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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第六章 滅亡の因縁
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『交戦』

「なんなんだ……これは」


 セリア王国とバーサ帝国との国境。

 ゼノ山脈を目の前に建つ北の砦には、兵士たちの混乱が満ちていた。先程まで神々しくそびえていた巨大な山脈が、一瞬にして黒く染まり消え去ったのだ。


「全兵、警戒態勢! 繰り返す警戒態勢ぇ!」


 砦長が怒号を上げる。

 その声で我に返った兵士たちは、慌てて武器を手にしていた。


「シュウ、お前は前線に出てもらうぞ」

「はい!」


 正門上部に広がるのこぎり型の狭間の上で、砦長がシュウの背中を叩いた。


「ブルボノ様、危険ですので中へ」

「わ、吾輩も前線で戦うであーる! き、き、貴族が守るべき下々の者を盾にするようなマネ、で、できないのであーる!」


 慰問に来ていたブルボノは、思わぬ事態にビビりながらも髭を触って胸を張った。

 あからさまな虚勢に苦笑しつつ、砦長はその勇姿を評価した。


「ならばここに。もし敵が攻めてきた場合、戦況が分かりやすいですからな。兵への鼓舞をお願いします」

「ふ、ふむ!」


 砦長の律儀なお辞儀に、ブルボノは鼻息荒く答えた。


「シュ、シュウ……」


 隣にいた同僚の兵士が、震えながら声をかけた。


「どうした?」

「な、なにが起こってるんだよ。これ」

「俺にも分からん。まさか、ゼノ山脈が消えるなんてな。まぁ、この妖精剣士様がいれば」

「そうじゃねぇ!」


 安心させようと笑ったシュウを無視し、同僚は目を見開いたまま声を上げた。


「おれは昔冒険者してて、帝国にも行ったことがあるんだ。ゼノ山脈を越えるとよ、広い牧草地と伝統的な丸い白い家がすげぇ綺麗なんだよ」


 同僚の震えが大きくなる。


「なのになんだよ、この景色は! 見渡すかぎり真っ黒じゃねぇか!」


 シュウはハッとして広がる光景に目をやった。

 バーサ帝国の領土は地平線まで漆黒に染まり、土地の起伏や生き物の気配すらない。まるで墨を溜めた皿の中を見ているようだった。


「……エルフたちは、大丈夫なのか?」


 叫んだことへの罪悪感から、同僚の男はレゴルスたちへの心配を口にした。


「あぁ。北のエルフはレゴルスさんの奥さんに連れられて、他の土地へ移ったはずだ……間に合っていれば」


 友の身を案じながらも、シュウは目の前の異常に身構えた。

 

