『ダンジョンデート6』
かつての自分が立っている。
すでに個としての存在を失ったはずの人間が、目の前にいる。よく見ると、モモを含めた周りの時間が止まっている。ナミラはその様子から、これが自分の精神世界と現象だと理解した。
「なぜ、あなたが」
「この人だけじゃないよ」
べつの声が重なると同時に、ナミラはいくつもの気配に囲まれた。
見回すと、ラビやポルン。ターニャやジョニー、ユグドラにライアなどの人や動物たちがいる。頭上からはゼノが見下ろし、足元ではあおむしや小動物たちが顔を見上げていた。
今まで得てきたすべての前世たちが、ナミラを囲んでいる。
「こ、これは」
「あんたが道を踏み外しそうだから、仕方なく出たきたのよ」
ターニャがため息をついた。
「ナミラ、きみの気持ちは分かる。でも、本当にそれでいいのか? あの子に剣を向けて、家族や友達と会わない人生なんて、本当にきみは望んでいるのか?」
「そうさ!」
レイジの問いに、ナミラは怒声を上げた。
「俺はあんたたちのようにはならない! ここで朽ち果てて、女神シュワの願いを叶えてやる。そうすれば、愚かな魂も胸ぐらを掴まれずに、褒められて救われるだろうさ」
レイジに向けた皮肉は、大人の笑いに躱されてしまった。
「まぁ、そうだろうね。でも、それは」
「許されないのである」
天井を覆うゼノの顔が、厳しい目を向ける。
「我らは、すべて同じ使命を背負っている。お前だけ逃れるなど、ありえない」
「美しき自己犠牲が使命か? それが愚かなんだろ」
万象王を相手に、ナミラは睨み返した。
「そうではない。我らの使命は、なにかを庇って死ぬ自己犠牲などではない。それはただの呪いであり、使命はべつにある」
「なんだと? じゃあ使命ってなんなんだよ! なんのために、こんな思いをしなくちゃいけないんだよ!」
集まった前世全員に投げかけたが、口を開いたのはゼノだけだった。
「それは、我らにも分からん。だが、使命を果たさねば呪いは消えぬ。その可能性があるのは、すべての前世を集められるお前だけだ」
「なんだよ……そんなの知るかよ!」
泣きじゃくり、ただひたすらに不満や思いをぶつけるナミラ。
その姿は、どこにでもいる十五歳の少年だった。
「何故だ? 我らは一心同体であろう? 我らとお前は同じなはずだ。お前の命、人生は、我らのものでもあるはずだ」
巨大なゼノの顔が迫る。
「違う! 俺はナミラ・タキメノだ! 今この時代を、百万一回目の人生を生きているのは俺なんだぁ!」
心からの叫びは、何度も反響しながら世界に溶けていった。
ふとナミラが周りを見ると、先程まで責めるような目をしていた前世たちが、優しい微笑みを浮かべていた。
「そう。お前はお前だ」
孫を見つめるように穏やかなゼノの顔が、ゆっくりと遠のいた。
「だから、もう気にしないでくれ」
新たな声に、ナミラは慌てて視線をやった。
そこには、ヴェヒタとロメインの姿があった。
「このダンジョンを造り、アーシュラを造り、結果として数多の命を奪ったのは儂だ。その罪は儂にある。お前さんが背負うことはない」
ヴェヒタが顎髭を撫でながら、ぶっきらぼうに言った。
「そして、私もヴェヒタさんを恨んでなどいない。きみが感情の狭間で苦しむことなどないんだよ」
ロメインが笑いながら、ノリ気でないヴェヒタと無理やり肩を組んだ。
「でも……」
「悲しみや絶望はたしかにある。だが、それは私のものだ。きみには自分のことのように感じさせてしまうが、落ち着いてみてくれ。きみ自身が背負う必要はどこにもない」
にっこりと笑い、ロメインはナミラの肩にも手を置いた。
「それに、スピニチが最期に言っていただろう? 今のあんたの人生を生きろと。その言葉を無視するのかい?」
ナミラはなにも言えず、ただ首を横に振った。
「なら、きみはきみの望むように生きなさい。私たちもそのように生きて、それぞれの結末に辿り着いた。だから後悔はないよ」
「そうだ。思い出してみろ! 儂もアーシュラの暴走から、馬鹿弟子を庇って死んだんだぞ! だがな! 後悔はしとらん!」
ロメインは穏やかに語り、ヴェヒタは胸を張って吠えた。
「さぁ、どうするナミラ・タキメノ」
ゼノの問いが、全身を震わせる。
涙を拭き、深呼吸をし、前を向いた。
「もう少しやってみるよ。後悔のないように」
胸の中に、まだ五歳だった自分の決意が蘇る。
何であろうと、どれだけ多くの命であろうと絶対に守る。
この百万一回目の人生で、必ずやり遂げてみせる!
