『建国祭 共通点』
「お疲れ様でございます。アレキサンダー様、ナミラ様」
タキメノ家の屋敷へ出ると、一人のメイドが頭を下げて出迎えた。
すでに臭い消しの香を焚いており、玄関に向かうまでに選ぶ香水まで準備されている。
「ありがとう、ウルミさん」
「いえ。ナミラ様のためなら、このウルート・ミズチ。なんでもご用意致します」
無機質なジト目の顔に少しばかりの笑みを添えた彼女は、暗殺者闇猫ことウルミ本人に他ならない。
「ウルミという偽名は、本名のニックネームを使っていたんだな」
抜け穴のある酒蔵庫をあとにし、アレクはモモの花の香水を受け取った。
「えぇ。今は本名を名乗りウルミとは別人として働いています」
「とりあえず基本的に外出はせず、母さんの側に付いてもらってるんだ」
ナミラはスターチスの香りを身に纏い、玄関に向かった。
「シャラクさんは買い出しに街へ出られています。では、いってらっしゃいませ」
ウルミのお辞儀に見送られ、二人が乗った馬車は王城を目指して進んだ。
「さっそくだが、アレク。レオナルド将軍の容態は?」
ナミラの問いに、アレクは悲しげに首を振る。
「生きている理由を聞かれれば、左大将軍だったからとしか答えられん状況だ。常人ならとっくに死んでいる」
ため息をつきながら、アレクは懐から一枚の紙を取り出した。
「犯人の唯一の手がかりがこれだ。胸に刺したままで放置されていた凶器の剣。なにか分からないか?」
剣の細部まで描かれた紙を受け取ると、ナミラは目を見開いた。
「……ヒタイト・コレクションだ。銘は魚影豊剣」
「なんだと! なら下手人は暗殺者か……」
なにか言葉を探るように一呼吸を置くと、アレクは厳しい目でナミラを見た。
「ウルミがお前を狙った理由は分かったのか?」
疑心の王子が言わんとしていることを悟り、ナミラは静かに頷いた。
「母親の代から続く顧客が依頼してきたそうだ。ただ、会ったこともなければ顔を見たこともないらしい。いつも同じふくろうが手紙を持ってきて、一度読むと紙は燃え尽きたと」
「報酬の受け取りは?」
「それについては方法が分からない。いつの間にか、アジトに報酬が置かれているんだそうだ。母親からは生前、この客だけは裏切るなとまで言われていたらしいが……まぁ、死んだことになっているし、彼女の安全は大丈夫だろう」
アレクが頷くと、祭りの準備に勤しむ人々の声が聞こえてきた。
一見平和な日常の一時だったが、表情にはどこか拭いきれない不安がにじみ出ている。
「今回も依頼したのは同じ者だということか」
「そう、だな」
返されたナミラの返事は、どこか煮えきらない。
「どうした?」
「いや……もし暗躍している者が同一人物だとして、俺とレオナルド将軍を狙う理由が分からない。ウルミさんの話では、依頼主は俺を名指しで殺せと言ったそうだ。父さんのことには触れず、あの夜に俺を殺し母さんは監視を続けろ。母親を殺すときには改めて依頼する、と」
「どういうことだ? お前を知っていて御父上を知らないわけがないし」
アレクが眉間にしわを寄せる。
「本当に、考えれば考えるほど謎が多いんだよ。知り合いにも頼んで色々調べるつもりだ」
「知り合い? 信用できるのか? 俺に言ってくれれば、大概の人間から話は聞けるぞ?」
「蛇の道は蛇ってね。信頼できる相手だから大丈夫だよ。建国祭で忙しくなるだろうから、そのへんは申し訳ないけど……もう、なりふり構っていられないさ」
穏やかな口振りの中に潜む、燃え滾る覚悟。
正面のアレクはその片鱗を感じ取り、思わず身震いした。しかし未だに見えぬ事態の底に、車内はいつの間にか軍議のような重い空気に包まれていた。
「……そうだ! 建国祭だが、アインズホープからも出し物があるからな!」
そんな空気を変えようと、アレクが明るい声を発した。
友の声から感じたものは覚悟だけでなく、隠しきれない疲労感があった。父王ルイベンゼンは人々の混乱を鎮め、つかの間の癒やしにと建国祭の開催を決めた。その意図を誰よりも知るからこそ、目の前の友人にもせめて祭りを楽しんでほしいと思っていた。
「え、それって俺も?」
「当たり前だろう。魔族たちの歌と踊りも大事だが、テーベ村騎士団にはスピーチと技の披露をしてもらうからな!」
「マジかよ〜」
苦笑いのナミラを見て、アレクも自然と笑顔になった。
「それに、今回は目玉もある。きっと、父上はそのことで話があるんだろう」
「目玉?」
「サタナシアの歌を披露する」
思いがけない言葉に、ナミラは思わず吹き出した。
「はぁ? もう世間に公表するのか?」
「それは隠したままだ。あくまで謎の歌姫ってことで、仮面でもつけて歌ってもらうんだ」
「おいおい……まぁ、詳しいことは王にツッコむとして、アレクはサタナシアの歌を聞いたことがあるのか?」
「あぁ。北の童歌や子守唄を聴かせてもらったよ……本当に、美しかった」
「いつ聴いたんだ?」
「一番最近だと昨日……」
美しい旋律を思い出しうっとりとしていたアレクだったが、すぐに「しまった!」という顔でナミラを見た。
顔を覗き込むナミラはニヤニヤと笑い、友人の惚気を楽しんでいる。
「お熱いようですなぁ。でも、最後の一線は守れよ? 匿ってるのはあくまで皇女ひとりだからな?」
「わわ、分かっている! まだ手も握っていないし、俺が学院を卒業するまでそういったことはなしの約束だ!」
「かぁ~! あまりに純朴なんで、バボン王が驚いてるよ! もしスキルに不安があるなら、サキュバス四百八十手、アルーナの姿で教えてやろうかしらん?」
「やめろ! 不敬罪でひっ捕らえるぞ貴様!」
先程までのどんよりとした空気は消え去り、馬車の中は少年二人の楽しげな騒ぎ声が響き渡った。




