『サキュバスの姉妹』
「あらぁん? 不思議な匂いがするわね? 童貞なのは間違いないけど……なんだか大人の香りもする。そそるわねぇ〜」
艷やかな紫で彩った唇を、マーラはペロリと舐めた。
最低限を極限まで突き詰めた布面積しかない衣服は、少しの動きで色んなところが飛び出してしまいそうだ。
「な、なんで俺を狙う? 王都なら、もっといい男がいるだろうよ」
ナミラは舌を噛み、必死で魅了の魔力に抗いながら言った。
「あなた、すっごく強いんでしょう? 魔力や闘気が強いほど、イイコトをして得られる生気がたくさんあるの。さらに童貞なら、エネルギーが十倍にまで膨れ上がるのよ! もうね、いただくしかないじゃない? ちゃんと防音と人避けの結界張ってるから、恥ずかしがらなくてもいいのよぉん?」
マーラは体をくねらせ、魅惑的な吐息を吐いた。
「あら、こっちは正直ね?」
「く……そ……」
目の前の景色がピンク色を帯び、頭が揺れてナミラの思考は鈍っていく。
「大丈夫、お姉さんに任せて? さ……口開けて?」
痛みとも恐怖とも違う、甘く蕩ける快楽の力。
数多の人生を知るナミラだったが、今は一人の少年となり、言われるがまま口を開いた。
「いただきますぅ」
囁きと吐息が頬を撫でる。
同時に、二つの唇が重なり合った。
「うふふ……」
激しく柔らかく情熱的に的確に。
マーラの舌はナミラの中を刺激し、口から得られる様々な快感を与えた。
ベッドの少年はキスをした瞬間に力が抜け、されるがままに愛撫を受け入れ、完全にサキュバスクイーンの手に堕ちている。
と、マーラは油断した。
「むぐうぅぅぅ!」
不意をついて、ナミラの舌が動き出す。
しかも勢い任せな童貞の抵抗ではなく、まるで知っているかの如くマーラの弱点を攻めまくり、ものの数秒で形勢が逆転した。
(な、なにこの子! このままじゃ)
童貞の少年に、キスだけで絶頂を与えられてしまう。
マーラは股間に手を伸ばし、直接的な快感を加えようとした。
「ふぇっ?」
しかし、なぜか体が動かない。
その代わり、魅了で付与されるような高揚感と胸の高鳴りが感じられた。
「うみゅっ!?」
さらに、動けないはずのナミラが動き、押し付けていたおっぱいを弄り始めた。
「んっんっんっんっんっ……ぅんむぐううううむ〜〜〜ッ!」
驚き戸惑っている間も、ナミラの愛撫は止まらない。
たちまちマーラは限界を迎え、絶頂を迎えた。
「にゃ……にゃんでぇ……わ、わたしのぉ、よわいてょこりょおぉ〜」
くたりとナミラに覆いかぶさり、蕩けた顔でサキュバスクイーンは情けない声を出した。
「ったく……クイーンになってもキスが下手ねぇ。おっぱいが弱いのも、全然変わらないんだから」
「え!」
耳元で聞こえた呆れ声は、妖艶な色気を漂わせていた。
マーラがぎょっとして見ると、覆いかぶさっていたはずの少年は姿を消し、一人の女が横たわっていた。
マーラと同じ、黒くたおやかな髪。滑らかな肌と魅力的な唇。豊満な体と、コウモリに似た翼。そして、申し訳程度の面積しかない衣服。
同じサキュバス。
しかし、マーラにとってただの同族ではない。
「アルーナお姉さまあっ!」
涙を堪えきれず、いつの間にか動くようになっていた腕で思いきり抱きしめる。
妖艶な風貌のクイーンだが、泣きじゃくる姿は少女のようだった。
「呆れた。あんた、まだ泣き虫なの? 頼りないクイーンねぇ」
「だって……だってぇ!」
サキュバスのアルーナの姿になったナミラは、いたずらな微笑みを浮かべていた。
マーラの背中を優しく叩くと、揃って体を起こしベッドの上で向かい合う。
「なんでアルーナお姉さまが、童貞くんに? 今まで生きてて、化けてたんですか?」
「童貞言うな! って、違うわよ。むしろ、今化けてるのはナミラのほう。そうね……あんた、サキュバスクイーンの名にかけて口外禁止の約束できる?」
マーラが頷くと、アルーナはギフトについて話した。
「えぇ! じゃ、じゃあお姉さまがいるのって……」
「あんたの未熟なキッスのおかげよ」
口に手をやり、アルーナはキスの余韻を味わった。
