『決着』
約五〇〇年前、魔法大国ダルキオンという国があった。
大陸で最も栄えていたが、国土のほとんどが朽ち果てるという謎の現象により滅亡。多くの国民が隣国へ逃げ、滅びたとされる年には王と数人の家来しか残っていなかった。
僅かに残る記録には、その者たちの名が記されていた。
王を筆頭に右大臣や左大臣。騎士団長などが続く中、最後に名を連ねる者の手記は貴重な資料として、セリア王国の賢者塔に保管されている。
『この国も終わりだ。もうろくな作物も育たねぇ。人は次々に出ていくし、昨日は贔屓の踊り子まで逃げやがった。だから俺も、とっとと荷物をまとめようとしていた。そしたら、工房に王の使いがやってきた。まぁ、王家には細工箪笥やらなんやら卸してたし、最後に顔でも見るかとついて行ったんだ』
『王様、ひどくやつれてた。話を聞いたら、なんでも国を襲ってるこの現象は、開発した魔法兵器の影響らしい。馬鹿なことするよな、まったく。力が凄すぎて制御できないんだと。で、俺にそれを封じる箱を作ってほしいんなんて言い出した』
『昔ふざけて作った知育玩具の細工箱の、誰にも解けないものを作ってくれと。兵器とやらは、触れたものから魔力や生気なんかを吸い取るから、魔法による封印もできないんだってよ。だから俺に、物理的な封印を作れと。素材はなんとか集める、世界を救ってくれだとよ』
『燃えるじゃねぇか。細工師なんて地味な仕事が、世界を救うなんて。いいぜ、やってやる。この俺が、救世主になってやろうじゃねぇか!』
『……あの日から五年が経った。なんとか封印箱を作ることに成功した。残ってた連中もみんな死んだ。もう、王と俺しかいない。これから、箱の中にあれを移す。なにが起こるか分からないが、たぶん死ぬだろう。俺の人生に後悔はないが、王様は懺悔の毎日だ。もし、この紙を誰かが読んでるんなら、俺から有り難いアドバイスを送ろう。いいか? 絶対に、神様なんて泣かすなよ? この天才細工師ラーベ様との約束だ』
「かかったな、魔喰っ!」
ナミラの声に反応し、心突き立てられた漆黒の剣がぶるぶると震え出した。
「ゼノの記憶で、お前は真っ直ぐ心臓に向かって飛んできた。明らかに狙ってだ。特性なのか知らんが、お前がこうすることは分かっていた。だから、罠を張らせてもらった」
後ろに跳んだナミラを追いかけることなく、魔喰は胸に刺さる直前の状態で浮いていた。
そんな漆黒の切っ先が、なにかを突き刺している。
「「あっ!」」
水晶を見ていたアニとゲルトが、同時に声を上げた。
見覚えのある小さな箱。
眠っていた、日常の記憶が蘇る。
アニたちが森でガルゥに襲われた、あの日の昼間。
ナミラが新たな前世を手に入れた、カラクリの玩具だった。
誰にも開くことができなかった箱に魔喰の刃が侵入し、崩壊の亀裂が入る。
「魔喰よ。これが十万年前には存在しなかったものだ。お前の出自は【解析眼】でも分からなかった。だが、これは人間が生み出したものだ。愚かな人間が生み出した、欲望の結晶だ」
崩れ落ちる箱の中から、鈍い光が漏れ始める。
「だが、だからこそ手が届いた。その身で味わうがいい! 人間が造り上げた、お前と同じ世界滅亡の可能性を秘める、前世からの因縁だ!」
魔喰の切っ先に現れたもの。
淀んだ光を放つ、小石ほどの球体。
しかし、それこそ。
「魔法兵器『神の涙』! 存分に喰らい合え!」
同じ性質のものがぶつかり合う。
神の涙には、魔喰のように依代を得て暴れ回る凶暴性はない。しかし、許容量が依代によって変わる魔喰と違い、神の涙は底が知れない。
だから一種の賭けであり、これから起こる事態は誰にも予想できない。
「うおおお!」
互いに飲み込もうとする力が、激しい乱気流を生む。
石や草、砦の瓦礫が吸い込まれていく奔流に、ナミラたちは必死に耐えていた。
「……あれはなんだ?」
喰らい合う二つの因縁。
その境に、ナミラは見慣れぬものを見た。
世界が割れ、僅かに生じた空間の裂け目。
中には星が一杯に満ち、光が遊ぶ世界が広がる。
