『切り裂く 断ち切る』
私にふさわしい最期だわ。
夜空に投げ出されたウルミは月を見つめ、己を嘲笑った。
呪われていたとはいえ、人を殺し続けた人生。穢れた自分にはこんな末路がお似合いだろう、と。
そうして、月の光に祖母と母の死を思い出す。
……おばあちゃんの最期はひどかった。
暗殺者のお母さんと一緒に救い出したおばあちゃんは、汚物が溶けた虫の湧くヘドロの中に捨てられていた。
お母さんは躊躇うことなく汚水に入っておばあちゃんを救い出し、泣きながら抱きしめて、何度も謝り続けていた。おばあちゃんはピクリとも動かず、辛うじてしていた呼吸も翌日には消えた。
遺体は綺麗に着飾ってあげて、生前好きだったという小高い丘の上に埋葬した。
お母さんはその日から、前にも増して私に暗殺者としての修行を積ませた。弱音を吐こうものなら「おばあちゃんみたいになるぞ」と脅された。
私たちにかけられた呪いは、一度殺さなければ左足が動かなくなり、二度目には右足。左手、右手と続き一週間後には全身が動かなくなる。おばあちゃんは捕まって人を殺せなかったせいで、あんなふうになってしまったのだ。
私はお婆ちゃんの姿を思い出す度、必死で修行に励んだ。ああなる可能性は自分にもあると、幼心に理解していた。
そんなある日。
お母さんは首だけになって帰ってきた。
届けてくれたのは、相棒を名乗った同業者の男。守れなかったと謝られたが、なんとなくこいつが殺したことは分かっていた。下げた頭に剣を突き刺し仇を取って、生前の言いつけを守り家を焼き払った。不思議と涙は出なかった。
お母さんは万が一のため、隠し財産やヒタイトコレクションなどを遺してくれていた。しかし、たった十歳の少女が暗殺者と名乗ったところで、依頼する物好きはいない。
だから、体を売った。
自分を買った者は全員、事が済んだあとに殺した。そのうち、噂を聞きつけた富豪や母の常連客が私の存在を知り、殺しの依頼をくれるようになった。
そして、現在に至る。
人の命を養分にしてきた闇猫は、ここで死ぬ。投げられた体がぐるりと回り、地上に向かってうつ伏せとなった。
気づけば噴水の真上にいる。その横で、自分を見上げる大男。出会うはずのなかった、呪いの元凶。
せめてもの復讐をと戦ったが、闇猫の爪も牙も届かなかった。
「ナミラ坊ちゃま」
夜風の中に、そっと呟く。
あまりに眩しかったタキメノ家。封じ込めていた少女の憧れが理想を目にし、歪んだ嫉妬に変わった。
しかし、本当はずっと見ていたかった。そばでこの家族に仕え、メイドとして関わりを持っていたかった。
「ささやかな願いも叶わないのね」
せめて愛する理想の家族に葬られたいという気持ちも、否定された。
もはや、この世に思うことはない。
この世界は、自分に僅かな光すら与えてはくれなかったのだから。
心は冷めきり、もうなにも感じない。
「いくわよぉ!」
だがすぐに、ウルミはぎょっとしてリッパーマンを二度見した。
憎むべき大男から発せられたのは、野太い声でもナミラの声でもなく、明らかに女性の声。
ダークエルフの戦士長、ライアのものだった。
「『反転呪詛』!」
濃紺の稲光が大地を駆け巡り、巨大な紋様を作り上げた。
次の瞬間。ウルミが仕掛けた呪血石に亀裂が入り、闘気を封じていた呪いが消滅した。
「きゃあ!」
さらに、ウルミの体に雷に打たれたような痛みが走る。
ハッと体を覗くと黒い紋様が全身に刻まれており、下腹部を中心に見慣れぬ文字が円を描いていた。蟲が這いずる不快感が襲ったかと思うと、始まりかけていた落下が止まった。
「呪いに関しちゃ、猫ちゃんよりは年季入ってんのよ」
ライアの前世がニヤリと笑った。
見上げるウルミは濃紺の光に包まれ、宙に浮いている。そして、紋様からドス黒い鎖が現れ、白い肌を縛り上げた。
「かっ……はっ!」
あまりの苦しさに声も出ない。
これがなんなのか、今の状況はどうなっているのか、今のウルミには理解ができない。
とにかく痛くて、苦しくて、寒かった。
「……あたしの力でも解呪しきれないか。でも、あの鎖を断ち切れば呪いは消えるよ!」
頼もしい言葉を残し、ライアの意識は魂へと消えた。
「……血を流し過ぎた。残された時間は少ない。頼んだぞ、リッパーマン」
ナミラはもう一人の自分へ語りかけると、意識をリッパーマンへと移した。
