアから眩い光が発せられた。
「アァ……」
「キ……レイ」
その姿を見た学院の者たちは全員、激しい絶頂に似た感覚を感じ気を失った。
ルーベリアは昨夜鏡に見た理想の姿に変わり、内から溢れる衝動を抑えることができなくなっていた。
求められたい。
褒めてほしい。
見惚れてほしい。
すべてが欲しい。
もはや衣服すらも邪魔になり、破り捨てた。
「あははははははははは!」
欲望と力の赴くまま空へと上がり、発散の場を求め王都へ飛んだ。
そして、現在。
人々の注目を集め、生まれ変わった肢体を見せびらかしていた。
「はあぁぁぁぁぁああ……快・感! もっと見て! 美しい私を!」
見上げる人々は恐怖や好奇心など様々な感情でルーベリアを見ていたが、男を中心に徐々に色欲を抱き始めていた。
「ね、ねぇ。あれ、本当にルーベリア先生なの?」
その中で、武器を構えたテーベ村騎士団の面々は警戒をしつつ驚きを隠せずにいた。
「そんなはずない! ルーおばさまは、あんなのじゃない!」
モモが震えながら否定する。
「……認めたくないけど先生だろう。でも、本人の意思でああなったとは考えにくい。みんな、警戒しつつ街の人の避難」
「ああああっ!」
上空を卑猥に漂っていたルーベリアは、途端に声を上げた。
視線は真っ直ぐ王城に向いている。
「サタナシアあああああああああ!」
流星の如き速さで、城へと飛んだ。
狙いは部屋の中に入ろうとしていたサタナシア。バーバラが張った魔法は見破られ、一直線に飛びかかる。突然の行動に、ナミラも反応が遅れてしまった。
「下っていろサタナシア! みんないくぞ!」
アレクのかけ声で、四勇士はテラスに並び四天聖具の封印を解いた。
「北天槍グングニル!」
「南天大剣ジョワユーズ!」
「西天剣アスカロン!」
「東天王剣エクスカリバー!」
現れた四天聖具から、聖なる光が迸る。
「『四天聖域!』」
四つの聖なる武具から、虹色の光が放たれた。
それらはひとつの帯となり、王城を包んだ。あらゆる攻撃から対象を護り、邪なる存在を弾き滅する。
四天聖具でのみ創り出せる、最強クラスの結界である。
「あああああああああ!」
揺らめく光に触れた瞬間、ルーベリアは悲鳴を上げた。
激しい雷光に似た光が起こり、彼女を拒絶した。
「サタナシアぁ……あんたよりも、私のほうが美しいのよぉぉお!」
部屋の奥でうずくまるサタナシアを、険しい顔で睨みつける。
しかし、テラスで剣を構えるアレクに視線を落とすと、一転して猫撫で声に変わった。
「ねぇ〜、アレクもそう思うでしょう? あんな女より、私にしましょうよぉ〜。ね? ほら、また私のグレイヴになって?」
蠱惑的な笑みで見下ろす姿は、とても美しい。
しかし、アレクにはひどく悲しく見えた。
「ルーベリア……先生」
恩師であり、心から信頼する魔法使い。
アレクは過去の協力関係から、ガルフよりもルーベリアに信を置いていた。そんな相手の変貌が信じられず、頭がついていかない。
「私のアレク、私のグレイヴ! ほら、一緒に踊りましょう? 私と共に永遠に」
「『轟雷の鉄拳!』」
愛を謳う魅惑の女を、巨大な雷の拳が襲った。
「きゃあ!」
拳はルーベリアを上空へと追いやり、アレクたちの視界から消えた。
「……信じたくない状況じゃの」
魔法が放たれた方向から、魔法の絨毯に乗ったガルフが現れた。
「ガルフ様!」
「学院長ならびに王の側近、雷迅の賢者として命ずる。お主らはこのまま結界を維持、城を守れ。アレク、サタナシア皇女には結界の力が強過ぎるようじゃ。今、メイドと護衛の兵が来る。地下に退避させよ」
アレクがハッと振り向くと、うずくまったまま苦しむサタナシアの姿があった。
「すまない、サタナシア。あの、父上は」
「心配ない。すでに避難した……さて、行くかの」
ガルフはいつになく険しい顔で、自身が放った雷を追った。
鉄拳は爆散し役目を終えたが、ルーベリアの身にダメージはなかった。
「ダンスの相手なら、儂が務めようて。のぉ、ルーベリア?」
「あぁ! ガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフガルフ! 愛しい貴方! ようやく私を受け入れてくれるのね!」
まるで少女のように顔を赤らめさせ、喜びに体をくねらせる。
昔から知る幼馴染みではあり得ない挙動に、ガルフは冷や汗を流した。
「ルーベリア、いったいその姿はなんじゃ? お前になにが起きた?」
「きれいでしょう? すごいでしょう? これなら、私の愛を受け止めてくれるわよね? 貴方にフラれた若いときよりもすっごくきれいだもの! これならいいでしょう? ねぇ?」
聡明な彼女ではあり得ぬほど、まるで会話が成立しない。
「……ルー」
「なぁに? その目」
ピタリと動きが止まり、冷めた視線をガルフに向ける。
「……あぁ、分かった。雷迅の賢者にふさわしいか知りたいのね? いいわ、見せてあげる」
フッと笑みを浮かべ、ルーベリアはガルフを指差した。
「『竜巻の咬牙』」
「なに!?」
四本の竜巻がガルフを捉える。
かつてナミラも使った風の上級魔法だが、ルーベリアは杖もないままに詠唱破棄で放ってみせた。
「ぐおおおおおっ!」
竜巻の牙に全身を引き裂かれ、ガルフは苦悶の声を上げた。
「あはははははははは! どう? すごいでしょう? もっといいもの見せてあげる!」
落下するガルフに目もくれず、ルーベリアは中央広場へと飛んだ。
「待て、ルー。それ以上、狂ってしまうなっ!」
手を伸ばし必死で紡いだガルフの言葉は、遠ざかる友に届かなかった。




