『出動』
永きに渡り北部の国境を守り続け、モンスター・テイマーによる魔物の襲撃にも耐えた北の砦。
統治するブルボノも誇る堅牢不倒の象徴は、瓦礫の山と化していた。
「ぐ、くっ」
「うぅ……」
兵士たちの苦しむ声だけが、北の大地に流れている。
精霊王たちの咄嗟の防御で、本来ならば跡形もなく消し飛ぶほどの威力が半減された。しかしそれでも被害は甚大で、頼みの四大精霊王も力なく倒れている。
風も吹かず、鳥や虫の泣き声すら聞こえない。血と土の匂いが鼻につく、さながら地獄のようだった。
グオオオオ。
元のサイズに戻った魔喰は、再び進みだした。
しかし、進行を止める砦はもうない。辛うじて意識のある者も、戦意など残ってはいなかった。
ただ、一人を除いて。
コツン。
小石が魔喰の頭に当たる。
だが、矢のような効果はなく、魔喰は気にも留めない。
「どこ、行く気だ、てめぇ」
血だらけのシュウが立ち上がり、魔喰を睨みつける。
激しい打撲で骨は折れ、流れる血は止まる気配がない。だが、息子から託されたミスリルの魔剣だけは、しっかりと握られていた。
「そっちには、俺の家が、あるんだよ。ナミラが、帰る、場所がある……ファラが、いるんだよ!」
右足を引きずり、正面に立ち塞がった。
「絶対に、行かせねぇ! てめぇに、喰わせる、焼き菓子なんて、ねぇんだ!!」
血を吐きながら剣を向け、命がけの咆哮を発した。
しかし、魔喰は止まらない。
死にかけの人間など、僅かな食べ残しに等しい。ゆっくりとした歩みに、少しの乱れも生じさせることはない。
「いやあああああああああああああ!」
そのとき、守るべき故郷がある背後から、悲痛な叫びが聞こえた。
「なんで俺がこんな目に! 俺は新しい馬車がほしいって言ったんだ。なんでゴムダム印の戦車なんだよ!」
シュウや砦の兵士には聞き覚えのある男の声。
行商人、ゲルトの悲鳴だった。
「まぁまぁ。こっちのほうが、私はカッコいいと思うけど」
「ね、ねぇ。砦ないんだけど! どうするの?」
「このまま突っ込む! お前ら、気合い入れろよ!」
ゲルトの愛馬ジョンとニュートンが引く車内に、戦意を抱く者たちがいた。
「あああああああ! もうどうにでもなれええええええ!」
「いっけえええええええ!」
瓦礫の山とシュウを飛び越え、黒光りする重厚な戦車が現れた。
同時に、地獄と化した北の大地に。
勇気と希望に満ちた声が響き渡る。
「「「出動! テーベ村騎士団!」」」
中から飛び出し、華麗に着地した少年少女たち。
ダン、デル、アニ。
世界の危機に、テーベ村騎士団が参上した。
「あれが敵だな」
ダンが鼻息荒く呟いた。
「う、うわぁ……思ってた以上のピンチ」
デルは周囲を見回し、苦笑いを浮かべた。
「ひどい怪我……シュウさん、大丈夫ですか?」
アニがシュウに駆け寄る。
「お前ら、なんで来た!」
心配するアニを止め、傷だらけのシュウが怒鳴る。
生まれたときから成長を見守ってきた子どもたち。息子の親友をこんな相手と戦わせるなど、到底見過ごせることではない。
「だってよ、このままあれ放置したら村だって危ねぇだろ? だったら、俺様たちの出番だろ」
「馬鹿! 盗賊団とは次元が違うんだ! 見ろ、ガルフ様や精霊王だって」
「大丈夫」
自信をもって言い切るアニの目は、真っすぐに澄んでいた。
「魔喰でしょ、あれ。だったら、この前の日曜勉強会でナミラが話してました。そのあとで、私だけ詳しく聞いたんですよ。以前は精霊族だったから試せなかったけど、物理攻撃や闘技なら、もっと戦えたはずだって言ってたんです。なら、私たちだって」
アニは双剣を抜き放ち、笑った。
「だ、だが」
「そりゃあ、怖いですよ? でも、この場の誰よりも今の僕たちのほうが戦えそうじゃないですか?」
デルも仮面を付けてナイフを構え、ケラケラと笑った。
「勝てるかは分かんねぇけどよ。でも、ナミラが来るまでの時間稼ぎはしてやるぜ……悔しいけどよ」
「そういう意味だと、ガルフ様は責められるべきだね」
「だな」
ダンがのっそりと斧を担ぎ、デルと笑い合った。
「本当だよ。私だって、モモちゃんと仲良くなりたかったんだから!」
「まだ言ってんのかそれ」
「だってー!」
戦場とは思えない、キラキラと輝く光景。
いつの間にか、恐怖で震え動けなかった者たちに笑みが浮かんでいた。
「儂は、本当に余計なことをしたのじゃな」
意識を取り戻したガルフが、瓦礫の上で己の愚かさを嘆いた。
「んじゃ、やるぜ」
先程まで馬防柵が立てられていた位置に、魔喰が足を踏み入れた。
三人が呼吸を整え、敵意を向ける。
「作戦通りだ! お前ら、死ぬんじゃねぇぞ!」
「「応!」」
ダンは唸りながら、全力で闘気を練り始めた。
同時に、アニとデルが走り出す。
「鳥爛舞闘」
「道化殺法」
「「共演」」
二人の声が重なり、一足先にアニが飛び出す。
距離が迫り、デルが空高く跳んだ。
「「鳥蟲戯呀!」」
降り注ぐデルのナイフ。
闘気が込められた刃の雨をすべて受けた魔喰は、動きが止まった。
「はあっ!」
その隙を縫って、アニが斬りかかる。
触れれば死の危険がある相手にも、臆することなく立ち向かった。
斬りつけるアニとタイミングをズラし、その背後や別方向からデルがナイフを投げつける。二人の攻撃は絶え間なく、その動きは踊りを思わせるほど美しく、見守る者たちの目を釘付けにした。
「これは……」
十万年を生きるガルダすら目を丸くした。
微かな風に乗って聞こえる戦闘音が、まるで音楽のようだった。
グオオオッ!
突然、終始棒立ちだった魔喰が吠える。
右手の本体でアニに斬りかかった。
「おっと」
完全に虚を突かれたアニ。
しかし、全体を見ていたデルがこれに反応した。巻きつけた糸でアニを引っ張り、攻撃を躱しながら距離を取らせた。
「ありがとう、デル!」
「ホッホホウ! おまけで……喝っ!」
技巧手袋で決められた印を結ぶと、魔喰に刺さったナイフの闘気が爆発した。
煙の中で、漆黒の体がうねる。
「充填完了だぁ! 離れろぉ!」
ダンの大声が響くと、二人は一目散に後ろへ下がった。
「あぁは言ったけどよ、俺様は倒す気でいるからな。ナミラにも負けねぇ、新しい必殺技だ。いくぜ、ウルティマ!」
構えた斧には、凄まじい量の闘気が宿っていた。
「斬竜豪衝波!」
強大な闘気の竜が、魔喰に向けて放たれた。
ナミラが放つものよりも太い腕を振りかざし、慈悲の欠片も感じられない。
黒き体は光を身に受け、荒々しい爆発に飲み込まれた。




