『皇女の要求』
「王子、お待ちしておりました」
「うむ」
馬車は城門をくぐると、庭園を縦断しアレクたちを降ろした。
魔法の絨毯で先に来ていたガルフと衛兵が出迎え、二人を城内に促した。
「そちらの少年は?」
衛兵の一人が、ナミラに警戒の眼差しを向けていた。
「英雄シュウ・タキメノの息子だ。魔喰の戦いにも参加していたから、共に呼ばれたのだ」
「どうも」
ナミラがペコリと挨拶をすると、衛兵たちから「おぉ! 英雄の息子か!」と声が上がった。
「ひとまず謁見の間へ。王がお待ちです」
ガルフに続き、豪華絢爛な城を進む。
途中、すれ違うメイドや執事たちは動きを止めて律儀に頭を下げるが、城の中は慌ただしい熱気に包まれていた。
「皇女は今どこに?」
「なんでも体調が優れなかったようでして。先程少しばかり食事を取り、今は医師の診察を受けております」
アレクの疑問を背中で聞き、ガルフは淡々と答えた。
謁見の間に辿り着くと、振り向くことなく扉を開けた。
「来たか! 待っていたぞ!」
「父上っ!」
王は縦長い部屋の奥で玉座に座っていたが、アレクたちを見ると思わず立ち上がった。
「……陛下。落ち着いてください」
「あ、あぁ。すまん、レオナルド」
その様子に、隣に立っていた男が苦言を呈した。
細身だが肉体は鍛え上げられており、金彩を施した立派な鎧を身に纏っている。王は気まずそうに座り直すと、三人に近くへ来るよう促した。
(あの人はたしか……)
ナミラは鎧の男に見覚えがあった。
声を聞いたのも初めてだったが、凱旋パレードのときにも王の隣に立っていた。
(左大将軍、レオナルド・フィン・ディオナ。セリア王国軍最強の一人か!)
セリア王国には、大臣のように左右二人の大将軍がいる。
右大将軍は主に遠征など各地の戦いの指揮を取り、左大将軍は王都防衛を最重要任務とする、国防の要であった。
「では、私はこれで。ガルフ殿、あとはお任せします」
「うむ」
レオナルドはガチャガチャと鎧を鳴らしながら歩き始めた。
「息災か、レオナルド大将軍」
「お久しぶりです、アレキサンダー様。えぇ。我が一族皆、息災でございます」
アレクとすれ違いざまに挨拶を交わしたレオナルドだったが、ナミラには何も言わずに謁見の間をあとにした。
しかし、一瞬向けられた冷たい視線が、抱く感情を物語っていた。
「なぜ左大将軍がここに? あんな武装までして」
玉座に近づきながら、アレクが疑問を口にした。
「そりゃあ、この城と王都を守るためだ。滅びたと思われてた国の皇女が、いきなり現れたんだぞ? 続いてなにが出るとも分からんだろう」
渋い顔の王は、頬杖を突いて答えた。
「さて、一言で言って状況は謎だ。目的はこれから本人に聞くとして、問題はここに来た手段と北の現状だ」
「はい。それに関しましては、誰より彼に聞くのがよろしいかと」
ガルフの静かな言葉と共に、三人の視線がナミラに向けられた。
「そうですね……まず、ここに現れた方法ですが、ひとつ心当たりがあります」
「なに?」
セリア王が身を乗り出した。
「先日見つけたのですが、王子の部屋に酒乱王バボンが愛用した姿見が置いてありました。城の中でも王子の部屋に現れた理由は、恐らくそれでしょう」
「どういうことだ? あれは古くから伝わる由緒正しき鏡だぞ?」
「だから俺の代から伝わってんだろうが!」
アレクに答えようとしたナミラだったが、バボン王の前世が勝手に真似衣の魔法を使って現れた。
人生の大半を過ごした王城で子孫であるルイベンゼンやアレクを前にすると、王の前世がより強く出てしまうらしい。
「あれは周りに施した牡馬の装飾に、これでもかって純金を使ってるからな! 革命で俺を殺したくそ息子も目が眩んだんだろうよ!」
黄ばんだ歯を見せ、酒乱王はガハハと笑った。
「そ、それで、なぜその鏡で皇女が現れたのです?」
ドン引きしている子孫二人に代わりに、ガルフが質問を投げかけた。
「なーに、アレにはちょいと魔法がかけてあってな? 対になる牝馬の鏡の前で呪文を唱えると、こちらの鏡の前に出てくることができるのよ」
自慢げなバボン王を、周りの三人は目を丸くして見ていた。
「なぜそんなものを」
「そりゃお前、夜伽のために決まってんだろう。生きてた頃は、他国の王妃や姫さんらとも仲良くしてたからよ。友好の印にとか言って贈れば怪しまれねぇし、便利だったぜぇ? 声だけの手鏡とか、互いに見せ合うためのやつもあったな!」
