『森羅万象の王』
同時刻。
世界では混乱が起きていた。
この世のすべてが畏怖を抱いたかのように静まり、大自然が息を潜めた。人々は閉じ籠もり、終末論者だけが外を練り歩き、ある国では軍を動かし危機に備え、各地の賢者は原因究明に動いた。
しかし、この異常の発生源が北の田舎にあり原因が一人の少年にあることを解き明かす者は、誰一人いなかった。
「あ……あ……」
シュウは後悔を超える畏れを抱き、身動きが取れなくなっていた。
自分たちを見下ろす者たちが遥か高位の存在であることを、本能が嫌というほど告げている。
「おい、これはどういうことだガルダ」
イフリートが炎を揺らし、隣のガルダを睨んだ。
「人間しかいねぇじゃねぇか。あの御言葉が聞こえたんだよな?」
喧嘩腰で熱い息を吹きかける。
その熱風は、足下のナミラたちにも届くほどだった。
「知らん。お前も声を聞いて来たのであろう。我に文句を言うな」
ガルダは冷静に言ったが、内心のイラつきが周囲の風に現れていた。
「んだと? 数万年ぶりに会っても変わらねぇな、その偉そうな態度は」
「なんだと?」
山火事と嵐が一度にやってきたかのような炎と風が、平和だった丘に到来した。
「はいはい、やめな馬鹿二人」
「喧嘩はいかんぞ」
巨大な水の玉と土の柱が二つの災害を鎮め、カリプソとタイタンの諌める声が響いた。
「なんにせよ、この人間がなにか知ってるでしょ。私たち四人が勘違いなんてあり得ないわよ」
「その通りだ。さて、そこの人間よ」
タイタンが膝を曲げ、黒光りする鉱石の目で覗き込んだ。
「誰があの御言葉を口にした? なぜあの御言葉を知っている? 残りわずかな命の間に答えよ」
「……久しいな、タイタン」
異次元の重圧に晒されながら、ナミラは笑った。
笑い、腰に手をやって懐かしむ素振りを見せた。
「……なんだと? 貴様のことなど知らん。無礼者め、貴様が何者だと言うのだ」
今度はタイタンの怒りで、大地が揺れた。
「抑えよタイタン。我である。万象王ゼノである」
静寂が世界を包んだ。
四大精霊王が、琴線に触れられた怒りを膨らませていた。
「小僧……貴様」
「がーっはっはっは!」
その中で、イフリートの豪快な笑いが響き渡った。
「なにがおかしいのよ」
「いやいやカリプソ。この餓鬼は畏れ多くもゼノ様の名を語ったんだぞ? どうやって知ったかは分からんが、大した奴だ!」
ひとしきり笑ったイフリートは、拳を握ってナミラを見下ろした。
「なぁ、人間の餓鬼。お前が本当にゼノ様だって言うなら、それを証明しないといけないよなぁ?」
拳に、如何なるものも燃やす火炎が宿った。
「受けてみろ」
灰も残さぬ業火の拳。
地上に生きる者ならば、この一撃を食らって無事で済むわけがない。
たった一人を除いて。
「ふん」
ナミラが左手で触れると、燃え盛っていた炎は音もなく消えた。
「なっ」
「ほいっ!」
そのまま気合いを込めると、生じた魔力の波動によってイフリートの巨体はひっくり返った。
「……は?」
ファラに覆い被さっていたシュウは、顔を上げると気の抜けた声を出した。
「な、なにをやっているイフリート! 精霊王ともあろう者が、人間如きになんという」
「うおおおーん!」
目を見開いたガルダの説教は、イフリートのどデカイ泣き声にかき消された。
「ちょ、うるさ」
「なにを泣いている! この恥晒しが!」
「お前らぁ! こいつは……このお方はゼノ様だぁ!」
イフリートは涙でぐしゃぐしゃの顔で起き上がり、ナミラの前に跪いた。
「な、なにを言うか。今のは、貴様が油断したのだろう」
「油断なんてしてねぇ! 俺をこんなふうに転がすなんて、ゼノ様じゃなきゃあり得ねぇ! あの当時、何万回転がされたと思ってんだ! 俺が、この感覚を間違えるはずがねぇ!」
残った三人の精霊王は、仲間の言葉に戸惑いを隠せずにいた。
「はははは。少々、意地悪が過ぎたかな。どれ、これなら信じてもらえるか」
久しぶりに会った祖父のような口振りで、ナミラは真似衣の呪文を唱えた。
そうして現れたのは、白き光の化身。
精霊王よりもさらに大きく、空を覆う老人の姿。
かつて精霊族の頂点に立ち森羅万象すべてを支配した、四大精霊王すら凌駕する至高の存在が現れた。
「改めて。久しいなお前たち。万象王ゼノは、再び常世に戻ってきたぞ」
何も言わず見上げていた精霊王たちは、涙を流してひれ伏した。
シュウとファラはあまりのスケールについて行けず、巨大過ぎる力の前に感覚が麻痺しポカンと口を開けていた。
「ご、御無礼をお赦しください! ま、まさか、また……貴方様にお会いできるとは夢にも」
「よいよい。ガルダ、イフリート、カリプソにタイタン。我も再びお前たちに会えて嬉しく思うぞ」
今度は四大精霊王全員の泣き声がこだました。
誰も見たことのない、王たちの王ではない姿があった。
「さて、今の我……いや、俺について説明しよう」
ゼノの姿から戻り、ナミラ・タキメノとしての状況とギフト【前世】について話をした。
「なるほど。それで人間のお姿を」
ガルダが納得したように頷いた。
「でも、お力は変わりませんでしたぜ! イフリート完敗です」
「いやぁしかし、人間のお姿でも滲み出る貫禄は抑えられませんなぁ」
「調子が良いのよ、タイタン。でも、確かにイケメンよねぇ」
先程までの緊迫した空気は去り、再会を喜ぶ和やかさが満ちていた。




