『建国祭 王たちの準備』
「……なにをしているのですか?」
二人は狭い車内ではしゃぎ続け、城に到着したことに気づきもしなかった。
そのせいで、出迎えの為に待っていた王立学院副学長のルーベリアに冷ややかな視線を送られてしまった。
「あ」
「ル、ルーベリア先生……」
気まずい空気の中、ナミラたちは馬車を降りた。
ルーベリアは黙って二人を見つめ、軽くため息をついた。
「謁見の間で、王とガルフ学院長がお待ちです。グレイヴ……アレキサンダー王子は、着替えてからいらしてください。ナミラ・タキメノは私と共に向かいます」
「え? べつにこのままでも」
異を唱えようとしたアレクを、ルーベリアは黙って睨みつけた。
「着替えてきます」
涙目になったアレクは、逃げるように去っていった。
「……さぁ、行きますよ」
ナミラの目を見ようともせず、ルーベリアは歩き始めた。
(俺この人苦手なんだよなぁ。入学初日で完全に嫌われたし)
無言で歩き続けながら、ナミラは言いようのない居心地の悪さを感じていた。
ルーベリアはかつて、アレクの計画に深く関わっていた。貴族優位の社会を確固たるものにするという考えに共感し、グレイヴという仮の姿を与えた。だが、ナミラたちをきっかけにすべては白日の下に晒され、アレクの思想まで変わってしまう。
恐らく並みの覚悟と苦労ではなかっただろう計画を、突然現れた田舎者に潰されたのだ。嫌われるのは当然だし、恨まれても仕方ない。
しかし、そんな事実を踏まえずともルーベリアには人を寄せ付けない独特の雰囲気があった。相手を刺すような厳しい目つきと副学長まで上り詰めた実力は、老齢の女性とは思えない迫力を作り上げている。
「……私は貴方たちが嫌いです」
人の気配が周囲から消えた中庭の廊下で、ルーベリアがそっと口を開いた。
「私も賢者塔に拾われた貧しい出自の女です。ですが、だからこそ血筋と資質の双方に優れた者が人を統べるべきだと思います。卑しい身分の人間が力と地位を身につけるとどうなるか、よく知っていますから」
ルーベリアは眉をひそめ、庭に咲く美しい花から目を逸らした。
「……アレクの理想はわたくしの理想でした。グレイヴは、私の理想の生徒でした。それを貴方たちは壊した。私の夢を」
前を歩いていたルーベリアは足を止め、ローブを翻して振り返った。
「ですが、恨んではいません」
ルーベリアは入学以来、初めてナミラの目を見つめた。
ピンと伸びた背にふさわしく、堂々とした貫禄がにじみ出ている。刻まれた皺のひとつでさえも誇らしく、威厳があった。
「真面目に学び己を高めようとする志を、私は最も尊いものだと考えます。貴方たちにはそれがある」
「でも、嫌いなんでしょう?」
ナミラの問いに、ルーベリアはフンッと鼻を鳴らした。
「嫌いです。ですが、学院に籍を置く以上私の生徒です。生徒を守り、導くのが教師たる務め。わたくし個人の感情は二の次です」
穏やかな風が、中庭を吹き抜けた。
「ですので……これからは、なにかあれば遠慮なく私のことも頼りなさい。副学長として、力になりますよ」
初めて見せた微笑みは慈愛に満ち、子を想う母親のようだった。
ナミラが怪我をしたとき、実は教師としてとても心配していた。しかし、ちゃんとけじめをつけなければ行動ができない。そんなルーベリアの不器用な優しさに苦笑しつつ、ナミラは胸に広がる温かさとどこか懐かしい気持ちを感じた。
「ありがとうございます……先生。そのペンダントは?」
ナミラはルーベリアが首から下げた金のペンダントに、懐かしさの理由を垣間見た。
「これは先祖代々受け継いできたもの。どんなに貧しくても、これだけは手放さずにいた誇りです」
「そう……ですか」
魂の中で、ひとつの前世が感動に震えているのが伝わった。
ルーベリアもまた、前世に縁のある者だったのだ。
「私はこのペンダントに誓って生徒を愛し、命を賭けて守ります……さぁ、急ぎましょう。王をお待たせするなんて、とんでもないことですからね」
「はい」
表情と纏う空気が柔らかくなったルーベリアの背中を、ナミラは愛おしそうに見つめながら歩いた。
「また会えて嬉しいよ。ユダ・マリア」
聞いていないはずの姓をそっと呟き、溢れそうな想いを仕舞った。
「待っていたぞ」
謁見の間に到着すると、玉座に座ったルイベンゼン王が声をかけた。
威風堂々とした態度は変わらないが、目の下には薄いクマが出来ている。
「息子はどうした?」
「お着替えに行かれました。ずいぶんとラフな格好をされていましたから」
