『黒き厄災の目覚め』
「おぉ! ついに!」
ナミラたちがダンジョンを進み始めた頃。
ゼノ山脈の坑内では歴史的瞬間が訪れていた。
「はい、柄の先端が出ただけですが。しかし、こ、これはなんとも」
北の賢者バジラナは顔をしかめた。
先程から老体を襲う倦怠感。重力が強まったように体が重く、気を抜けば立つことも難しい。実際、部下の数人はすでに倒れ意識を失う者も出た。小指ほどの大きさしかない漆黒の突起物が、なにかを吸い取っているようだった。
「魔喰……もしや魔力を吸っているのか?」
ハッとして周囲に目を凝らすと、クリスタルに満ちる魔素の光が失われつつあった。
自身の身に意識をやると、魔法を使っていないにもかかわらず、魔力の消費が続いている。
「こ、これは……なりませぬ、カリギュリス様! 危険でございます!」
「ふんっ! 臆するな賢者よ。むしろ余の心は踊っておるぞ! 柄の先端でこの力、ようやく我が腰を飾るにふさわしい剣と巡り会えたとな!」
腰に下げた氷の魔剣を放り投げ、バーサ帝国皇帝カリギュリスは堂々と歩みを進めた。
「心配ならばお前も来い! 我がギフト【剣人】にかかれば、このじゃじゃ馬も乗りこなせるわ! 余が最強となる瞬間を、その目で見届けよ!」
ふんっと鼻を鳴らすカリギュリスに、バジラナは慌てて走り寄った。
「さぁ、この指が世界を揺るがす力を手に入れるぞ」
興奮に顔を染めたカリギュリスは、人差し指をぴんと伸ばした。
そして、雪解けに顔を出した土筆のような魔喰の先端に、満を持して触れた。
「ぎゃああああああああああああ!」
帝国の頂点に立ち何人たりとも逆らえぬ絶対の存在が、耳を劈く悲鳴を上げた。
「陛下ぁ!」
背後のバジラナは、何事が起こったか知る由もない。
しかし【剣人】のギフトを持つ皇帝は、自身に起きた絶望を理解していた。本来であれば、この身はすでに消え去っていたはず。だが、このギフトは剣の能力を最大限に発揮する力を持つ。
それ故、選ばれてしまった。
それ故、自分が自分でなくなる恐怖が襲いかかっている。存在の端から喰われていく逃れられない感覚が、指先から広がっていく。
「に、逃げろぉ!」
バジラナの部下たちが、一斉に走り出した。
「ま、待てお前たち! 儂も連れて」
仕える主君を見捨て、己も逃げようとした賢者バジラナ。
しかし、僅かに残った白髪を背後からわし掴みにされた。
「キサマアアアア! 余ヲ見ステるのカアアアア!」
「ひいぃぃぃ!」
振り返ったバジラナは息を飲んだ。
他を寄せ付けぬ凛々しさを誇っていた皇帝は、魔喰に触れる右腕を真っ黒に染めていた。その漆黒はさらに全身を蝕み続けており、空洞のように染まった両目と口から、得体の知れない黒い液体を流している。
「は、離せぇぇぇ! お、お前のような若造と一緒に死んでたまるか! 操りやすい阿呆だから煽てていれば、調子に乗ってこんな」
吐き出されたバジラナの本音に反応し、頭を掴む腕が乱暴に引き寄せられた。
「ギザマアアアアア!」
「ひいぃぃぃぃぃぃ!」
蝕む漆黒が全身に広がり、バジラナにも伝染する。
闇に飲まれる意識の中で、ギフトによって魔喰のすべてを知るカリギュリスは最期に思った。
世界は滅びる、と。
同時刻。
バーサ帝国を象徴し、テーベ村からも姿を拝めるゼノ山脈。
そのすべてが一瞬で漆黒に染まり、汚泥のように崩れ去った。




