『王都に住もう!』
凱旋パレードでは、王から各人に褒美と合わせて、それぞれ褒賞が贈られた。
ガルフには賢者塔へのさらなる支援金の約束と、大賢者の称号。
ブルボノには大貴族の地位と称号。
砦長は北部守護兵長への昇進。
王都へ同行した砦の兵士は怪我の軽かった数名だけだったが、戦った全員に金品が贈られることとなった。
そんな中、王から満を持して発表された『とっておき』が人々を驚愕させた。
タキメノ家へ貴族位を与え、さらにテーベ村騎士団全員を王立学院へ入学させるというものだった。
「言ってたのはこれか……」
苦笑いを浮かべ、ナミラは呟いた。
英雄として持ち上げたシュウへの処遇は理解できる。貴族にすることで生活にしっかりとした基盤を作らせ、王都に置くことで行動を監視することもできるからだ。
問題は、王立学院への入学。
セリアルタの南に建てられた巨大な学び舎は、高度な知識や魔法。さらには体術なども教え、国外からの特待生も受け入れている。しかし、通えるのは王族や貴族など高い身分の者とされており、平民以下が門をくぐることなどあり得ない。
そんな伝統を、ルイベンゼン王は突然壊したのだ。
「以前から教育改革の要として、計画はしていたんだがの。学院長は儂じゃから問題ないんじゃが、貴族連中からの反発が強くてな。なにかきっかけがあればとは思っていたのじゃが……」
パレードの夜に催されたパーティで、ガルフはやれやれと首を振った。
「前例がありませんからね。モモはガルフ様の子どもとして、ある程度受け入れられるでしょう。でも、俺たちは」
「タキメノ家は貴族になったんじゃ。きみは問題ないじゃろ」
「成り上がりたての田舎もんですよ。むしろ、一部からは反発の的でしょう」
ナミラの視線の先には、ファラと慣れないダンスを踊るシュウがいた。
ブルボノをはじめ何人かの貴族が囲み、一見楽しく和やかな雰囲気が漂っている。しかし視野を広げてみれば、向けられる視線は決して好意的なものばかりではなく、早くも渦巻き始めた敵意と謀略の気配が感じられた。
「なに難しい話してんの?」
声をかけられて振り向くと、きらびやかなドレスに身を包んだアニとモモが立っていた。
その奥では、ダンとデルが兵士たちと料理の取り合いをしている。
「なんでもないよ」
「ふぅ〜ん? で、なにか言うことないわけ? ねぇモモちゃん?」
「え、えっと、わたしはべつに……」
スカートの裾を持ち上げたアニの隣で、モモはもじもじと体を小さくした。
「二人とも、すごくきれいだよ……それじゃあ、アニ」
ナミラはおもむろに跪くと、アニに手を差し出した。
「ダンスのお相手をお願いできますか?」
誘い文句と共に、ナミラはウインクを繰り出した。
「ふぇっ! は、はいぃぃ!」
ドレスを褒められたかっただけのアニは、予想以上の返しに顔を真っ赤にした。
なんとか手を取ると、踊り子とは思えないほどガチガチのままステップを踏んだ。
「ほっほっほ、若いのぉ」
「と、ととさま」
髭を撫でるガルフを、モモがすがるように見つめた。
「わ、わたしと、いっしょに踊って?」
「……儂でいいのか?」
モモが大きく頷くと、ガルフは娘の成長に泣きそうになりながら小さな手を取った。
そのうちシュウたちもダンスに慣れ、ナミラとアニが本領を発揮し注目を浴び始めた。
やがて男女ペアのことを分かっていないダンとデルが参加し、城は普段のパーティにはない盛り上がりを見せた。
その様子を、ルイベンゼン王は大いに楽しみ満足した。そして、自らの思惑にさらなる自信を感じ、獅子王の笑みを浮かべていた。
夜明けを合図に、その日からナミラたちを取り巻く環境は目まぐるしく変化していった。