ルーベリアが答え、眼鏡をクイッと上げた。
「よくやってくれた。もしそのまま来ていれば、恥をかいたのはアレクだろう。見栄を張りたい相手がいるのだからな」
王が指差した先には、開け放たれた窓があった。
そしてさらに向こうでは、ガルフの魔法の絨毯が縦横無尽に飛び回っている。
「のわああああああああ!」
「きゃはははははははは!」
アクロバティックな飛び方をする度に、絨毯からは悲鳴と笑い声が響いた。
悲鳴の主はガルフであり、笑い声を上げる女性は皇女サタナシアであった。
「なにをやってるんですか……せっかく防音の結界を張ったのに」
「だからやってるんだよ、ルー。アレクの一件を不問にしてやったんだから、これくらい大目に見ろ」
痛いところを突かれて、さすがのルーベリアも押し黙った。
「……さてナミラくん。きみのことだ、三日前の事件については聞いているな?」
王の低い声に、ナミラは真剣な顔で頷いた。
そこで馬車で分かったことを説明したが、ウルミや魔族たちのことは隠した。
「そうか……ならば、王からの勅令として調査を頼む。必要なものがあれば、なんでも言うといい。金にも糸目は付けん」
王の顔は怒りで染まり、王笏を力の限り握りしめた。
「レオナルドをあんな目に遭わせた者を、許すことなどできん。見つけ次第連れてきてくれ。獅子王の逆鱗に触れるとどうなるか、首をはねる前に教えてやらねば気が済まん!」
溢れた強力な闘気で、窓や絵画の額縁に亀裂が入った。
ナミラは以前見たルイベンゼンが持つ金の冒険者等級を思い出したが、本来の力はそれ以上だと確信した。
「御意。必ずや見つけてみせます」
ナミラは膝をつき、敬意をもって頭を下げた。
「うむ。期待しているぞ」
「遅くなりました!」
ナミラが立ち上がると同時に謁見の間の扉が開き、王子の召し物に身を包んだアレクが現れた。
「あー! 楽しかったー!」
「は、吐きそうじゃ」
スッキリとした笑顔のサタナシアと顔色の悪いガルフも戻り、王が呼んでいた者たちが揃った。
「雷迅の賢者がなんてザマですか」
「反論する元気もないわい……」
ルーベリアが呆れた視線をガルフに送った。
「あら、ナミラくん。ごきげんよう」
「サタナシア様も、お元気そうでなによりです」
ナミラが頭を下げ再び上げると、サタナシアは目元を隠す仮面をつけていた。
「どうですか? かわいいでしょう? 建国祭ではこれをつけて歌います。アレクが選んでくれたんですよ!」
満面の笑みで語るサタナシアは、城に現れたときとは別人のように明るく弾んだ声をしている。
気力も体力も回復したらしく、仮面越しにアレクに向けられた視線も隠す気のない甘い感情が込められていた。
「お似合いでございます。さすが、一番近くで貴女様を見ている王子のチョイス」
「バカにしてるだろお前」
アレクが拳を構えようとしたとき、ルイベンゼン王が手を叩いた。
「惚気はあとにしてもらおう。今日は建国祭の件だ」
議題を聞いて、各々真剣な顔つきに戻りサタナシアは仮面を外した。
「今サタナシアが言った通り、彼女には当日歌を披露してもらう。正体は隠しておくが、聴けば気づく者もいるだろう。だが、北の歌姫と呼ばれた歌声はきっと国民の癒やしとなる」
サタナシアは緊張の面持ちで、王の言葉を聞いていた。
「しかし、ただでさえ左大将軍不在の祭りだ。警備や防衛は例年通りとはいかん」
つい先程とは打って変わり、ピリついた空気が六人を包む。
「レオナルドの代わりはガルフが務めよ。学院のことはルーベリアに一任する。生徒たちを頼んだ」
「「御意」」
熟練の魔法使い二人が深々と頭を下げた。
「だが、学院から何人か警備にもらうぞ。アレキサンダー、四勇士と共にサタナシアの身辺警護を。学院に封印してある《《四天聖具》》の使用を許可する」
「はっ!」
アレクは今までになく神妙な面持ちで、膝をついた。
「そして、ナミラくん」
荘厳に輝く瞳が、ナミラを真っ直ぐ見つめる。
「きみとテーベ村騎士団は街の警備を。冒険者と同様の扱いだが、余の名において当日のみ王直属の私兵とする。この特権、きみならば正しく使ってくれると信じている。余の信頼を裏切るなよ?」
「はっ!」
一言一句が重くのしかかる。
だがナミラは王の威圧に負けず、堂々と答えた。
「サタナシア。お前にも期待しているぞ」
「はい。拾っていただいたこの命、お役に立てるなら何なりと」
「では、当日の流れなどを確認しましょうかの」
ガルフが懐から王都の地図を取り出し、綿密な打ち合わせが始まった。




