『あり得ぬ命』
コロッセオでの模擬戦から二週間が経ち、テーベ村騎士団の面々は慣れないながらも学院生活を楽しんでいた。
当初、四勇士を倒した実力はもちろん、モモの魔法とそれを打ち消した闘技を目の当たりにした生徒たちから、好奇と恐怖の眼差しを向けられていた。しかし、四勇士を中心に交流の機会が頻繁に設けられ、心の壁は徐々に消えつつある。アニとデルは踊りや芸で友を増やし、モモは教師にも魔法を教え、ダンは座学に苦しむ日々を過ごしている。
ナミラはなるべく目立たないように立ち振る舞っていたが、思惑とは裏腹に多くの女子生徒からアプローチを受けてしまった。結果、倍以上の嫉妬心を抱かれることになったが、学院ではそんな五人以上に注目される人物がいた。
四勇士のリーダー、グレイヴ・ヒルト・ファルシオン。
もとい、王子アレキサンダーその人である。
ルイベンゼン王が御者に化け、学院に現れたあの日。王子は有無を言わさず、王城へと連れ帰られた。その際、ナミラは王直々に見張りを申し付けられ同行した。
「手紙にも書いたがな、こいつは三年前に家出して姿をくらましてたんだ」
本物の御者が操る馬車で、ルイベンゼン王が口を開いた。
「ガルフの調査で、学院に入ったことまでは分かったんだが、姿を見た者がいない。引き籠もっているわけでもないだろうし、他人に化けていると思ってな。だがまさか、あんなに堂々としてるとは驚いたぞ?」
父親の含みのある言葉を、アレキサンダーは黙って聞いていた。
「あの変身魔法は誰が?」
いたたまれない雰囲気を誤魔化すように、ナミラが質問した。
「ルーベリア先生だ。いろんな手続きや、仮の身分も作成してくれた」
「あの女……そういえば昔から変身やら遠見やら、灰魔法が得意だったな。副学長でありながらなんという背信行為」
「彼女を責めないでください!」
アレキサンダーが声を上げた。
「俺が無理を言って頼んだんです。責任はすべてこの身にあります!」
「……なんでこんなことをした?」
王の低い声が、車内の空気を重くする。
ナミラは自分がいていいものかと思ったが、魂の中でバボン王が面白がっているのを感じ「広く見れば無関係ではないか」と腹を決めた。
「……父上を否定したかった。平民にも能力さえあれば、貴族と同等の権限を与えるべきという考えを。あるとき、数年内に平民を入学させるという計画を知りました。だからその芽を潰し主席で卒業すれば、平民にその価値なしと世間に見せつけ、俺の考えが正しいと分かってもらえるかと」
「で、結果はどうなった?」
王の尊顔が嫌味な笑顔を浮かべている。
「完敗です。力もそうですが、なにより言葉が突き刺さりました……あの、ナミラくん。あのとき見た剣王は」
ナミラが許可を得る視線を送ると、王は小さく頷いた。
「言うまでもないですが、他言無用でお願いします」
ナミラはギフトのことをアレキサンダーに話し、再び剣王に姿を変えた。
先祖と子孫は大いに語らい、ナミラ自身とも心の距離を縮めた。途中、酒乱王が「俺も入れろ!」と出てきたが、何事もなく城に着くことができた。
「……ありがとう。そして、改めて非礼を詫びさせてくれ。すまなかった」
三年間清潔を保たれた王子の私室で、アレキサンダーはナミラに深々と頭を下げた。
「いや、そんな」
「きみと剣を交え、考えを改めることにした……憧れの剣王に諭されたというのももちろんあるけど、それ以上にきみを尊敬している。強さに身分は関係ないな」
照れながら、王子は久しぶりのベッドに腰かけた。
「しかし、身分には相応の責任と役割があるという考えは、まだ揺らいでいない。故に、これからは正体を明かし、グレイヴとしての生活は終わりにする」
「それがいいでしょう。王子には王子としての生き方がある。あなただからこそ、周りに与えるものもたくさんあります」
