『犯人の瞳』
「ナミラ……いいか?」
「お望みなら、もっと大きく固くできる……」
荒い息遣いと滴る汗が、視線を独り占めする。
誰もが見惚れる体が二つ、ベッドの前で披露されていた。
「いや、やめろ! 絵面が暑苦しいんだよ!」
見事な肉体美を見せつけていたダンとテネシーに、ナミラが見舞い品のリンゴを投げつけた。
「なんでだ! 俺たち二人、この日のために最高の状態に仕上げてきたんだぞ?」
「このクソ暑い日に何人もいる部屋の中で! 二人のゴリマッチョがポージング決めたら暑苦しいですよ!」
テネシーが驚き、愕然とした。
「ふぉごごごごふぅ!」
「なに言ってるか分かんねぇよ!」
ダンは投げられたリンゴを口でキャッチしており、果汁を撒き散らして反論した。
「だから言ったじゃん、やめたほうがいいって。ねぇ、ルノア先輩?」
デルが呆れ顔で、そばに立つ眼鏡の四勇士に声をかけた。
「そうだとも。こんな暑い日には、ボクの知識とデルくんの技術で作り出す臨場感たっぷりの寸劇がいい!」
恐らくこちらも練習を重ねてきたであろう持ちネタの存在を、二人はドヤ顔で言い放った。
「へぇ~、寸劇ってどんな?」
「ふふふ。この屋敷は何度か建て替わってはいるが、昔から北の帝国用に管理されていてね? 大使館としても利用されたこともあるほどだ。そんな歴史豊かな場所には必ず、あるものが存在する!」
「それは?」
「怖い話! このボクが読み漁ったこの屋敷にまつわる怪談をご披露しよう!」
「却下!」
声高らかなルノアと、どこからともなく不気味な装飾を出したデルは、ナミラの即答にショックを受けた。
「なぜだ! 地下から聞こえる謎の声とか、謎の魔女とか面白い話がたくさんあるんだぞ?」
「単純に怖いからだし、今言っちゃダメでしょ」
四人がうなだれていると、部屋の扉が開きバーバラとアニ、モモ、ニコニコ顔のファラが入室した。
「まったく、外まで馬鹿みたいな声が聞こえていましたわよ。さ、ナミラさん。こちら、わたくしの家からお持ちした特別な茶葉ですわ。お母さまの美味しいお菓子といっしょに、召し上がってくださいまし」
縦に巻かれた金髪の髪が、優雅に優しく揺れた。
「ナミくん。実はね、アニちゃんとモモちゃんもお菓子作り手伝ってくれたんだよ」
ファラが嬉しそうに皿を出すと、アニとモモが恥ずかしそうに進み出た。
「あ、あの、一応上手く出来たとは思うけど」
「む、無理して食べなくてもいいからね! でも、あの、はやく元気になってほしくて、頑張ったから!」
二人の少女は頬を赤らめ、少し不格好なお菓子を差し出した。
「ありがとう。二人が作ってくれたものだったら、なんでもいただくよ……うん、美味しい!」
ナミラの優しい言葉と微笑みに、アニとモモの顔はパッと明るくなった。
「はぁ……眼福ですわぁ~」
その様子を、バーバラが恍惚の表情で見つめていた。
どうやらモモも愛でる対象になったらしく、今や学院では名物三姉妹として一部の女子生徒の間で憧れの的となっていた。
「これだよ。これが怪我人への正しいお見舞いだよ」
先程までとは違う正統派の癒しに、ナミラは満足気な笑みを浮かべ、男四人は悔しそうな顔をした。
マーラの襲来から二日が経ち、ナミラの怪我は完治こそしていないものの順調に回復している。
友人たちの関係が良好な様子に安堵しつつ、ツッコミを入れられるほどの元気が戻っていた。
「遅れてすまない!」
紅茶と焼き菓子の香りに満たされた部屋に、アレクが汗を拭きながら入ってきた。
「遅いぞ! 腕立て百回!」
「勘弁してくれテネシー。これでも急いで来たんだ……ファラさん、迎えの馬車が参りましたので待たせてありますよ」
友人に向ける顔と王子の微笑みを使い分け、アレクはファラに声をかけた。
「あら、もうそんな時間なのね。は~い」
「母さん、城に行くの?」
ナミラが目を丸くした。
「えぇ。右大将軍の奥様から、貴族の嗜み? っていうのを習ってるの」
「……大丈夫?」
ナミラの心には、選民思想や貴族社会特有のいじめなどの危険が過っていた。