改めて別れを告げるため一度テーベ村へ戻り、家や畑の管理をゴムダムの弟子に任せた。『こども楽団』も他の子に引き継ぎ、最後の公演をやり遂げた。
その間、王都ではガルフやブルボノが駆け回り、新しい生活の準備が進められていた。貴族、タキメノ家として再び王都に足を踏み入れたのは、夏が暑さのラストスパートを披露し始めた頃だった。
「おぉ、立派だね」
「すごいわねぇ〜」
「こ、ここに住むのか?」
案内された屋敷は王都の北端にあるものの、テーベ村村長バビの屋敷と比べて三倍はある。
家長であるシュウは口を開けたまま固まった。
「種明かしするとの、ここはバーサ帝国からの来賓を泊める屋敷の一つだったんじゃ。しかし……のぉ?」
ガルフは言葉を濁したが、魔喰の力で染まった帝国を知る者たちは、全員その先を察した。
「ナ、ナミラくん! ほら! あれが賢者塔だよ! 近いよ!」
「そうだね。今度、一度お邪魔させてもらいたいな」
モモが指差す先には、王都の隣にそびえ立つ賢者塔があった。
「むしろ、こちらから招きたい……きみには聞きたいことが山ほどある」
「あはは。呼ばれれば、いつでも行きますよ?」
「ごほんっ!」
ブルボノの咳払いが、談笑を遮った。
「こちらの紹介もさせていただきたいであーる! 吾輩が集めた執事やメイドたちであーる!」
ブルボノが二度手を叩くと、待機していた男女が現れズラリと並んだ。
「はじめまして。私、執事を務めさせていただきます、シャラクと申します。なんなりとお申し付けください」
中央に立っていた白髪の男が、丁寧なお辞儀をした。
「メイド長のウルミと申します。誠心誠意、お世話をさせていただきます」
隣のジト目の女性が、深々と頭を下げた。
「「よろしくお願いいたします」」
合わせて、他のメイドたちも同じようにお辞儀をした。
「い、いや、その、こちらこそ」
「固いであーる、シュウ。主人なんだから、もっと堂々とするであーる!」
「まぁ素敵! これからは、みなさんといっしょにお料理ができるのね!」
「え? い、いや、奥様はお料理なされなくても……」
対照的ながらも親しみを感じる夫婦の反応に、緊張していたメイドたちは顔をほころばせた。
「えー! なになにすっごい! 本当に貴族みたい!」
「みたい、じゃなくて本当なんだよアニ」
「おい、見ろよデル! なんだあの変な形の噴水!」
「うるさいよそこ」
我慢できなくなってはしゃぎ始めた三人に、ナミラは冷静にツッコんだ。
ダン、デル、アニの三人は、三日後に控えた王立学院への入学のため、一時的にナミラたちの新居へ泊まる予定でいた。
「ねぇねぇ、モモちゃんもいっしょに泊まろうよ! これだけ広いんだから、お部屋は余ってるでしょ?」
「え! い、いいの?」
アニの提案の是非を問うために、自然と主人であるシュウへと注目が集まった。
「え? え、えっと。もちろん、いいよ」
「「やったー!」」
アニとモモが喜びの抱擁を交わした。
「貴族になって初めての決断、お疲れ様」
「今のが?」
父親をからかいながら、ナミラは笑った。
屋敷の者らとそれぞれ自己紹介を済ませると、ダンたちが屋敷の探検を開始し、メイドやシャラクたちが荷物を運び入れ始めた。
「ん?」
探検に参加しながら、ナミラはふと足を止めた。
巧みに隠してはいるが、どこからか視線を感じる。
それはナミラだけでなく、シュウやテーベ村騎士団全員を監視し、品定めするかのようだった。
そして、同じような視線は一つではない。
「……やれやれ。あまりゆっくりできそうにないな」
軽くため息をつき、窓から空を眺める。
青く高い夏空の遠くに、燻る雨雲が浮かんでいた。




