『ダンジョンデート2』
「うぅ……」
「怖いか?」
ライポの魔法で照らしながら、ナミラとモモはダンジョンの中を進んだ。
「だ、大丈夫、だよ」
笑顔を見せたモモだったが、手はずっと握られたままだった。
(それにしても……)
囲む壁や天井を見ながら、ナミラは眉間に皺を寄せた。
現代に伝わる名前から、このダンジョンはヴェヒタの前世が造り上げたものに違いない。しかし、記憶にない加工が施されている。
(魔力……いや、魔素すら遮断するな。ミスリルの粒子が吹き付けられている。一体誰が、なんのために?)
また今は亡き顎髭を撫でたところで、ナミラの足が止まった。
「な、なに?」
モモが不安な声を発した。
「スケルトンだ」
複数のガイコツが、目の前の道を塞いでいる。
虚空の目には淀んだ魔力が宿り、敵意を向けていた。
「ま、魔物?」
「あぁ、道半ばで力尽きた冒険者たちのようだ……冥界に送ってやろう。モモ、少し離れてて」
モモが手を離すと、ナミラは刀を抜いた。
すると、生前の装備を身に着けたスケルトンたちが一斉に襲いかかった。
スケルトンの動きはさほど速くない。
しかし、硬い頭蓋骨を破壊しない限り何度も蘇る再生能力を持っている。倒すにはダンのような剛力で粉砕するか、魔法で一網打尽にするのがセオリーと言われている。剣での戦闘は、よほどの腕と名剣がなければ逃げよ、とさえ言われていた。
そして、今のナミラにはその両方が備わっている。
「はあっ!」
駆け出したナミラは攻撃を避け、すれ違いざまに愛刀を振るった。
素早く、流れるような剣捌き。
その刀身に触れた頭蓋は、兜を被っていようと関係なく両断された。
「よし。この調子なら、斬竜天衝波の威力も上がってるな」
新たな武器を手に入れてから、毎日騎士団のみんなと鍛錬を積んできた。
そして、試し斬りを兼ねたこの一合でついに戦闘スタイルの完成を実感した。
「ナ、ナミラくん!」
モモが悲鳴を上げた。
視線の先には、通路の奥で蠢く大量のスケルトンの姿があった。
「俺たちの生気に引き寄せられたか……スケルトンの巣窟になっているようだな」
ナミラは霞の構えを取り、向かい合った。
「全員、女神シュワに会わせてや」
「わ、わたしも! やる!」
決め台詞の途中だったが、モモの元気な声が響いた。
「『永久に消えぬ炎の』」
「ちょっと待て!」
サポートが来ると期待したナミラだったが、唱え始めた呪文が最高位魔法だったため慌てて止めた。
「こんなところで最高位魔法なんて、俺たちも死ぬ! 中級魔法で頼む!」
「え、で、でも」
なにか言いたげなモモだったが、魔物たちは待ってはくれない。
ナミラは闘技を使い、交戦を開始した。
「じゃ、じゃあ、えっと」
モモは一呼吸起き、呪文を唱え直した。
「『踏み入れた愚かさ 求めた強欲 白き世界で悔い改めよ 凍てつく風で地獄に堕ちろ! 氷結吹雪!』」
氷の花弁を伴う風が吹き抜けた。
触れたものはすべて凍りつき、耐えられない者はそのまま永遠の眠りにつく死の風だった。
「ど、どう? モモ、役に立った?」
凍った床で滑らないように気をつけながら、モモはナミラの元へ駆け寄った。
目に映るスケルトンたちは全員凍りつき、驚異は去っていた。
「さささささすがだななななな」
親指を立てて労ったナミラだったが、自身も半分凍っていたので激しい震えが止まらなかった。
「とととととりあえず、ここここの先でやややや休むかかかか」
突き当りの角を曲がってしばらく進むと、キャンプを張れるくらいの開けた場所に出た。
ナミラは壁に刺さった古い矢や槍で薪をくべ、魔法で火を起こした。
「はぁ〜、生き返る」
「ごめんなさい……」
小柄なモモが、さらに小さくなっていた。
まともにナミラを見ることもできず、隣で膝を抱えている。