この気持ちが変わることはなかった。
そして今、前世たちと語り合いさらに深く、強く、胸に刻まれた。
「とりあえず、一安心かな」
レイジがほっと息を吐いた。
「ナミラ・タキメノ。このような機会そうない。お前と話せてよかった」
ゼノが優しい声を発した。
「まぁ因縁の相手に会ったりすれば、私たちが表に出ていくことはあるけどねぇ」
ライアが、フェロンに杖を突き立てたときの動きをしながら笑った。
「その……ありがとうございました!」
照れ臭さを感じつつ、ナミラは深々と頭を下げた。
すると周囲に光が満ちはじめ、前世たちの姿が揺らぎだした。
「魂の中に我らはいる。その記憶も力も、お前には引き継がれる。だが」
「俺は俺だ」
ゼノが言い終わる前に、ナミラは胸を張って言い切った。
胸の中が清々しい。もう、一切の迷いはない。
光の中で、前世たちが満足そうに頷いた。
「我らを使い、お前の道を歩め」
集った前世の声が重なり、ナミラは微笑みでそれに応えた。
光が視界を覆うほど眩くなり、目を閉じると消えてしまった。まるで夢を見ていたかのような心地だったが、身を切る寒さが問答無用で現実に引き戻した。
「わたしの、最強の魔法を見せてやる! はああああっ!」
「ちょ、ちょっと待って! もう戦わない! ここに残るなんて言わないから!」
ナミラは刀を鞘に戻し、さらに冷気を強めたモモに慌てて駆け寄った。
「え? ほ、ほんと?」
「本当だよ……ごめんね、モモ。心配かけたね」
なにが起こったかは分からない。
しかし、ナミラの顔に生気が戻り絶望は消えている。モモはそれだけでよかった。それだけで、心から安心できた。
「よかっ……た。本当に、本当によかった」
魔法を止め、ナミラを抱きしめる。
溢れ出る涙は、埋めた胸に沁みていった。
「……さぁ、杖を作ろうか」
自分の身に起きた出来事を話し、何度も謝った。
凍える体を寄せ合って暖まると、ナミラは作業に取りかかった。
「どんな杖になりそう?」
「そうだなぁ。まずはこのマホガニーの杖を……えっ」
受け取った杖には、杖として致命傷となる大きな亀裂が入っていた。
ナミラの記憶では、手前の部屋までこんな傷はなかったはずだ。
「まさか……」
「さっき割れちゃったみたい」
モモが気まずそうに笑った。
「ごめん! 大切な杖を」
「ううん、いいの! 杖も頑張ってくれたんだよ。わたしのために、ちゃんと尽くしてくれたから」
この上ない罪悪感を感じながら、ナミラは杖をモモに返した。
「なぁ、モモ。さっき、最強の魔法って言ってたよな。たぶん、その負荷に耐えられなかったんだと思うんだけど、なにしようとしたんだ?」
「え、えっとね……」
少しの躊躇いのあと、モモは言葉を紡いだ。
話を聞き終えたナミラの全身に、鳥肌が立った。
「ふ、ふふ、ふはははは」
不敵な笑いがこみ上げた。
身震いしたナミラと、喜びを得たヴェヒタによるものだった。
「ナ、ナミラくん?」
「ごめんごめん、大丈夫。話を聞いて、新しい杖の構想が湧いたよ。モモ、少し手伝ってもらってもいい?」
「う、うん! なんでもするよ!」
頼られたことが嬉しくて、モモは満面の笑みを見せた。
杖の製作に、ナミラは今までにない興奮を感じていた。
大人びた責任も、余計な心配もない。ただ熱中し没頭する、少年の情熱が燃えていた。
二人は協力し、新たな杖の製作に打ち込んだ。
外の世界が、どうなっているかも知らずに。