星空とも違う別世界の一部。それ以外なにも見えなかったが、ナミラはなにかの気配を感じていた。
「ぐっ!」
途端に全身がカッと熱くなり、胸に握り潰された痛みが走る。
ナミラには体ではなく魂がざわつき、痛みを感じているように思えた。
同時に、ゼノの言葉が蘇る。
……使命を果たさねば呪いは消えぬ。その可能性があるのは、すべての前世を集められるお前だけだ。
「あれが……使命ってわけか」
ナミラは苦しみの中で笑みを浮かべると、吸い込まれていく小石を掴んだ。
そして振りかぶり、裂け目の世界へと投げつけた。
「今はそれだけだ。だが……俺は必ず使命を果たすっ! 待っていろ!」
正体の見えぬ相手に向けた宣戦布告は、小石と共に裂け目へと飲み込まれた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
周囲を巻き込む異次元の喰らい合いは続く。
しかしやがて、互いの力に耐えられなくなった魔喰と神の涙は塵となり、別世界へと吸い込まれ裂け目と共に消えた。
二つの前世に死を与えた、世界滅亡の驚異。
その逃れられない因縁は、百万一回目の前世で断たれ、完全に消滅した。
「終わった」
魂に存在するゼノとラーベが、運命から解放された喜びを感じていた。
「「「ナ・ミ・ラー!」」」
ダン、デル、アニが暴走した牛のような勢いで突っ込んだ。
「おぐぅ! い、息が……」
アニの頭がみぞおちを捉え、ナミラは呼吸もままならなくなった。
しかし、勝利の喜びに酔う三人には、そんなこと構う余裕はない。
「ととさまととさま! ナミラくんって、本当にすごいね! か、神の涙まで!」
「本当にのぉ……感謝してもし足りんて」
愛娘の友人、超天魔法の顕現に、伝説の魔法兵器。
ナミラがガルフたち親子にもたらしたものは、一生かかっても得られない貴重な体験ばかり。モモは興奮冷めやらないままアニたちに加わり、ガルフはナミラをかけがえのない恩人として敬意を払い、関わっていくことを心に決めた。
「ついに……魔喰が」
「あぁ、この日が来るなんてな」
「まだっ、信じっ、られないっ、わよ」
「夢ではない。終わったのだ」
精霊王たちが涙を流す。
四人とも魔素を大量に消費したため、体が人間と変わらぬ大きさに縮んでいた。巨大に戻るためには数百年かかるが後悔はなく、十万年もの間縛り続けてきた心の鎖に別れを告げていた。
「ナミラ」
もみくちゃにされるナミラに、シュウが声をかける。
「な、なに?」
「一声もらえないか? 兵士ってのは、それがないと締まらなくてな」
シュウは背後を指差し、ニヤリと笑った。
視線をやると、そこには砦長や他の兵士たちが肩を貸し合い、笑いながらナミラを見つめていた。
「あぁ、そういうことね」
ナミラは立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
「勝ったぞおおおおおおおおっ!」
「「オオォォォー!」」
この場にいるすべての者が一体となり、大地を揺らす勝鬨が上がった。
「ナミラ・タキメノぉ!」
半泣きのブルボノが、いつの間にか仲良くなったらしいゲルトと肩を組みながら近づいた。
「きみの勇気と力、心から感動したであーる! いや、きみだけではない。ここにいる全員が勇者であーるっ!」
兵士たちから、再び歓声が起きた。
「吾輩は、皆の功績を労いたいっ! なので近日、我がツッカーノ家主催の祝勝会を催すであーる! 皆が見たこともないご馳走を用意するであーるぞ!」
言い表せられない感謝と喜びが、全員に広がった。
「なら、儂も黙っているわけにはいかんの。賢者の権力を行使して、さらに豪華にしてやろうぞ」
ガルフも進み出ると、割れんばかりの拍手が起こった。
ダンやデルはすでによだれを垂らし、ガルダたちは「ファラさんの菓子はあるか」と興奮していた。
ふと、ナミラは空を見上げた。
広がり始めた藍色の空に、一番星が輝いている。
「見てますか、シュワ様」
呟いた声は、夏の夜空に溶けていった。