「いや、大丈夫だよ。近くにいたスケルトンたちを一掃できたんだし……それにしても、やっぱりすごいな。範囲と威力が中級魔法とは思えない」
この部屋の一角まで凍っている様子を眺めながら、ナミラが感嘆の声を発した。
「でも……ナミラくんのほうが、とってもすごいよ。ば、万象王の前世って、最強でしょ?」
機嫌を伺うように、モモはナミラの顔を覗き込んだ。
「そうでもない。魔力量とかモモの圧勝だよ」
首を横に振り、ナミラは微笑んだ。
「精霊族はそれぞれの属性に合った自然の魔素を使うんだけど、万象王は属性も環境も選ばない。世界中の魔素を使える……って言っても、上限はあってさ」
ナミラは焚き火を指さした。
「例えばこの焚き火の魔素を使うとする。けど、火が消えるのが早まるし、消えてしまえばそれ以上使えない。所詮、体は精霊族じゃないからね。使えば使うほど自然が弱っていくから、俺はなるべく使いたくないんだ」
そして、ナミラは床を叩いた。
「それに、このダンジョンは外の魔素が入り込めない。自分の魔力もあるけど、魔法はモモを頼りにしてるよ」
「でも……そのせいでナミラくんが」
「調整が苦手なんだな」
変わらずしょんぼりとするモモの頭を、ナミラが優しく撫でた。
「……うん。だから魔力を気にせずに注げる、最高位魔法が好きなの。でも、テーベ村でやったやつ、八割くらいの力にできたんだよ!」
「そ、そうか」
あの威力で八割か、と引きつった笑みが浮かんだ。
「あの、あのね。わたし実は、全部の最高位魔法ができるの」
打ち明けられた秘密を、ナミラは解析眼で知っていた。
かつての賢者フェロンなど、足下にも及ばない。最強と名高いガルフでも、火と風。そして雷の三属性しか最高位魔法を修めていない。ギフトを抜きにしても、モモは前代未聞の逸材であった。
「ととさまは、わたしがととさまを超えるのが楽しみって言ってくれる。で、でも、このままじゃ、そんなことできない。基礎から上級までも使いこなせないと、賢者になんかなれないよ……」
前髪の奥で、モモの瞳から涙が流れた。
「わ、わたし、小さい頃はお母さんにお前はモノだって言われてたの。でも、ととさまがわたしをモモに変えてくれた。わたしを人間にしてくれたの! わたし、そんなととさまの期待に応えたい!」
「大丈夫」
初めて得た友達に、初めて吐露した悩み。
思いがけず溢れ出た、行き場のなかった心の重し。
ナミラの微笑みが、その苦しみを溶かすように沁み込んでいく。
「今のモモは成長過程だ。大きな力は扱いが難しいものだよ。俺だって前世がみんな苦労したから、我が物顔で使えてるんだ」
ナミラが笑うと、モモの表情も少し柔らかくなった。
「だから、これからできるようになればいい。俺も手伝うからさ」
「……うん。ありがとう、ナミラくん」
前髪を分け、涙を拭いたモモはナミラを見つめた。
キラキラした星空のような瞳は美しく、吸い込まれるようだった。ナミラは心の中で、アニがかわいかったと言った意味を理解した。
「そ、それに! 問題はとりあえず解決するかもしれない!」
視線をそらし、ナミラは声を張った。
「え、ど、どういうこと?」
「自分でできないなら、道具に頼ればいい。魔法の杖は、魔力を制御したり増強したりするものだし」
「で、でも……」
モモが自分の杖を握りしめる。
ガルフにもらった、マホガニーの杖。もちろん最高級のものだったが、それでもモモの力には役不足だった。
「なら、それを強化しよう」
ナミラは立ち上がった。
らしくないドヤ顔は、ダンジョンの設計者ヴェヒタのものだった。
「ここはダンジョンだ。宝物があるのは、当たり前だろう?」
具体的なことはなにも語らず、ナミラは「お楽しみ」とだけ言った。
モモはよく分からないままだったが、楽しみが増えた心は踊り、さっきよりも少し軽くなっていた。