アレキサンダーは「そうだな」と呟くと、立ち上がりナミラに手を伸ばした。
「これはただの我儘だが、きみとは良き友人でいたい。親しい者は俺のことをアレクと呼ぶ。ぜひ、きみときみの友人たちにもそう呼んでほしい」
「……分かった。これからよろしく、アレク」
差し出された手を取り、二人は笑顔を交わした。
「ところで……なんで毎回隠れるんです?」
ナミラが声をかけると、ルイベンゼン王が父親の顔で笑いながら、扉の陰から姿を現した。
こうして、四勇士のグレイヴが第一王子アレキサンダーだったという衝撃のニュースが学院を駆け巡り、噂は王都の住人にまで広がった。
同時に、ナミラや学院長のガルフは、王子への周囲の反応を心配した。
「アレキサンダー様、ごきげんよう」
「よぉ、アレク! どうだ、いっしょに筋トレでも!」
しかし、生徒たちからはむしろ強まった尊敬の念を向けられ、本来の自分をさらけ出したことで四勇士とは絆が深まり、心配は杞憂に終わった。
「やあ、ごきげんよう。すまない、テネシー。これから予定があるんだ」
「そうか。ダンの奴はまだ補習受けてるしな……ナミラくん、きみはどうだい?」
アレクの隣にいたナミラに向かって、テネシーは力こぶと共に白い歯をギラリと見せて笑った。
「い、いやぁ、遠慮しときます」
アレクはにこやかに、ナミラは苦笑いを返すと、正門に停めていた馬車に乗り込んだ。
「さて、と。さっそくだが、呼ばれた理由を聞きたい。先程の雰囲気から察するに、ただごとではないんだろう?」
速度を上げる馬車が体を揺らす中、アレクは真剣な表情で口を開いた。
数分前。
後輩らと食堂にいたアレクは、走り寄ってきたナミラに昼食を中断された。ただ一言「すぐに城へ」と耳打ちされただけだったので、状況がまったく分からない。
「せめて、空いたままの小腹を満たすくらいの理由がほしいな」
「もちろん……さっき、ガルフ学院長宛てに城から急ぎの通信魔法があったんだ。俺も来るようにとのことだったんで、伝令役も任されたってわけで」
ナミラは一瞬御者の方を睨み、聞き耳を立てていないことを確認した。
「今朝、城に突然の来客があったらしい。来客と言っても、門から入ってきたわけじゃない。突然、王子の部屋に現れたんだそうだ」
「俺の?」
アレクは眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「現れた方法はこれから調べることになるけど、とにかくアレクにはその来客に会ってもらわないといけない」
「ちょっと待て。いきなり城内に出現したんだろ? 捕らえてはいないのか?」
アレクの疑問に、ナミラは首を横に振る。
「最初は衛兵が囲んだみたいだが、すぐに解放された。言ったろ? 来客だって。いや、賓客と言ったほうがいいだろうな」
「おいおい……いったい誰が来たっていうんだ?」
引きつった笑みを浮かべるアレクに、ナミラは一呼吸置いて答えた。
「皇女サタナシア」
その名を耳にした瞬間、アレクは目を見開き言葉を詰まらせた。
「ちょ、ちょっと待て。あり得るのか? それは、その名は」
震えるアレクの言葉を、ナミラが代わりに続ける。
「そう。彼女はゲルマニクス帝の娘であり、皇帝カリギュリスの姉。氷雪花の異名を持つ、北で最も美しいと言われる女性だ」
「なら、彼女は……」
門が開き、二人を乗せた馬車がセリアルタへ入る。
そびえる城壁と並び建つ建物が、車内に影を落とした。
「ガルフ様も信じられないと言っていたが、俺だってそうだ。こんなことは、十万年前だってあり得なかった。だが実際に皇女は、魔喰に侵されたあのバーサ帝国から来たんだ!」
逼迫した表情のナミラに、アレクはかける言葉を持っていなかった。
重い沈黙がその場を支配し、馬の蹄と車輪の音が嫌に大きく聞こえた。
城へは、あと数分で到着する。