そんなドロドロしたものを、ファラに触れさせたくはなかった。
「うん! とっても楽しいんだよぉ~!」
息子の心配をよそに、ファラはいつもの調子で笑った。
「奥様、とってもいい人で色んなことを丁寧に教えてくれるの。それに、今日からブルボノ様の奥様も合流されて、にぎやかになるの。楽しみで楽しみで」
その笑顔に嘘偽りはなく、むしろファラは慣れない王都で見つけた一番の娯楽のように思っていた。
「そっか、ならよかった」
シュウが王都を離れ自分も負傷した今、母の楽しそうな姿はナミラにとっても嬉しいものだった。
「じゃあ、いってきます。みなさんも、ゆっくりしていってねぇ~」
自分よりも身分が遥かに上の王子や四勇士にも、ファラは変わらない笑顔を向けた。
五人はその分け隔てのない振る舞いを見る度に、平民を蔑んでいた過去の自分が小さく思え、ファラのことは好意的に思っていた。
そんな温かい後ろ姿に四色の光が微かに光ったが、ナミラ以外の者が気づくことはなかった。
「ナミラ、調子はどうだ?」
友人と後輩たちの歓迎を受けながら、アレクがナミラに笑いかける。
「あぁ、だいぶ良くなったよ。無理をしなければ闘気も練れるし、魔法も中級までならいける」
「そうか、よかった。サタ……城の者もよろしくと言っていたよ」
皇女サタナシアの存在はまだ対外的には極秘であるため、ナミラとアレクは『城の者』という隠語を用いていた。
王の命令で、彼女になにかあればナミラにも伝えることになっている。アレクは今日もここへ来る前に話をしてきたのだが、瞳から伝わるのは気の早い惚気の空気だけで、暗殺者の気配や体調不良などは無いようだ。
「……ねぇ、ナミラさ。なんか雰囲気変わった?」
しばらく黙っていたアニが、探るような視線をナミラに向けた。
「え? そう?」
「うん。なんか垢抜けたっていうか、大人びたっていうか」
ナミラの脳裏にマーラとの一夜が過ぎり、紅茶をむせてしまった。
鋭すぎる女の勘に冷汗が流れる。
「大丈夫? やっぱり、なにかあったんじゃ」
「べ、べつになにもないよ。本当に、いやマジで。あ、モモ! そういえば新しい超天魔法の構想が出来たんだよな?」
「うん! えっとね、水の超天魔法なんだけど……」
無理やり話を振ると、モモはナミラの意図を知らぬまま嬉しそうに喋り始めた。
普段と違い饒舌なモモの姿と、この少女からしか聞けない最強の魔法についての話は、学院に通うものなら誰しも興味をそそられる。四勇士やテーベ村騎士団の面々も例外ではなく、アニはナミラへの追及どころではなくなっていた。
「……あ、もうこんな時間!」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、壁に掛けられた振り子時計は寮の門限が近づいていることを知らせた。
同時に、扉からノックの音がする。
「失礼します。皆様、お迎えの馬車が参りました」
ピンと背筋の伸びた姿勢で、タキメノ家に仕える執事のシャラクが扉を開いた。
整えられた身なりは見栄え良く、耳に心地いい声で敬意を込めたお辞儀をする。主人より目立たず、それでいて主人の自慢となる洗練された立ち振る舞い。ベテランの執事が醸し出す上質な空気に、少年少女たちは思わず見惚れてしまった。
「ん? いかがされましたか?」
「い、いえ、べつに。じゃあね、ナミラ!」
アニが慌てて取り繕うと、他の友人たちもそれに続いた。
それぞれナミラに別れを告げると、馬車を待たせる正門に向かった。
「あ、シャラクさん。ちょっと待ってもらっていいですか? 見送りなら大丈夫ですから」
みんなの後を追おうとしたシャラクを、ナミラが呼び止めた。
「……分かりました。なにか、この老体に御用でございましょうか」
シャラクは詮索しないまま頷き、扉を閉めて二人きりになった。
「まぁ、ね。ちょっと聞きたいことがあって」
「はい。なんでございましょう、坊ちゃん」
糸目に口髭、きれいに整えられた白髪のシャラクは穏やかに言った。
「単刀直入に言う。ウルミさんと俺を助け、嘘の情報を流したのはあんただな?」




