『ダンジョンデート5』
「こいつの名はアーシュラ。このダンジョンの守護者と言えるかな」
思わず杖を構えたモモと違い、ナミラは警戒することなく近づいた。
「ほら、大丈夫。もう壊れてる」
よく見ると、たしかに目の前のゴーレムからは動き出す気配を感じられなかった。
頭の上部は吹き飛び、象徴的な腕も二本が千切れかけ、残りも様々なダメージを受けたあとがある。胸には大きな穴が空き、脚部は上半身と離れたところで倒れていた。
「攻略されたと聞いていたが、ここまで……」
アーシュラの残骸に手を置いたナミラは、涙を浮かべた。
そして拳を握り、雄叫びを上げた。
「くそおおおおおお!」
驚いたモモの体が跳ねる。
「ナ、ナミラくん落ち着いて! ど、どうしたの?」
震える声の問いに、ナミラは振り向かないまま答えた。
「このダンジョンは元々、アーシュラを造るための工房だったんだ! 魔導技師として異端だったヴェヒタは、一人の弟子と共にこの工房に籠った。その半生を、工房の拡張とアーシュラの製作に注いだんだ」
オリハルコン製のアーシュラを何度も殴りながら、心の闇を吐き出す。
「その結果がこれだ! 永遠に残るわけではなかった。人の手で破壊される末路だ!」
大粒の涙が、腫れ上がった拳に流れ落ちた。
「そしてこいつは、多くの命を奪った。あろうことか来世の自分も、大切な……仲間の命も」
重たい罪悪感が、ナミラの膝を折る。
「なにが自己犠牲だ! なにがギフトだ! こんなの知りたくなかった! 俺は、俺はなんてことを……守って死ぬ代わりに、たくさんのものを奪って」
「ナミラくん……」
力無く立ち上がると、ナミラは生気の抜けた顔をモモに向けた。
「心配しなくていいよ。アーシュラの技術を使って、モモの杖を強化する。それは、ちゃんとやり遂げるから」
「そのあとはどうするの?」
モモの言葉に、ナミラは少し驚いた。
「どうって? なんでそんなこと」
「死ぬつもりなの?」
かすかに震えながらも、強い口調だった。
「……いや、一生ここで過ごすよ。もう誰とも会わない」
「同じことだよ、それ」
「かもね。母さんたちには……ごめんって伝え」
「ダメだよ!」
生まれて初めて、モモは声を張り上げた。
心からの叫びが、ダンジョンに響き渡る。
「そんなの、ダメだよ。なんでナミラくんが、そんなに苦しむの?」
「殺したのも殺されたのも俺だからだ。もうこれ以上、そんな愚かな罪を重ねたくない」
「ナミラくんは悪くない!」
前髪の向こうに光る瞳が、熱い涙を零す。
「目を覚まして! それは前世だよ! ナミラくんじゃない!」
「いや、俺だよ。だって同じ魂なんだから」
「そんな……」
虚ろな目のナミラはそれ以上なにも言わず、アーシュラの解体を始めた。
「やめて! わたし、そんなものもらいたくない!」
泣きじゃくるモモが、慌てて止める。
必死に引き剥がそうとするが、力で敵うはずがなかった。
「モモ、きみはすごい力を持ってる。俺とは違う、きみ自身の力だ。アーシュラの動力に使われたスフィアさえあれば、その力をコントロールできるはず。それを使って、たくさんの人を救ってくれ」
「やだ! そんなこと言わないで! ナミラくんもいっしょに救おうよ!」
ナミラの手は止まらず、とうとう最後の装甲を剥がした。
姿を現したスフィアは、討伐した冒険者の攻撃によって半分に砕かれていた。しかし、魔力を込め加工し直せば十分に使える。
「やっぱり、三百年前では再利用の技術は途絶えていたか」
低い声で呟くと、ナミラは透明なガラスのような塊を取り出した。
「『氷結吹雪』」
その瞬間、周囲は臓腑まで凍える冷気に包まれた。
部屋は氷の世界へと変わり、取り出したスフィアも凍ってしまった。
「ち、力づくでも連れて行く。ナミラくんは、わたしのお友達だから」
自ら起こす冷風に、モモの長い前髪が吹き上げられた。
可憐で、まだ幼さの残る少女の顔。
しかし、涙を流す瞳は戦士のような覚悟が宿っていた。
「友達なら、アニたちもいるだろう?」
「ナミラくんは特別だもん。やっと、やっと出会えた特別な友達だもん」
賢者やその弟子たちが暮らす賢者塔。
そこには、モモのように才能を見込まれた子どもたちが世界中から集められている。しかし、モモには友達がいなかった。強大過ぎる力を前にある者は恐怖し、ある者は嫉妬する。さらにガルフの養女としての立場や出生についての噂話が、好奇と侮蔑の視線を産んだ。
孤独を紛らわせるためには、魔法に没頭するしかなかった。
しかし父すら超えてしまった今、魔法の研鑽にも虚無感を感じる日々を過ごしていた。
そんなとき出会った、一人の少年。
最高位魔法をも打ち消す力を持ち、自分がしでかした失敗も受け入れてくれた。同じギフトという宿命を背負っているにも関わらず、明るくてなんでもできて、周りには笑顔が溢れている。自分との違いに、存在が眩しく見えた。
「だから、絶対に諦めないっ!」
心に抱く感情が、まだ恋だとは知らない少女。
しかし、小さな体から発せられる魔力の波動はダンジョン全体を震わせ、最奥に近づいたスケルトンをことごとく凍りつかせた。
「本気なんだね」
ナミラは静かに刀を抜く。
帰還用の魔法陣は、アーシュラの背後にあるのが見えた。あとは、そこにモモだけを入れればいい。多少荒っぽい手段になるが【無限魔力】のギフト・ホルダーを相手に、手加減はできない。
「いくよ、モ」
「やめなさい」
男の声がした。
頭の中に直接響く声に、ナミラは思わず顔をしかめた。そして再び対峙するモモに目をやると、遮るように立つ人影があった。
「やめなさい。きみがしようとしてることは、一生の後悔になる」
「お前は……いや、あなたは」
ナミラが目を見開いた。
「レイジ・ベア」