マーラはかつての自分が、最期に守ったかけがえのない命。泣き虫で弱虫で、男の一人も襲えなかった奥手のサキュバス。そんな彼女の成長したはずのテクニックを確かめ、舌に残る魔力に意識を向ける。
すると次第に、アルーナの笑顔は消えていった。
「ねぇ……あんた、本当にクイーンなの?」
茶化す雰囲気が無くなり、声には真剣な重みが宿っていた。
マーラはなにが言いたいかを悟り、悲しげに頷く。
「本当ですよ。私が今のサキュバスクイーン。サキュバスの中で、最も強い力を持っています。ちなみに……一番の古株です」
「なら、なにかの方法で力を抑えているのよね? そうよね? だってあんた、昔より弱くなってるじゃない」
悲痛な面持ちのアルーナに、マーラは首を横に振る。
「いいえ、お姉さまが感じた力がすべてですわ。今のサキュバスは、ほとんど人間と変わりません。魅了も私以外は興奮させるだけで、動きを奪うまではいきません……もう、お姉さまが生きていた頃とは違うんです。私はなんとか高級娼館で働いてますが、他の子は安いところか貧民街の男を相手にするのが普通なんですよ」
「そ、そんな……サキュバスが娼館で働いてるっていうの?」
淫魔と呼ばれるサキュバスが、人間に買われる。
それはアルーナが知る常識の中で、最も屈辱的な醜態だった。
「そうしないと生きていけないんです。気まぐれに男を襲って生気を奪うなんて、返り討ちに遭ってしまいますよ。女は吸収の効率が男より悪いし……そんなこんなで、サキュバスは私を含めて百人ほどしかいません。世界中で、ね」
思わず視線を逸したマーラ。
絶望の表情を浮かべるアルーナを、見ていられなかった。
「う、嘘よね? だって、私が生きていたときには何万人っていたじゃない!」
「それは八〇〇年も前でしょう? 思い出してください、あの頃の魔族を。お姉さまが……なぜ、死んだのか」
歯を食いしばり、アルーナはマーラを睨んだ。
死した理由を忘れるわけがない。
魔族は元々エルフなどから忌み嫌われ、人間からは勇者を名乗る者に度々住処を脅かされてきた。しかし、気性の荒い者は一部であり、サキュバスのように生きるために襲う者はいるが、それは狩りをする人間なども同じ。故に多くの魔族たちは、他種族と絶妙な距離感を保っていた。
しかし、八〇〇年前。
そのバランスは一気に崩壊した。
魔族は激しい迫害に晒され、白魔法使いには専門の部隊が組織され、魔族に効く多くのアイテムが開発された。魔族は滅ぼすべきとの風潮が強まり、その数を瞬く間に減少させたのだった。
「続いてたっていうの? あの地獄が、八〇〇年も?」
「あんなにひどい皆殺しみたいなのは、五十年くらいで終わりましたよ。でも、その間にトロールとか、いくつかの魔族は滅んじゃったみたいで。どの魔族もギリギリの数しかいないし、力も弱くなってるんです。吸血鬼とか可哀想ですよ? すっかり落ちぶれちゃって」
「どうして……」
アルーナは悔しさで涙を流した。
同族の悲惨な現実。魔族の前世を得ていなかったナミラは、当事者としての知見を持ち合わせていなかった。アルーナの前世が蘇ったことで、魔族は最弱に落ちたどころの話ではないことを知った。
「数が減っても、また増やせばいいじゃない! どうして、力まで失っていくのよ! そうだ……魔王様は? この時代の、いいえ! 今までの魔王様はなにしてんのよ!」
ベッドの上に立ち上がり、悲鳴に近い声を上げる。
「私たち魔族は、魔王様から力の刻印を受けるじゃない! 私が生きていた頃の魔王様はさ、お綺麗な女魔人で刻印もサキュバスと相性抜群だって、みんなで喜んだでしょ? ちょっと今の刻印見せなさいよ! どこ? お尻? おっぱい?」
心の底から現状を悲しみ、柄にもなく取り乱すアルーナをマーラは愛おしく見つめた。
「魔王様はいません。この八百年、一人も現れていないんですよ」
そうして口にした言葉は、温もりを感じない冷たいもの。
今まで何度も恨み、嘆いてきた覆しようもない現実だった。
アルーナは必死に体をまさぐったが、どこにも魔王の刻印は無く言葉を失った。
「だから滅びるんです」
なんの抵抗もしなかった妹分は、すべて諦めた笑みを浮かべて。
静かに、一筋の涙を流した。