「全員、持ち場で待機。警戒を怠るなぁ! 遠見の魔法班、報告を!」

「駄目です、ゼノ山脈があった場所から先に魔法が飛ばせません!」

「あ、あれはなんであーる?」


 ブルボノが森へ続く街道を指差した。

 全員の視線が、その先に集まる。


 見渡すかぎり暗黒の大地。

 なにも生まない闇の世界。

 その中から、こちらに歩を進める物体があった。


 一見、成人男性のようにも見える。しかし、全身は背景と同じ黒に染まっていた。右手は剣のように鋭く伸び、左手の先にはもう一つ人の頭が生えている。


 どんな魔物にも当てはまらない黒き異形が、ゆっくりと迫っていた。


「魔法隊、詠唱開始! 全力で撃てぇ!」

「は、はい!」


 それを目にした瞬間、百戦錬磨の兵士たちに激しい悪寒が走った。

 砦長は恐怖を振り払うように、魔法使いたちに指示を出した。


「『火球ファイアボール!』」


 燃え盛る火球が、次々に撃ち込まれる。

 しかし、着弾と同時に炸裂し敵を葬る魔法がすべて音もなく消えた。


「なにぃ!」


 命中したものはそのまま取り込まれ、逃げ場を無くすために周囲に放たれたものも軌道を変え、残らず吸い込まれていった。


「属性を変えろ! 次は」

「それなら俺がやりますよ!」


 どよめく砦に、シュウの声が響き渡る。

 剣を抜き放つと、迷いなく狭間から飛び降りた。


「よし、任せるぞシュウ!」

「はい! 初っ端から最強の技でいきます! 妖精たちよ、我に力を」


 剣を両手で持ち切っ先を向けると、四元素の妖精たちが刀身の周りを回り始めた。


「『四妖精の(エレメンタリオ・)聖光線(ブラスト)!』」


 ミスリルの魔剣から、収束された四色の光が放たれた。


「四元素すべての攻撃だ! どれかは効くだろ!」


 眩い光に顔をしかめながら、シュウは叫んだ。

 風の精霊王ガルダに「精霊王とナミラ以外で、この技を受けて無傷で済む者はいない」とお墨付きをもらった必殺技。この一撃で決着が付くと、信じて疑わなかった。


「嘘……だろ……」


 しかし、右手の剣で受けられた光線は余すことなく吸収されていた。


「ぐ、あああああっ!」


 光は闇の中に消え、ダメージを与えることはなかった。


「な、なんなんだよ……あれ」


 兵士たちの顔が絶望の色に染まる。

 この砦で最強の技が、いとも簡単に防がれた。これ以上、為す術がないと言わざるを得ない。


「きえぃ!」


 自暴自棄かそれとも勇気か。

 ただ一人、ブルボノだけが矢を放った。見事頭に命中すると、僅かではあるが動きが止まった。


「ブ、ブルボノ様に続けぇ! 総員、矢を放てぇ!」


 見た目のダメージはなく、矢で倒せるとは誰も思っていない。

 しかし進行を止めることはでき、残された対抗手段はこれしかなかった。

 兵士たちは無我夢中で矢を放ち、ある者は石の投擲を行った。


「ほっほっほ、なかなかの窮地じゃな」


 そのとき、空から厚みのある声がした。

 見上げると魔法の絨毯が浮いており、杖を構えたガルフが戦場へと降り立った。


「ガルフ様!」


 兵士の絶望に希望の光が差した。


「ど、どうしたんですか? その顔」


 シュウがきょとんとして聞いた。

 ガルフの顔には細かな傷があり、ローブも乱れていた。心なしか息も荒い。


「……いやな、ナミラくんとモモをヴェヒタダンジョンへ飛ばしたことが、アニくんにバレての。私も連れて行け! と、さっきまで追いかけ回されてたんじゃ」

「ナミラは近くにいないんですか……」


 最大の希望が駆けつけられない事態に、シュウは肩を落とした。


「なに、この雷迅の賢者に任せなさい……なにやら儂に反応しているようだからの」


 グオオオオオ……。


 今まで矢を受けなければ動いていた足が、ガルフの登場により止まっていた。

 左手の顔から地の底で響くような声が上がり、苦しむ素振りを見せている。


 ガルフは大きく息を吸い、呪文の詠唱を始めた。


「『怒りの鳴動止むことなく 眩い破壊は鎮まることなく 怒号の雷鳴 稲妻の拳骨 すべては汝の為である 慈悲故に、愛故に 偉大なる怒髪天 天空より下れ 愚かな魂に救済を』」


 空を黒雲が覆い雷鳴が轟く。


「『雷父推参トール・ハンマー』」


 数多の稲光が重なり合い、髭を蓄えた巨大な男の姿となった。

 雷の轟音を轟かせ、憤怒の表情で拳を振り下ろす。

 これこそ、ガルフが雷迅の賢者と呼ばれる所以。雷の最高位魔法である。


「ぬおおおおおおお!」


 この魔法を初めて発現させた際、的に使ったミスリル鉱石の塊は耐えきれずに弾け飛んだ。

 一帯は雷が落ち続ける平原と化し、今でも人を寄せ付けない。人々からは敬意を込めて『ガルフ平原』と呼ばれている。


 生涯をかけ完成させた魔道の結晶。

 破壊力だけならば、全最高位魔法の中で最も強い。


 だが、通じない。


「な、なんじゃとおおおおおおお!」


 ガルフの悲鳴に呼応するように、雷の巨人も顔を歪めた。

 雷鳴が断末魔のように響き、触れていた拳の部分から吸いこまれ、消えた。


「ば、馬鹿な……」


 ガルフはよろよろと尻もちをついた。

 自信も、賢者としての尊厳すらも揺らいでいた。


「な、なんか一回り大きくなってないか?」


 ボコボコと蠢く体は、先程よりも明らかに大きさを増していた。

 

 フヒヒヒヒヒ。


 笑い声なのか鳴き声なのか分からない音と共に、左手の顔がガルフに向けられた。

 恐怖を体現する闇の中で、薄ら笑いを浮かべている。初めて見るはずが、ガルフには見覚えがあった。


「……バジラナ?」


 名を呟いた途端、口が大きく開かれた。

 どこまでも続く深淵の奥から、異常な魔力の波動が感じられた。


「まさか、吸収した魔力をっ!」

「ぜ、全員伏せろー!」


 咄嗟に叫んだシュウだったが、伏せたところでなんの意味もないことを理解していた。


 そんな行動を嘲笑うかのように。

 ぽっかりと空いた口の砲身から、凝縮された魔力の弾丸が放たれた。

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