現王のルイベンゼンは、過去とはいえあまりにひどい酒乱王の振る舞いに、頭を抱えた。
「当時の帝国にも贈ったんだよ。懐かしい……あの頃の皇女も、世界一と言われた美女だった。他の国では俺の失脚と共に叩き割ったらしいが、帝国は大事にしてくれてたんだな」
一通り話し終わるとバボン王は満足そうに引っ込んだが、ナミラは重たい疲労感を感じた。
「い、移動手段については以上です」
「……ご苦労。悪いが、北の現状についても教えてくれ」
王の言葉に、ナミラは息を整えて語り始めた。
「魔喰が最初に帝国へ侵食したのは、恐らくカリギュリス帝の潜在意識によるものでしょう。そう考えると、帝国の領土はすべて魔喰に侵されたと見て間違いないです」
語られる言葉の一つ一つに、王たちはじっと耳を傾けてた。
「生き延びる例外はないのか?」
玉座の上から、セリア王が口を開く。
「……ございます。例えば魔族なら、彼の地で生きることができるでしょう」
「魔族?」
アレクが思わず声を発した。
「魔族って、世界最弱の種族である、あの魔族か?」
アレクは分かりやすい反応をしたが、王とガルフも同じく信じられないという気持ちを抱いていた。
「たしかに、今の彼らは弱く、数も少ない。だが、この世界は各種族で栄枯盛衰を繰り返しているんだよ。精霊族が魔喰によって力を失ったあと、魔族の時代がやって来たんだ……まぁ、魔族の前世はないけれど、精霊王たちが言ってたんだから本当だろうさ」
ナミラの話にガルフが知識欲を我慢できず、こっそりペンと紙を取り出した。
「タイタンが言うには、魔族たちは暗黒の大地から瘴石と呼ばれるものを生成し、環境に適応した。それには、魔族の力を高める効果もあったらしい。彼らはその力で全盛期を築いたが、瘴石が作られれば作られるほど魔喰の侵食は浄化されていった」
「そして同時に、魔族の栄華も廃れていったと?」
ガルフの言葉に、ナミラは頷いた。
「魔族はその後、魔王を擁立することでなんとか多様な自種族の統一を成しました。世界は幾度かの戦乱を挟みながら竜族、獣人、エルフ、ドワーフとそれぞれの全盛期を迎えます。そして今は、我々人間の時代と言えるでしょうね」
「なるほど……実に興味深い話だ。しかし、代々続く皇族が魔族だったとは思えんが」
「皇女はカリギュリス帝によって、離島に隔離されていたと聞きました。それなら、陸地から遠く離れていれば、生き延びる可能性はあります」
そのとき謁見の間の扉が開き、一人の衛兵が姿を見せた。
「恐れながら! バーサ帝国皇女サタナシア様、謁見のご準備ができましてございます! つきましては、ルイベンゼン王様にお目通りのお許しをいただきたく!」
「分かった。すぐにでもお会いしたいと伝えよ。それと、王子も一緒にいるとな」
「はっ!」
衛兵が走り去るとアレクは玉座の隣に立ち、ナミラとガルフは通路の両脇で膝をついた。
「おかげで、諸々の疑問が解消した。これで余計な心配なく皇女に会える。改めて礼を言おう」
「もったいない御言葉です」
数分も経たないうちに、謁見の間の巨大な扉が開かれた。
バーサ帝国の生き残り、皇女サタナシアは慎ましくも優美な足取りで真紅の絨毯を進んだ。
「なんと……」
アレクが思わず深いため息を漏らした。
ただ歩いているその姿だけでも、城のどんな芸術品より素晴らしく見える。
「この度は、様々な無礼を働き申し訳ございません。にも関わらず、こんな小娘に寛大な御心を示していただき、心より御礼申し上げます」
細く鈴が鳴るような声。
宝石のように輝く瞳に、透き通るような肌。揺れる真っ白な髪は、まるで雪を束ねたかのように眩しかった。
「礼には及ばんよ、サタナシア皇女。私は貴女が、お転婆だった頃から知っているのだ……それに、貴国のことも承知している。なにも遠慮することはない」
王の言葉にサタナシアは涙を流し、深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます……では、バーサ帝国皇女として、獅子王ルイベンゼン王にお願いしたいことがございます」
顔を上げると涙を拭き、サタナシアは玉座をまっすぐと見つめた。
「申してみよ」
その視線を、王は正面から受ける。
並の者なら怖気づく王の気迫に負けることなく、サタナシアは口を開いた。
「わたくしを、アレキサンダー王子の妃にしてください!」