覚悟を決めた表情で、大男が刃を握り天を仰ぐ。
救うべき命がそこにある。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
再びの咆哮。
同時に、男は決死の跳躍を見せた。
ウルミの高さを越えると、落下を利用して背に跨った。
「殺す!」
渾身の力と殺意を込め、剣を振り下ろす。
その相手は、ウルミを縛る呪いの鎖だった。
「殺す! 殺す! 殺す! 絶対に殺す! 殺してやる!」
叫ぶ口から、血が吐き出された。
だが、怒りは止まらない。斬れない鎖に業を煮やし、引き千切ろうと引っ張り、噛み付いた。
「ゔぐうううううううううううう!」
人々を恐怖に染めた伝説の殺人鬼。
気に入らない者を殺し、邪魔する者を殺し、目に止まった者を殺した。産声以外で泣くことなく、狂人はこの世を去った。
しかし今、リッパーマンは大粒の涙を流している。
「な、ぜ」
体をねじり、ウルミは涙をこぼす先祖を見上げた。
泣きじゃくる姿はまるで、子どものようだった。
「気に入らねぇんだよ! こいつのせいでお前も、お前の母ちゃんも、俺の子どもも、あいつも……ハナビも辛かったんだろ!?」
初めて聞いた曾祖母の名に、ウルミはほんの少しの温もりを感じた。
「許せねぇ……馬鹿なハナビ騙して、こんなもの押し付けた奴が許せねぇ! 殺してやる、この呪いもなにもかも全部! 俺が殺してやる!」
ナミラは最初にウルミに襲われたとき、解析眼でステータスを見ていた。
その際呪いの存在も知り、のちに新たな前世であるリッパーマンにも共有された。
故に。彼の殺意はウルミではなく、彼女に刻まれた呪いに対して向けられていた。
自分の子孫が心を開かないのも、殺そうとしてくるのも呪いのせい。だから殺すのだ。なにより、命を賭して守った妻子を苦しめた忌々しい存在を殺したくてたまらなかった。
「殺す! 殺す! うおおおおおお!」
闇に生きた殺人鬼から、闘気の光が放たれる。
生前の彼は、闘気を練るなどできなかった。存在すら、最期の左大将軍との戦いで初めて知った。
しかし、死後である今。
リッパーマンは新たな境地へと至る。
涙を流して人となり、闘気を燃やして憤怒の鬼と化す。
「『散切殺鬼』」
闘気は右腕ごと竜心を覆い、禍々しく巨大な刃へ姿を変えた。
「……お願い」
月光を遮る刀身を見つめ、ウルミは熱い涙を流した。
「殺して」
リッパーマンは目を見開き、力の限り剣を振り下ろした。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
禍々しい黒き呪いの鎖と、禍々しい光の剣がぶつかり合う。
激しい火花が散り、庭園の空が赤く染まる。
「死ねぇ! 死ね呪い! 死ねぇ!」
やることは変わらない。
これしか知らない。
自分を苦しめる者、仲間を傷つける者は、容赦なく切り裂く。この世に一切の痕跡も残さずバラバラに切り刻み、下水へ沈める。
「『下水王!』」
石畳に入った亀裂から、大量の下水が吹き上がった。
ひどい臭いが広がり、ウルミは鼻をしかめる。しかし、リッパーマンは笑う。懐かしさと心地よさすら感じ、己の独壇場に力が昂る。
「があああああああああああああっ!」
左手に下水が集まり、同じく巨大な一刀の剣と化した。
二つの刃が鎖を捉え、辺りに眩い光と火花が起こる。
それはまるで、祝福の花火のようだった。
音もなく鎖は消え、体に刻まれた呪いの紋様も消滅した。
子孫を苦しめ続けた殺戮の呪いは、元凶となった殺人鬼の手で断ち切られた。
「あぁ……上手く殺せた」
気を失い落下するウルミを抱え、リッパーマンは満足気に笑った。
二人は噴水に落ち、大きな水飛沫が上がる。
リッパーマンは消え、ナミラの姿に戻っていた。
(これは……ちょっとヤバいかな)
ナミラの顔に自然と苦笑いが浮かぶ。
血を流し過ぎた。傷も深く、水の冷たさすら感じない。
「まさか、これほどの力を持っていようとは」
歩み寄る足音と声が聞こえた。
しかし、水の中から起き上がることも目を動かすこともできない。
「だ……れ……だ……」
ナミラの意識は、威嚇の呟きを最後に途絶えた。
噴水に人影が近づき、水の中の二人を見下ろす。
やがて朝日が昇る頃、二人の姿はタキメノの庭から消えていた。




